《狂人始動》
龍一たちが移動している時点とほぼ同時刻。
《…探査結果算出。釼甲数、およそ二十領。神樂数、およそ三十名。以上だ》
靭島より数百メートル離れた地点。
苔のような色をした亀の釼甲が島の中央を見つめながら主である女性に報告をした。その報せに彼女は満足気に頷いていた。
「おう、ご苦労さん…それじゃあ、俺もこの眼で【見て】みるとするか…」
そう言うと同時、何かに意識を集中させているように目を瞑り、時折驚きの声を上げたり、呆れたように息を吐いたりしていた。
「あんたの予想通り、大分疲弊してるみたいだな。動きが鈍くなってるのが結構いるみたいだし、数もそれほどじゃねぇ…これならそんなに大変な仕事じゃ無さそうだな」
「舐めてかかると痛い目を見ることになるぞ。実際恭弥は相手を甘く見たがために敗北を喫したからな。この場では気構えはしすぎても丁度良いくらいだと言っておこうか」
「へぇ、ブレイドアーツの中でも最高峰の硬さを誇るあれが切り崩されたのか? それは面白そうだな。相手の名前は? ほら、言ってみろ、キョウヤ、だったか? お前に勝った相手の名前を言ってみろよ」
「畜生、うざってぇ…名前は知らねぇよ。それに不意を打たれただけで負けてねぇよ。それに真正面からやりあえば負ける要素はない!」
肩に腕を絡めてくるオヴァを振り切りながら恭弥は反論した。
「ふーん…でも一度お前は負けたんだ。今回そいつの相手は俺だ。お前はその他大勢の相手でもしておけ」
「ぐぉおぉ…! アイツを討ち取らなきゃ気が晴れねぇ…! というより、来る途中のアレで首が無茶苦茶痛ぇ!」
「…それは言葉を選び損ねた汝が悪い。皆が皆水上のように強く出れば従うわけではないことを覚える良い機会だ…オヴァ、恭弥が反抗的な態度一つ取る毎に罰の一つでも与えておくように頼めるだろうか? 勿論、帰還後に纏めてだが…」
「良いぜ。内容はこっちで勝手に考えるけど問題はねぇよな?」
「死なない・戦えないということがなければ」
「成程、それでは以前蒐集した鋼鉄の処女はダメになるか…精々鞭打ち十回程度か?」
「一つにつき五回にしておくように。いくら恭弥が武人とはいえ百を越えれば耐え切れないだろうからな」
「仲良く半殺し計画を進めてんじゃねぇ! 畜生、こういう時に実力差があることが恨めしい!」
甲板に拳を叩き付けながら恭弥は吼えたが、二人は別段気にする様子もなく揃って目的地を見た。靭島を囲む絶壁は非常に高く、超えるのにも一苦労だということは容易に想像できる。
「…それで?」
「作戦内容についての質問か?」
「そうだな。『暴風姫』がまだ衰弱しきっていないから時間はまだあるんだろ? …ここまで来ていて誰も行動を起こしていない、っつーことは気付かれていないんだろうけど、さすがにただの奇襲じゃすぐに対処されるだろうよ。上の学年がいないとは言え、仮にもこの前の攻撃を凌ぎきった奴らは居るんだろ? どうするつもりかは聞かせてもらうぞ」
オヴァの問い掛けに籐十朗は船の奥へと視線をやった。
そこから女性が一人現れた。白い肌に茶髪の二十代中盤の異国…恐らくは北米合衆国の女性だった。
「…あぁ、成程。今回の俺の相方がそいつになって、というわけか…」
それだけで恭弥は全てを理解したように呟き、その反応に籐十朗は首を縦に振り、同時に現れた女性に対して指で合図をした。
彼女はそれを受けると再び船の奥へと戻っていった。
「恭弥がそれほどの理解力があったことに驚きは隠しておいて…」
「テメェ隠すつもりさらさら無いだろ、あ?」
「話を途中で遮った……原点一…と…」
「早くも五回が決定かよ!?」
「五月蝿い、時間も押しているから一度しか言わないから充分に気をつけろ」
「…誰の所為だよ…!」
そんな恭弥の怒りが篭った言葉を平気で無視し、籐十朗は話を続けた。
「今回はおおよそ恭弥が想像している通りだ。巨大な奇襲で一気に戦力を削り、そこへ小生とオヴァ…その後、恭弥も乗り込んで蹂躙…そして一時間経ったら撤退、以上」
「お? 目的は全滅じゃねぇのか?」
「それが一番望ましいが、恐らく無理だろうな。先の襲撃で大和軍の一部が厳重警戒している上に、ここにいる学生もそれなりの腕はある。ただ、時間までは容赦無く暴れ回って構わない」
「随分とまぁ杜撰な作戦だこと。けれど、俺はそういうのは嫌いじゃねぇよ」
「なら行動開始だ。オヴァは西から、恭弥はここ(北西部)から、そして小生は東からだ。小生が位置に着くと同時に金声で合図を送る。そうしたら、恭弥は『薙ぎ払え』。良いな?」
「分かった。で、二人が乗り込んでしばらくしたら俺も参戦、ってわけだな」
「よし…ならば、『姫』の到着次第行動を開始する」