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訓練二日目ー3

 時刻は深夜二時。

 要たちは拠点を森の西部に構え、明日に備えて体力回復に努めていた。

 といっても、全員が休んで奇襲を受けてしまうということがあってはならないので、龍一・遥・椛、そして昴・心・御影の二組に分かれ交代で見張りをしていた。

《…主》

「…何だ?」

 影継の金声に対して、要は少し間を開けてから小声で答えた。

《…やはり、眠れぬのか?》

「…正解だ」

 その中で要は、相変わらず要救助者役ということで何もすることが出来ず、慣れない状況で落ち着きを失っていた。

 現在、彼は木に寄りかかって目を閉じていた。

 少しでも身体を休めようと力を抜いているが、今日に限って言えば重りを着けているとはいえ、移動以外で運動をしていないため全く疲労していないのだった。

 睡魔が襲ってくるのを静かに待っても、全くその気配は無い。

《我が話し相手にでもなれれば良いのだが、如何せんすぐに話題が思い浮かばないのでな》

「…明日のためにも早く眠りにつきたいが…影継、睡眠促進のようなものは…」

《あればすぐにでも使っている。というよりも人体に影響を及ぼすような機能は世界すべての釼甲を集めようとも見つからないだろう》

「…だろうな…」

 結局、打開策が見つからないまま、空を見上げるしか彼には出来なかった。

 一つ息を吐くと、要の後方から足音が鳴った。

 歩く速度で、忍ばせずに。

 それに気付いて要が身を捩って後ろを確認すると、そこには椛が居た。

「…眠れないようだな?」

「…あぁ。何故か、は理解できないのだが…」

「普段忙しなく動いている要の事だ、多分誰かに任せっきりの環境に落ち着かないといったところではないか?」

「人を仕事中毒のように言うのか?」

「違うのか? 私はてっきりそう思っていたんだが…」

《我も同じく》

「…………」

 一人と一領が結託していた。

要は否定の言葉を探したが、結局言い返すことが出来ずそれに関しては黙り込んでしまった。

 黙った要を尻目に、椛は同じように木に背をもたれかけた。

「…龍一たちは?」

 反論が出来なくなると、要から話題を変えてきた。

 といっても、先程まで見張りを務めていた二人の調子も気にならない、といえば嘘になることは間違いなかった。

「首藤に村上さんの手が届かないように、と言って少し離れた場所で寝るらしい」

《…あの性癖がなければ幾分ましになるのだが…》

「…月島先輩の気持ちに気付けばある程度収まる…というのは少し都合が良すぎるか?」

「…! 要は月島さんが村上さんに、というのは知っているのか?」

 呆れながら零した要の言葉に椛が反応を示した。

「…大体の予想だが、恐らく月島先輩は昴に恋愛のような感情を抱いていると思うが…そこまで驚くようなことだろうか?」

「…気付いた根拠は?」

「根拠も何も…首藤にちょっかいを出しているとき、誰よりも先に怒りを見せている、加えて先程の戦闘でようやく確信したのだが、明らかに月島先輩の能力が増幅されている…つまりは精神同調率が非常に高い、ということだ…後は普段から月島先輩が視線で昴を追っていることと何かと昴の反応に注意していることくらいだな…」

「そ、そこまで分かっていたのか…」

 流れるように語られる根拠に、椛はさらに驚いていた。

「…まさか俺がそういうことに疎いとでも思っていたか?」

「…そういう関係を作るつもりは無いと言っていたからな…てっきり…」

「まだいらない、とは言ったが俺も男だ。少なからずそういうことにも興味はあるし、知識もある…まぁ大抵は爺さんの仕込みだが…」

 そこまで言ったところで要は頭を押さえた。

「? どうかしたのか?」

「…いや、少し昔のことを思い出しただけだ」

 痛みが治まったのか、深く息を吐きながら答えた。

 そこで椛は要の祖父・源内が亡くなっていることを思い出した。

「…昔、と言っても五年くらいのことだが、その事には触れない方が良いか?」

「…いや…愚痴で良ければ少し付き合ってくれないか?」

《済まない、椛嬢。睡眠時間を削ってしまうが、主の相手を暫しの間頼む》

「気にしなくて大丈夫だ。私も今日は特に動いていないから体力が有り余っているんだ。あと十時間くらいなら眠らなくてもなんとかなる」

《無理だけはしないように…なら、我は練造主の様子でも見てこよう》

 そう言い残すと、影継はその場を立ち去った。その身が黒であることも相まって、すぐにその姿は見えなくなった。

「…源内さんの指導の厳しさは、あの町から離れてからも変わらなかったのか?」

「むしろ悪化していたな。全力の姉さんと毎日組手をさせられて…何度死ぬと思ったことか…」

「そ、それはご愁傷さま、というべきか?」

「爺さんの気分が良い時は二人同時に相手をさせられたり…しかもそれが食事を賭けられたりしていたから、毎回空腹のまま夜を過ごしたりと…とにかく大変だった…お陰様で一日断食にも耐えられるようになったが…」

「あまり嬉しくない忍耐力だな」

 その辛い日々を思い出したのか、要は静かに腹を撫でていた。

「けれど、そのおかげで本来要に回す分を少しとは言え多めに獅童や村上さんに回せるから、感謝しておくべきなのか?」

「そこまで深い考えが…いや、あの爺さんなら想定してやりかねないな…」

「あまり詳しく聞いたことはないが、源内さんは従軍経験があるそうだから、それを要に教えた、というふうに考えられないか?」

「…そうだとしても、もう少しやり方というものがあると思うぞ? 椛が経験した修行の…そうだな、大体三倍ほどの密度はあったな」

「………よく挫折しなかったな?」

「挫折はした。ただ止められることがなかっただけだ。何度死を覚悟しても、その次の日には前日の修行の方が楽だった、を毎日繰り返していたな…」

「…何時の間にか要が遠い場所にいるような気がしてきた…」

 源内と千尋の修行を経験した二人だからこそ分かり合える話だった。

「…そう言えば、少し気になったが…要が天領ここに来てからまともに肉を食べていないようだが…何かあったのか?」

 彼女の素朴な疑問であったが、要はそれに対して何故か深く考え込んだ。

 事実、要が学園に来てから口にしたものは穀物・野菜・果実がほとんどであり、魚や肉といったタンパク質をまともに摂ったことはなかった。食べたとしても精々卵だけだった。

 その徹底ぶりはどれほどかと言えば、時折アンジェや椛が食事を作ると言った場合、何度も念を押して頼み込むほどであり、食堂の一律百円料理も要が頼み込んで出来上がったものであり『肉類を一切使わない』創作料理しか存在しない。

 そこまでする『何か』があるのではないか、と思った椛は思わず疑問を口にしていたのだった。

「あぁ、いや、言えない理由があれば深くは聞かないが…ただ、その…栄養が偏ると思って、だな…」

「…願掛け…のようなものだろうか…」

 要は静かに答えた。

「願掛け、か。けれど、身体を存分に動かす以上体力をつけなければ身がもたないのでは?」

「それは椛が俺に勝ってから言うべきだな」

「ぐっ…」

 皮肉を込めた返事をすると、椛は言い返せなくなって声を詰まらせた。

 その反応にある程度満足しているのか、少しだけ、小さく笑った後、要は声を更に小さくして呟いた。

「…姉さんの無事を祈願しているだけだ。無事に助けられるまでは、肉食を禁止してみようかと思って、な…」

「…あっ…!」

「我ながら馬鹿げた願掛け方法だと分かっているが、どうしても生きていて欲しいと思って、とにかく出来ることを考えたらこれになっただけだ…結果は言わずもがな、未だに詳細不明だがな…」

 五十嵐千尋はあくまで消息不明ということになっているが、二年という空白期間が生まれている以上生存は絶望的であることは要も充分に理解している。

 それでも、少しでも可能性が、希望があればどんなものでも縋ろう、というのが人間である。

 ましてや、千尋は生きている可能性がある唯一の家族である。

 それ故に、願掛けに対する力の入れ具合も尋常ではない。

「…一つ、聞いて良いか?」

 僅かに要の声が震えていたことには触れず、椛は静かに問い掛けた。

 それこそ、風の音にかき消されてしまうのではないか、と思われるほどに。

「…話すまで待つと言ったが、どうしてもここで聞かせて欲しい…源内さんと千尋さんは、鷺沼で…だろうか?」

「…………その…通りだ」

 遂には涙を交えて、要はようやく声を搾り出した。

 溢れ出してしまえば、あとは滝から水が流れるが如く、感情のままの言葉が吐き出されていった。

「爺さんは、大鳥神宮で…全身を滅多…刺しにされて…! 姉さんと…合流を約束した場所には……血痕と…髪留めしか残ってなかった…! 街の人も……防人部隊も…全部……俺が、俺が無力だったからだ!」

 嗚咽混じりに語る要は、まるで感情のままに叫ぶ子供の様だった。

 …彼も、武人とはいえ人の子である。

 育ての親が殺されれば、涙を見せてもおかしくない。

 親しい姉を奪われれば、怒りを見せてもおかしくない。

 ただ、それを今までひたむきに抑え込んでいたのだ。

 成熟しきっていない少年には、あまりにも過酷な現実だった。

 要は感情のままに拳を叩きつけようとしたが、丁度その落とされる位置には手の平程の大きさの石が転がっていた。

 振り下ろしている最中にその石の存在に気付いたが、遅かった。

 勢い付いた拳は止まることを知らず、真っ直ぐに向かっていく。

 痛みに備えるように歯を食いしばったが、ぶつかる寸前に横から手が要の拳と、石の間に割り込んできたのだった。

 その手は要の手を守るように包み込み、ぶつかる衝撃を和らげた。

「っつ…! 大分力がついたな、要…! やっぱり片手だけでは抑えきれない、か」

「なっ…! 何を…何をしている、椛!」

「それはこっちの台詞だ。感情に任せて拳を振るうな、と私は源内さんに厳しく言い付けられたが…要は違うのか?」

「グッ…!?」

「今ここで自分を傷付ければ、源内さんも千尋さんも帰ってくるのか? 違うだろう、そんなことをしても得られるのは痛みだけだ」

「…………」

「私は要がどれだけ傷ついたか想像すらつかない。家族全員を奪われて、それでも最後に会った時と同じように振舞うことがどれだけ大変かも分からない…けれど、それでも感情のままに行動することは間違っていると思う。それも、何かの大きな行動ではなく、こんな些細な事で怪我をするなんて馬鹿げているだけだ」

 彼女の言葉に要は何も言い返せなかった。

 感情のままに言い返したいことも有るだろうが、幸い善し悪しの判断が出来るほどの冷静さは持ち合わせており、甘んじてその言葉を真摯に受け止めていた。

「…なら、考え方を変えて言おう。もしこの後すぐに千尋さんを助けられる唯一の機会が訪れたとしよう」

「…?」

 突然始まった例え話に要は呆気に取られていたが、それを無視して椛は話を続けた。

「その時、要が先程のあれで手を怪我して、数少ない…もしかしたら一度しかない好機を逃したら悔やんでも悔やみきれないだろう?」

「…!」

 表情は全く変わっていないが、怒りに震えていた手は徐々に収まり、最終的に握り拳は解かれていた。その事を感じた椛はその手を静かに離した。

「何時来るか分からない事態を想定しろ、というのは難し過ぎるかもしれないが、可能な限り全力で当たれる状態を維持する事は必要だと思う…私だって、千尋さんが生きているならもう一度、一緒に生活したいからな」

「…それで、姉さんにまた師事するのか?」

「そうだな」

「剣術だけではなく、家事全般も、か?」

「そう…ちょっと待て。どうして要がそれを知っている?」

「…気付かれていないと思ったほうが驚きだな…辺り一帯に聞こえる大声で騒いでいればどんな内容かは想像がつくぞ? 床掃除に食器用洗剤を撒こうとしたことや、米を砥石で研ごうとしたこと…他にも色々あったな…」

「分かった! 分かったからそれは皆に黙っておいてくれ! 知られたら獅童や月島先輩あたりがどんなことを言ってくることか…!」

 必死に椛は要が黙るように説得した。その様子を見て要は僅かに口の端を上げた。

「分かっている。ただ条件として…五年でどれだけ腕を上げたかを見せてくれ」

「…そうすれば黙っているのだな?」

「当然だ。俺が口の堅い男だということは椛も知っているだろう?」

「…分かった。それなら、この訓練が終わってからでどうだ?」

「あぁ、楽しみにしておこう」

「期待には応えよう」

 話も終わったのか、二人の周囲は突然静まり返った。

《只今戻った》

 そこに、時期を見計らっていたのかと疑いたくなるようなタイミングで影継が現れた。

「影継か…御影の方は問題なかったか?」

《無論。むしろ練造主にとっては一夜不眠など可愛いものだろう。練造の際には短くとも二週間ほど寝ずにいたそうなのでな》

「…そうか」

「それなら、私も明日に備えて寝るとしよう」

「風邪をひかないように気を付けておくように」

「…要も、丁度眠気がしてきた頃だろう? ここまで来たのなら最優秀の成績を取りに行くつもりだから、足でまといにならないよう充分に眠っておくように」

「諒解」

「それじゃあ、おやすみなさい」

「あぁ、良い夜を」

 そして、椛は少し離れた場所で横になった。

 丁度要の真後ろに位置しているため、彼にはどこにいるのかは分からなかったが、彼女に向けて言葉を零した。

「…ありがとう。御陰で少し気が休まった…」

《やはり椛嬢に任せて正解だったようだな。悩みは消えたか?》

「…あぁ」

 そう答える要の顔は、少しだけ憑き物が落ちたような、そんなやや柔らかくなったものだった。

「影継」

《如何したか?》

「…今後はどんな時でも全力を出せるよう構えておくように。もう誰一人として失ったりはしないぞ…!」

《委細承知》

 主の言葉に、漆黒の釼甲は即答した。

 もうすぐ夜が明ける。

 残り時間は八時間。

 残存勢力数・四班。

 合計人数・三十七名。

 終了に向けて、全班が戦いに備えた夜だった。


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