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抗戦

 靭島から少し離れた東部に浮かぶ小さな島では、映像を通じて教師陣が困惑の色を見せていた。予想外の来襲に武人神樂問わず大慌てであり、普段温厚な鏡花もこれには声を荒らげていた。

「…何時の間に三騎も侵入を許していたんですか!」

「は、反応が突然現れまして…現在そのうちの二騎が西部で獅童班と交戦中です! 残りの一騎は…え…ここで…」

『…ふむ。教師陣の拠点のすぐ近くとは、また運が良いのか悪いのかがよくわからないな』

 突然、聞き慣れない声が鏡花たちの耳に届いた。

 声のした方向へと視線を向ければ、土色の釼甲が宙に浮かんでいた。

「…きょ、鏡花先生…私の見間違いでなければいいんですが…」

「…なんでしょうか、大嶺先生」

「…武人は空を飛べることは知っていますが…宙に浮かぶ、なんてこと、出来ましたっけ?」

「……」

 大嶺が声を震わせながら問い掛けるが、彼女はそれに答えを出すことが出来なかった。

 圧倒的重量を持つ刃金の塊である釼甲が空を飛ぶ…すなわち騎行は飛火による推進力と疾駆による揚力によるものであることは誰かが話していただろう。

 それ故に、速度を落とせば自然落下を始める。当然、完全停止すれば自由落下をするというのが武人・神樂両方の常識である。

 けれども、土色の武人は空中に完全静止していた。

 落ちる気配は一切なく。

 そんな彼女たちの驚きを他所に、土色の武人は靭島と彼女たちの間へと視線を往復させていた。

『…さて、どうしたものか…汝らをここで処分するのも構わないが、向こうも気になる…時間も限られているのでどちらか一つにしたいのだが…』

 と、独り言を呟いている土色の武人に爆音の後、一発の何かが飛来した。

 それに大した動揺を見せず、彼は回避してみせた。彼に当たることの無かった砲弾は、そのまま直進をしていたが、数十メートル進んだ先で爆発を起こした。

『折角ここまで来たんだ。即席であれば歓迎する準備は整っているからゆっくりしていってはどうだ?』

 砲弾の発射地点には丙竜がその砲口を土色の武人に向けていた。

 けれども、その丙竜は普通のものとは装備が大きく異なっていた。

 本来六銃身・口径八ミリ程度の連発式機関銃は一つ増えて七銃身、加えて口径はその2.5倍の二十ミリ…秒間射撃数が増えただけではなく、威力も飛躍的に向上している。

 さらに先程の攻撃を行なった武装は肩部駆動式砲台より一回り大きい、腕部装着型火砲…圧倒的破壊力を持つが、それ故に発射による衝撃が大きすぎるために一門のみ、しかも照準を仕手自身で合わせなければならないという非常に不便なものであった。

 機動力を完全に…それこそ文字通りその場から動けない程殺し、そこから開き直って装甲を分厚くされていた。

 …丙竜・斑鳩健治用改造武装…それは、言い表すならば動かぬ砲台と言ったところだろうか。

『…先の一撃は汝のものか?』

『そうだ。今のは避けられたが、次は全門全開で撃つ…これなら避けられないだろう』

『ん? …あぁ、いや、小生が感心したと勘違いしたようだな。残念だがそれは大きな間違いだ』

 言葉と同時に宙を蹴り、一気に斑鳩の懐へと入り込んだ。

『は!?』

『この程度なら恭弥でも容易に避けられる…それが動けぬ相手ならば尚更格好の的でしかない』

 言いながら十字槍を構え、鋭く胴へと走らせる。

 けれども、斑鳩は次の行動への布石を打ち始めていた。

 分厚い装甲に覆われているため、生半可な攻撃であれば弾くことは可能。例え強烈な一撃が来ようとも、数発ならば耐えられる自信がある。

 攻撃を一旦喰らった後に、生じる間合い…そこを追撃してくるであろう敵を、至近距離で連発式機関銃の餌食にする。

 それが、一瞬のうちに浮かんだ斑鳩の策だった。

 矛先が丙竜の腹部装甲に直撃する。

 そして、弾かれるであろう瞬間に合わせ、斑鳩は連発式機関銃の銃口を土色に向けようとする。

 …が、その矛先は留まることを知らず、深々と突き刺さった。

 紙切れを針で突くように、何の抵抗もなく、斑鳩の腹を貫いた。

『…………え?』

 痛みを認識するよりも先に、体が動くことを停止していた。

 向けようとした銃口は重力に従って再び地へと落ちていく。

 傷口からは血が滲み出て、肌を伝って落ちていく。

 そして、彼の意識も暗闇へと落ちていく。

『…小生の釼甲相手に、数物程度の装甲は何の意味も持たない』

 貫通した槍を引き抜き、膝を着いた斑鳩の身体を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばし、矛先・柄に付いた血を鋭く振ることで払った。

『…これで小生を遮る者は無し…あとは、ここにいる者共を…』

「…【人間無骨にんげんぶこつ】…」

 残った相手を見定めようと構え直そうとしたところ、一人の声が籐十朗に届いた。

 声のした方向に顔を向ければ、そこには場違いではないかと思ってしまう服装をした少女が、震えながらもその場に立っていた。

 …アンジェだった。

 何時の間に駆け寄ったのか、装甲が解除された斑鳩の身体を引き摺りながら、土色の釼甲に視線を向けていた。

『…ほう…その號を知っているとは驚いた…』

「アンジェの先生がお話していた特徴にそっくりでございますので」

『成程、それはさぞかし優秀な人間なのだろうな。如何にも。小生の釼甲はそう呼ばれ恐れられた【人間無骨】…真の銘を【二代和泉守兼定いずみのもりかねさだ】が十字槍…その斬れ味はご覧になったとおり…人も、練度の低い刃金程度、妨げとなりはしない』

「……あなたは…いえ、あなたがた救世主は、何故このように残虐な行為を行うのかをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

『…随分と肝が座っている女子のようだな…小生は嫌いではないが』

「お褒めに預かり光栄でございます。しかし申し訳ありませんが、あなたの好意はお受け取り出来ません。それで、質問に対する答えをお願いします」

『釣れぬか。まぁ仕方のないことだろう…だが、その問いに馬鹿正直に答えるほど、そして死にたがりを見逃すほど小生も優しくはない!』

 今河は斑鳩を穿ったその十字槍の切先を、アンジェに向けて構える。

 その白刃が襲いかかってくるであろう、にも関わらず、彼女は一歩も逃げ出す素振りを見せず、真っ直ぐに土色の武人を見据えていた。

『逃げても無駄だと理解しているか! ならばそのまま静かに息絶えるが…』

 と、いざ振り下ろそうとした瞬間、一つの銃声が鳴り、十字槍の白刃が弾き飛ばされた。

『っ!?』

 突然の事に驚き、音源に意識を向けた瞬間。

 その脇を浅葱色の何かが駆け抜けたのが、視界の端に映った。

 今度はその正体を見極めんと振り返ると、先程までアンジェと斑鳩が居た場所には誰もいなくなっていた。

『さてここで、質問だ。失格になった俺たちの看病を必死にしてくれた女子がまさに命の危機に瀕している…その状況で助けられた俺たちが取るべき行動は?』

『それはもちろん、全力で助ける、だろ? 常識的に考えて』

『その通り…受けた恩は、絶対に返す…大和武人の絶対規則だからな』

 鼠色の武人が地を踏み、狙撃銃を片手に姿を現した。

 今河を中心に、反対側には浅葱色の武人が脇に斑鳩とアンジェを抱えて堂々と立っていた。

『天領学園一年所属・岩代久夫』

『同じく、天領学園一年所属・楠政和…二人掛かりで行かせてもらうが、斑鳩の先公を瞬殺したんだ。これくらいは多めに見てもらおうか?』

「あ、あの…申し訳ありませんが、斑鳩先生にまだ息はございます…勝手にお亡くなりにしてはさすがに…」

『その傷ではすぐに戦線復帰は無理だろう。それならこの場では殺された、と言っても過言ではないということだ…っと、真白だったか? 時間稼ぎをしてくれて助かった』

『あぁ。お陰様で間に合うことが出来た。感謝しておくぜ』

「いえ、アンジェにはこんなことしかできませんので、お役に立てたのなら光栄でございます」

 そう言ってアンジェは律儀に、二人におじぎをした。

『かははっ! いいってことよ! それより、どうにかして獅童や村上先輩にもコイツのことを伝えてくれねぇか?』

『…この男…相当出来るようだからな。少しくらい…そうだな、十分程度は足止め出来るだろうが、それ以上は間違いなく無理、だな…他の乱入者をさっさと倒してこちらに来るよう伝えてくれ。佐々木先生と大嶺先生…すいませんが、その子をお願いします』

「…えぇ…けど、無理だけはしないように。」

 伝言を口にしながら二人は槍を、散弾銃を構えた。その言葉を受けてアンジェは一つ肯いたあと、二人の先導を追うために身を翻してその場を駆け出した。

彼らの場馴れしたような発言に、籐十朗はクツクツと装甲の下で笑っていた。

『ほう…どうやら汝らは先程の教師もどきより優れているようだな』

『そんなことあるわけねぇだろ。斑鳩をすぐに突き伏せるような奴相手に勝とうなんぞ無謀にも程があるだろ』

『情報を全部纏めて常識的に考えれば、天地が逆転するようなことがあっても勝てないだろうな…けど、耐久戦ならどうにかなるだろう』

『なら言葉通り十分間小生と仕合ってもらおうか!』

 言い切るとほぼ同時に、籐十朗は岩代の方へと走った。

 当然その目標は、背を向けて立ち去らんとするアンジェである。

 危険視している相手が二人入られては、彼も確実な勝利が得られなくなる。それ故に、助けを呼びに行く人間は容赦無く抹殺する。それは、軍事的に見れば当然の行動である。

『させるか!』

 だがその一突きを、槍で弧を描くことによって弾きあげ、空いた胴を打つために至急柄を短く持ち直し、無防備な左肩へと石突による突きを放つ。

 しかしそれを容易く許すほど籐十朗も弱くはない…むしろ、その一撃を軽く身を捻るだけで回避した。それこそ、その反撃を事前に察知していたかと思うほどの流れるような動きだった。

『…成程、動きも悪くない…これは責めあぐねる事は間違い無いな』

 ただ、後方から聞こえる音に反応してそれ以上の追撃をせず、一旦二歩ほど下がった。

 それと交代するように、鼠色の釼甲も彼の前に立ち塞がった。

『…今のを避けるか…岩代、こいつ相手の予想勝率はどれくらいだ?』

『…津雲の計算に拠れば…完全に零だ。勝てる見込みは微塵もない…それほどまでに、実力に差が有りすぎる』

『だろうな…なら質問を変えようか。そこに獅童や村上先輩が増援として来た場合はどうなる?』

 銃口を籐十朗に向けながら、楠は尋ねた。

 絶望的な数値を聞いてもなお、勝つための最善を尽くそうと、探り出している。

 諦め、という言葉は、二人に存在しない。

 生きるために、惨めであろうとも藻掻く。

 岩代も矛先を下段に構え、次の攻撃のために距離を詰めていく。

『…そこでようやく五分五分…といったところだろうか。この男が余程の隠し玉を持っていない限りは、その数値だ』

『よし分かった。なら、それまで耐えきる事が第一目標ってことだな…向こうも戦闘しているだろうから…どれくらいの時間もたせれば良い?』

『話から推測すれば二人の相手はこの男よりは下回っているようだが…それでもそれなりに苦戦することは間違いないだろう…だから最短でも十分。それにもう十分加えられれば上々だ…行けるか?』

《可能。幾らかの損傷を覚悟の上、という条件付きではあるが、な》

 楠が答えるよりも先に、彼の釼甲である則久が即答した。

 自信に満ちた、はっきりとした答えだった。

 己の仕手である楠を信頼しているが故の断言であり、その答えに彼も信頼に応えるべく、気を引き締め直した。

『それじゃあ、始めるとしますか!』


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