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神州千衛門影継と少女《弐》

 運良く食堂が空いており、駆け込み同然で要はいくつかのメニューを注文した。

 というのも、釼甲から突如現れた、御影と名乗った少女が空腹を訴えたためだった。

 佐々木に頼んで何とか女子用の制服を着せて、要が背負って無事誰にも見つかることなく食堂に到着することができた。

 現在、御影は『野菜の玉子綴じ丼』を勢い良く掻き込んでおり、空腹を満たしていた。

「これは…知らないうちにこれ程までの美味が生まれているなんて!」

「分かったから落ち着いて食べてくれ。さっきから飛び散った食べ滓を処理する身にもなってくれ…」

 旅行記での食事のような感想を述べながらも御影の箸は留まることを知らず、食べ始めてから僅か五分で完食仕切ってしまった。

「御馳走様」

「気に入ってもらえたようで何よりだ…だが歳相応の落ち着きをだな…」

「分かっているわよ。今回だけ大目に見ても罰は当たらないでしょ?」

 大人びた話し方や体型とは対照的に食欲旺盛な子供のような食べっぷりに少し呆れながらも要は面倒見良く食べこぼしを始末していた。

 量は昼に要が食べたものより1.5倍ほどだったのだが、それを短時間で食べきったことに要は驚きを隠せなかった。

「…とても女子が食べる量じゃ無いな…」

「ん?」

 要の疑問が聞こえなかったのか、御影は箸を銜えたまま首を傾げた。

 身長が一七〇程度の身体で、要以上の量を食べながら平然としている事が要を呆気に取らせた。

「…気にするな。それよりも箸を口に銜えるな、行儀が良くない…」

「…ん、分かったわ」

 要が指摘すると案外あっさりと従った。

「みっともないところを見せたかしら? なにせこの時代のことはまだ分かっていないことが多いから…」

「よし、折角だからお互いを知り合うために自己紹介でもしよう、俺は五十嵐要。大和国立天領学園の一年五組所属だ」

「…………五十嵐…?」

「ん? 何かおかしなことでも言ったか?」

「いえ…少し知っている名字だったからつい…ね」

 なんでもない事を強調するように両手を挙げるが、その表情は何かが引っかかっているような顔だった。

 だが要は深く追求しないで御影を促した。

「それじゃあ、二度目になるけど…まぁ良いでしょう。私は御影。齢十六の釼甲鍛冶師よ」

「………………は?」

「あら? 声が小さかったかしら? 私は御影…」

「いや、聞こえた。聞こえたが少し信じきれない単語が出てきたので……鍛冶師?」

「あ、そっち? 残念だけど、真実よ」

「…………」

 要は頭痛を和らげるように眉間を揉みながら上をむいた。

 釼甲鍜治師…名前の通り武人が装甲する釼甲を錬造する者を指す。

 数百年前の業物釼甲最盛期にはそれこそ鍜治師の溜まり場のような集落が有ったこともあるが、現在では存在が確認されている鍜治師は非常に少ない上に、数物釼甲が鋳造されるようになってからは鍜治師を志す者すらほとんどいない、というのが現状だ。

 ただ、鍜治師は武人として戦線に立てなくなった者がなる、という場合がほとんどである…つまり女性の釼甲鍜治師は極めて珍しい。

 それに加えて要と同い年の少女が…ということが、要を更に驚かせた。

「それで…御影…で良いか?」

「えぇ。それ以外に呼びようがないでしょうし」

「御影は何故釼甲の中にいたのかを聞かせてもらっても良いか?」

「私の最高傑作・神州千衛門影継の武人が誰になるかを見届けるためね」

 御影は迷わず即答した。

 逆に、質問した要が何も言えなくなってしまうほど、真っ直ぐに。

「? 変なことでも言ったかしら?」

「…そのために何年もの間…釼甲の中に自分を封じた、ということか?」

「そういうこと…ところで、今は何年かしら?」

「…大和歴では2023年だ」

「…ということは四百年以上釼甲の中にいたわけね…それなら見慣れないものがいくつあってもおかしくはないわね…」

 四百年。

 それだけの間、自分の釼甲の行方を知るために自身を封印してきたということだ。

 食堂まで来る道中、御影は見慣れないものに逐一反応し、これは何かと質問してきたことはそういう理由があったから、と要はようやく理解することができた。

「それで…俺が触ったことによって装甲解除がされて、御影は再びこの世に出ることが出来た…という事で大丈夫か?」

「正解…話が早くて助かったのと…少し遅れたけれど、おめでとう。これで貴方は影継の仕手となったわ」

 御影はそう言って要の横を指差した。

 そこには鋼の鍬形虫が大人しく横たわっていた。

 全長が大の男の半分を超えるのではないか、というほど大きく、戦闘形態の面影がどことなく感じられる。

 御影曰く、これが神州千衛門影継の自律形態ということらしい。

《…我を呼んだか?》

 御影が指を指したことに反応して影継は顔をあげて尋ねた。

 人工知能が備え付けられている事は知っていたが、ここまで人間らしい反応を示すものは珍しく、

「いや…これからよろしく頼む…と、俺の力になってくれるということに礼をしたいと思って声をかけようとしたところだ」

《それなら言うに及ばず。汝のような志と正しき力を持つ者に力を貸すことが釼甲の誉れ…感謝することはあれど、感謝を言われる覚えはない》

「それでも、だ…未熟者ではあるが、影継に相応しい武人になれるよう全力を尽くす…それだけでも誓っておきたくてな…」

《…委細承知。だが練造主の話はまだ終わっておらぬようだ…我はもうしばらく辺りを廻るとしよう…》

 そう残して影継は窓際へと歩いていった。

 六本足で地を歩く姿は、どこか雄々しかった。

「…自律形態が昆虫というのは珍しいな…」

「でしょうね。私の時代では蜘蛛や髪切虫に蝗、変り種としては蜻蛉みたいに色々あったけど、それでも主流は馬や狼、鷹といった具合だったからね…今ではどうだかわからないけど…」

「業物はあまり知らないが、数物に限って言えば犬や猫が主流になっているな」

「…そうなのね」

 そう言って御影は残念そうに息を吐いた。

「取り敢えず必要なことは話し終わったから、今度はこちらからも質問しても良いかしら? 親睦を深めるためにも…ね」

「俺で答えられる範囲であれば、という条件付きなら」

「まぁ基本簡単な事ばかりで、分からないことがあれば追々尋ねるから大丈夫よ…まずは、要が、今私が使っている女物の髪飾りを持っていたのは?」

 御影は自身の髪を束ねている黄金色の髪留めを手に乗せてみせた。

 藤の花が彫られており、金属で出来ているために重量のある、挟み込むタイプの髪留めだった。

「…姉さんのものだ。一応言っておくが貸しただけだからな。傷付けるなとは言わないが丁寧に扱ってくれ」

「分かっているわよ…でもお姉さん、ね…ここの学園生かしら?」

「違う」

「それなら…年がかなり離れている、ということ?」

「残念ながら年の差は一つだけだ」

「………? なら今はどこに…」

「さあ…な。二年前に消息不明になってからは全く分からない」

 そう言って要は遠くを見るように外を眺めた。

 御影から見えた要の横顔は、悲しそうでありながらも、悔しそうな感情が滲み出ていた。

「ごめんなさい、嫌なことを思い出させたみたいで…」

「気にするな」

 それだけ答えると、しばらく沈黙が続いた。

「…他にも聞きたいことは…」

 と、御影に向き直ったところで要は口を噤んだ。

 彼女はテーブルに突っ伏して寝息を立てていたのだった。

「…眠った、のか…?」

 静かに声をかけても返事がかえってこなかった。

 慣れぬ環境に気疲れしたのか、そして要という人柄に安心したのか、非常に安らいでいることが分かる寝顔が見えた。

 起こすのも躊躇われたので要は仕方なく寝かせることにした。

「…しかし、このままだと風邪をひきかねないな…」

 ある程度空調が効いていたとはいえ、今は食堂の閉店時間間近になっているため、電気系統が徐々に消され始め、夕暮れ時ということもあってか空気が冷たくなり始めていた。

「…仕方無い。取り敢えずどこかに移動させ…」

 と、席を立ち、御影を背負って運ぼうと彼女を乗せたところ、背中と手に何か非常に柔らかい感触があった。

 思わず体を硬直させてしまい、要は御影の格好について色々と思い出し始めた。

 まずはじめに、装甲から現れた時、彼女は一糸まとわぬ姿だった。

 次に、その場しのぎではあるが佐々木教諭に頼んで女子の制服『のみ』を調達し、それを着させた。

 そして今、要の両手と背中に感じる柔らかさより一つの疑問が生まれる。

「…………下着は!?」

 色々と思い返してみれば、現在とんでもないものを背負っているということに要は気付いた。

 理性が崩壊する前に慌てて椅子の上に下ろして対処法を考えようとしたが、目に入った光景がそれを阻害した。

「うっ…!」

 下ろし方が雑になったためだろうか、御影の制服の上下が捲れ上がって、そこから彼女の肌が覗いていた。

辛うじて大切な場所は見えていないが、それが逆に官能的な色気を醸し出しており、要は次第に冷静さを失い始めていた。

「…どうすれば…!?」

 何の手段も思い浮かばず、手をこまねいていると聞き覚えのある明るい声が響いた。

「呼ばれず飛び出てジャジャジャジャーン、でございます!」

 両手に箒とちりとりを構えたアンジェが元気よく食堂へと入ってきたのだった。

「あ、アンジェ!? どうして此処に…?」

「いえ、そろそろ食堂も店仕舞だと思いましてお掃除…を…」

 要の問い掛けに、律儀に答えたアンジェではあったが、要の目の前にいる少女を見てどんどん声が小さくなっていった。

 するとアンジェは要に涙ながらに訴えた。

「要さん!」

「…なんだ?」

 嫌な予感を感じつつも、要は静かに答えた。

「アンジェは…アンジェは、要さんはそんなことをしないと信じておりましたのに! どうしてこのようなことを…!」

 一歩また一歩と後退りを始めて、アンジェは要から距離を取っていた。

「…済まない、出来れば俺の言い分も聞いてくれると…」

「…分かっております。持て余した欲を吐き出させる事が出来なかったアンジェにも責任の一端が…」

「……全く分かっていないうえに何を言い出している…そして責任って何だ?」

「それは当然夜のごほ…」

「そこまでだ、聞いた俺が馬鹿だった。何があったかを全て話すからそれ以上は言うな。そしてできれば協力をしてくれ」

 混乱の極みにあるアンジェを十分かけて、どうにかして宥めることができた要は放課後に起こったことを事細かく話してようやく理解と協力を得られた。


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