滅鬼見参
『…影継、現状報告を』
撃墜した土色を確認するために要は小島に降り立ち、己の釼甲に問い掛けた。
目の前には先程相対した武人が大の字になって仰向けに倒れていた。
《怪我人が多少生じているが…全員無事だ。現在、こちらに正宗含む二騎と二人が近付いている模様…》
《お疲れさま。身体が痛いとは思うけど、警戒だけは怠らないように…》
『クハハハハハハハハ!』
『!?』
倒したと思ったはずの敵が勢い良く起き上がったことで要は再び太刀を構え、次に起こることへの警戒を強めた。
だが、それをあざ笑うかのように…目にも止まらぬ突きが放たれ、その鋒が装甲の合間を縫って要の右膝を穿った。
『グッ!?』
『成程成程! さすがは五十嵐の血筋と褒めるべきだろうか!? これ程までに先が楽しみな人間は久方振りだな!』
刺さった槍を引き抜き、反対の足を狙って再び突きをしてきた。だが、要はこれを太刀で辛うじて弾くが、それすらも楽しんでいるかのように籐十朗は何度もしつこく槍を振るった。
『だが、それ故に貴様はここで討ち取らなければならない!』
土色の武人は感極まって何事かを叫んでいるが、要も身体を支える足を…それも膝をやられてまともに動けるわけもなく、襲い来る十字のそれを我武者羅に、鎧通しを振るうことで凌ぐが、熱量の欠乏も相まって、それにも限界が訪れる。
『その首もらったぁああぁ!』
僅かに反応が遅れたその一瞬、鋒は喉元へと走り、要の首に…
『そこまでだ』
その一瞬で、土色と漆黒の間に何者かが割り入り、槍を弾き返し、それとほぼ同時に土色へと切りかかった。
それを反射的に籐十朗は避け、勢いを利用して距離をとったが、何者かは更なる追撃を放ち、もう三歩分の距離を取らせた。
『…この太刀筋…神之木景斎か』
現れたのは山吹色の釼甲だった。
その場にいるだけで生きとし生けるもの全てを威圧するような気迫を撒き散らしていた。
『如何にも…そして、貴様は救世主の今河籐十朗か。久しいものだな』
『天下の大和中将様がこんな辺鄙な場所までよく来たものだな?』
『弟弟子がいるものでな。もしやと思い駆け付けてみれば、予想通り…というわけだ』
『成程、経験で磨きあげられた勘か?』
『だろうな…だが、これ以上の狼藉は一切許さぬ…即急に退け』
そう言って山吹色の…神之木は太刀を担ぐように構えた。
万全の状態である山吹と、部分損傷の激しい土色。
共に同じ実力であると仮定するならば、明らかに山吹が優位であることは間違いないのだが、神之木から仕掛ける様子は一切無かった。
『ほう? 小生を逃がすというのか? ここで切り捨てなくても良いのか?』
『今の貴様を切り捨てることは容易だが、捨て身で後ろの者を殺しにかかれても困るのでな。それに、貴様もここで死ぬわけにもいかないだろう』
そう、攻撃を仕掛けられない理由は要にあった。
例え神之木が先制を取れたとしても、今河の槍は間合いが長く、それを利用して要を道連れに、ということは簡単である。
そして、今河が先に仕掛ければ要は打ち抜かれ、神之木はその隙に今河を討ち取ることができる。
まさに硬直状態。
そして要は、自身が重荷になっていることを悔しく感じていた。
『…安い挑発には乗らない、か…仕方がない。来度は諦めるとしようか。だが汝との決着は必ずつけるとしよう』
『…共に強者を目指した仲だ。貴様だけはこの手で討つ』
そんな彼の内心とは関係なく、二人の応酬は終わっていた。
言うと素早く土色は飛び退き、山吹の太刀の届かない場所まで離れると即座に騎行して去っていった。
『…行ったか』
呟くと同時に神之木から放たれる気迫が無くなった。
すると、今まで完全に沈黙していた木々が音を取り戻し、もとに戻っていった。
緊張感から解放された所為か、それとも怪我の為か、全てが終わると同時に要は膝を着き、顔から地面へと勢い良く倒れていった。
装甲が解除され、地面に倒れた要、その頭元に駆け寄る千尋、そして僅かに動きが鈍った影継がそこにいた。
『…よく持ち堪えてくれた。さすがは、自分の弟弟子だ』
装甲を解除せず、神之木は満身創痍で意識を失った要を労った。
「…要君に伝えておくね、斎さん」
《危ないところの助太刀、感謝する》
《至極当然の事をしたまでだ。が、先の戦い…遠目ではあったが素晴らしきものだったと貴殿の主に伝えるがよい》
『申し訳ないが、残された二騎の回収及び後始末をしなければならないので、この場は失礼させてもらう…行くぞ、国綱』
《承知》
それだけ言い残すと、神之木は東の空へと駆け、姿を消した。
《まさか目を離した僅かな隙で島から抜け出していたとは…相変わらず逃げ足だけは早い奴らよ…》
五分後。
靭島から西に少し離れた小島。
そこで山吹色の釼甲は仁王立ちで西の空を見つめていた。
『色々と聞き出したいことはあったが…取り敢えず本拠地の方角が分かっただけでも良しとするべきだろう。これを機に駆逐することも不可能ではなくなった…というように前向きに考えるべきだ』
手掛かりを逃した、というのに神之木は悔しがる様子は一切なく、むしろ声色からは次の行動が明確化されたことに喜びを覚えているようにも感じられた。
《…そうだな。だが、早急に手を打たねばそこからも逃げ出すかもしれぬ…近いうちに防人部隊からも手を借りて一斉攻撃をすべきだ》
『早急に申請しておこう。ただそれよりもまずは救世主の大和本拠地を見つけ出さなければ…他国にも救世主の基地探索申請を出しておくか』
《すべき課題は山積みだな》
『それも、大和の平穏を守るためだ。ならず者の集団に易易と渡せるほど安いものではないということを思い知らさなければ…』
言いながら神之木は腰に差された太刀を引き抜いた。
《ところで…【本当の現状】は言わなくて良かったのだろうか?》
『…何の事だ?』
《…靭島東部に八十の無人釼甲の群れが襲撃を仕掛けようとしていることだ。五十嵐は戦闘不能だとしても獅童…援護射撃に集中させれば村上も戦うことは可能であるはずだが?》
…国綱の言う、靭島東部の空にはイナゴの大群を想像させるような群れが騎行していた。
恐らくは今河含む三騎が襲撃を仕掛け、主戦力を削った後の始末を行うつもりだったのだろう。疲弊したところに雑兵以下の戦力とはいえ、数で押されれば一溜りもなかっただろう。
しかし、神之木はこれだけの大群を前にして微塵も気後れした様子は無かった。
この釼甲たちも、武人であれば命の危険を感じ取り、逃げ出そうとするほどの殺気をまき散らされているというにも関わらず、真っ直ぐに目標である島へと進む。
それが誰の目から見ても分かる、破滅への道だという事を知らずに。
『それも一つの手ではあるが…要たちは軍人であるが、それよりもまず青春を謳歌すべき少年少女であるということを忘れるな』
《…………》
『それに、彼らが居ない方が俺としてはやりやすい。周り全てが敵、ということは、周り全てを殺す【滅鬼】に相応しい舞台だろう』
《…そうだな。ならば理れ、滅鬼が滅鬼である所以を!》
『大和國衛軍中将・神之木景斎…これより【滅鬼】を開始する』
《鬼丸國綱、之を諒承する》
これより三分後、八十あった無人釼甲は跡形もなく切り捨てられ、海の藻屑と成り果てたが、その戦闘の詳細は誰にも知られることはなかった。