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訓練一日目→二日目《村上 対 楠》

 正午から時間が大分経って、空に赤みが増してきた頃。

 岩代の班が脱落して以降一つも失格になる班は無く、均衡状態が続いていた。

 それも仕方のないことだろう。班の数で言えば三分の一程度だが、実際人数で言えば既に半分が脱落しているのだ。衝突する相手が極端に減ったために、遭遇率も比例して減少する。加えて言えば、日が沈みかけているということで野営準備をしている班もいるため、動きも少なくなったのだった。

 各班見張りの方法は異なっているが、絶壁を背にすることで対処範囲を狭める班、人数が多いため見張りを多めに用意しても影響が少ない班…そして、奇襲を仕掛けにくい場所に拠点を構える班と様々である。

 その中でも、龍一が強敵と判断した楠の班は山岳地帯の中腹に拠点を構えていた。

 班長である楠自身が見張り番となり、島全体を常に見回している状態だった。さながら、櫓に居を構えた弓兵・狙撃兵と言ったところだろうか、暗くなりつつある周辺に目を光らせていた。

『…近辺に敵は無し、か。有難いことだがもう少し張り合いがあったほうが良かったな…』

《不謹慎な事を言わない! 何事もなければ消耗も少なく済むし、明日の電撃作戦がもっと上手く行くんだから喜びなさいよ!》

 既に戦闘態勢のくすのき政和まさかず常葉ときわ朱音あかねの声が小さくではあるが響いた。金声であるため小さくする必要性はほとんどないのだが、最悪傍受される可能性を考慮しているため、必然的に声が小さくなってしまうようだ。

『あまりそれを口にするな。俺の記憶が正しけれりゃ確か【金声解読】の神技を持つ女子がいたはずだろ?』

《はぁ? そんなもの聞いたこともないわよ? 【読心】だったら有ったと思うけど…どちらにせよ場所を特定しなきゃ使いものにならないから大丈夫だとは思うけど…》

『とにかく、壁に耳あり障子に目あり、だ。大嶺先生の様に視界移動のようなものがあってもおかしくない。とにかく無駄な会話をすることは良いが、手の内をさらすようなことだけは止めろ。そのせいで負けた場合は一年間恨むからな』

《はいはい了解了解》

『…てめぇ…』

 適当に流すような常葉の態度に楠は思わず歯ぎしりをした。現在彼女を封神している状態であるため、手を上げることが出来ず、怒りだけが彼の心に蓄積された。

 ちなみに、加賀三春の【聴覚移動】があるため、楠の警戒は的を射ているということを常葉は気付いていない。

『…しかし、【生体反応視認】の神技か…遠距離攻撃中心の俺としてはありがたすぎる代物だな…』

 話しているうちに陽は完全に沈み、朱色から群青へ、そして漆黒に包まれていった。

 本来この時間は靭島の橋とその周辺に光が灯るのだが、今回は暗闇での行動も評価の対象になるため、電気系統は全て断絶され、灯りは全くない。

 そんな最悪の視界の中、彼は何の支障もなく見張りを務めることが出来ていた。

 熱源を視覚化する神技によって、遠くにいようともある程度の行動を察知できるようになっており、不審な行動を起こされた場合警戒の意味合いも含めて威嚇射撃を実行していた。

 そのうちの数発は目標に命中し、警戒心を抱かせることによって行動を制限させるという典型的な支配戦術を実現していたのだった。

 時には明日の電撃作戦の為に敵を誘導し、それが終わると今度はそこから動けないように足止めさせていた。あまりにも距離が離れているため、敵側から場所を特定することは非常に困難である。

 しかし、彼の視界に奇妙な動きを見せるものが目に入った。生体熱量にしか識別できないため、武人が一騎動いていることは理解できたが、それ以上の理解は不可能だった。

『…? 則久のりひさ、北西部・距離二千の地点で奇妙な行動をしている武人を分析できるか?』

《不可。距離が大きすぎる》

 彼の鼠色の釼甲・山上千里やまかみせんり則久はすぐに断念した。

 狙撃銃に加えて散弾銃、手榴弾などの火力兵器を装備しているが、元は短刀の釼甲であるため索敵に関してはあまり性能が優れていないためである。

《…さっきから同じことを繰り返しているけど…動けばすぐに分かるし放っておいてもいいんじゃない?》

『……常葉、一時的に神技を解除する。則久、暗視性能を最大まで引き上げろ。放置するかどうかはそれからでも遅くねぇ』

《許可…これでどうだ?》

『……さすがにはっきりとは見えないが、これで充分だ』

 言いながら楠は目を凝らして、闇の中で蠢くそれを確認しようと努めた。

『……白…に見えるが少し違うな…青みがかかっているようにも見えるし…浅葱色…の岩代は昼にもうやられているはずだから違う……水色…か? …それにあの動きは…どこかで見たことが…』

 頭に引っかかる何かを必死に捻り出し、楠はしばらく唸っていたが、突然それが誰か気付いたのか、素早く狙撃銃の照準をその空色の釼甲に合わせた。

『則久、金声で全班員に奇襲警告を! 常葉は神技を発動しろ、今すぐに、だ!』

《了承。全員に告ぐ! 敵襲、迎撃用意!》

《わ、分かったけど、どうしたの? 急に慌てて…》

 豹変した楠の態度に、状況を飲み込めていない常葉は呑気に説明を求めるが、余裕が一切ないのか楠は射撃に全神経を集中していた。

『…まだ気付かれていない…わけは無いな…畜生、既に何か手を打っているようだな』

 ブツブツと独り言を呟きながら、謎の動きを見せている空色の釼甲の胴体へと照準を合せて…

『喰らえ!』

 迷うことなく引き金を引いた。

 音速を越える弾丸は空を引き裂きながら一直線に目標へと走ったが、空色は最小限の動作だけでそれは胴の横を掠めるだけで回避した。弾丸をこともなげに避けた武人は、首を回して楠の方へと顔を向けてきた。

 宵闇の中であるにも関わらず、だ。

『!? …場所まで特定されているのか!?』

《待って待って! 何一人で納得してんの!? あたしにもわかりやすい様に状況を説明しなさいって!》

《警戒! 敵機、真っ直ぐこちらに向かってきている!》

『チッ! 則久、こちらも騎行して応戦する! 飛火を噴かせろ!』

《了承。しかし、敵の備えには充分警戒しておくように。先の行動の意味は未だに解析できていないのでな!》

『分かってる! とにかく全速力で駆けろ!』

 その言葉を合図に爆音が鳴り響き、鼠色の武人は空へと駆けた。

《だ、だからあたしにも分かるように説明を…!》

『うるせぇ、簡潔に説明するから静かにしろ! 敵はおそらく雷上動の仕手・村上先輩だ! これだけ言えばお前でもわかるだろ!』

《む、村上先輩って…風紀委員の? 【疾風怒濤】の? 月島先輩の相方の?》

《明答。記録に拠れば、共に二年の中では群を抜いた実力の持ち主のようだ。古来武装の和弓と二刀による遠近両用の攻撃は警戒しすぎて困ることは無いだろう》

『…則久、村上先輩の周辺に敵がいる、ということは?』

《不在。どうやら単騎での奇襲のようだ》

 則久の索敵結果を聞いて楠は僅かだが緊張から抜け出すことが出来た。もしこれで獅童龍一も参戦していれば例え二騎だけとはいえ防ぎきれる自信が無かったためだ。

 騎行状態、そして開けた場所では短刀はほとんど役に立たない…そうなると必然、楠が選ぶ武装は銃火器になる。

 距離はまだ大分空いているため、狙撃銃という選択肢もあったが、敵は回避しやすい状態であるのでもう一つの武装を手に取った。

『則久、常葉。相手が射程距離に入ると同時に攻撃を仕掛ける! それまでに不穏な動きがあればどんなことでも回避出来るよう指示を出せ!』

《承知》

《あい了解!》

 その返事と共に楠は飛火の出力を上げて高度を取り始めた。

 初動が遅かったということと昴が単発、楠が双発の飛火であるため、高度の優勢は空色の釼甲にあった。幸い、拠点の位置が他に比べて高かったため差はほとんどないが、それでも焦るには充分な理由だった。

 充分な高度を取ると、空色の釼甲は旋回して鼠色の釼甲と真正面から向き合った。

 手には太刀を一つ握って、下段構えで襲いかかってきた。

『村上昴だ。楠政和と見受けて手合せしてもらおうか』

『かははっ! 一番来て欲しくない相手が来たか! ただ、俺を知っているんだったら弓で勝負してくれると嬉しかったかな、っと!』

 昴が射程距離に入った瞬間に楠は散弾銃の銃口を素早く敵に向け、目にも留まらぬ速さで引き金を引いた。

 発泡音と共に一つの弾丸が飛び出すが、すぐにその中から鉄片が飛び散り昴に襲いかかった。

『目くらましのつもりか?』

 だが、そんな鉄片の雨に恐れることなく昴は突き進み、迷いのない一太刀を振るった。

『…っと!?』

 これを楠は身を捻ることで辛うじて回避することに成功し、その勢いのまま高度の優勢を取ろうと上昇し続けた。

『さすがに実戦経験豊富な先輩相手にこれは効かねぇか!』

《嘘でしょ!? 少しくらい怯むと思ったのに…!》

《あら、村上君は伊達に問題児を実力で押さえ込んでいませんよ? 目くらましはしょっちゅうですから》

 心のよく通る声が二人に伝わった。

 これで村上が月島を封神していることは間違いないと確信して気を引き締めたところだった。

《…それに、常に先手を打つのが村上君の戦闘法です。一つに集中しすぎると痛い目を見ますよ?》

『…なん…!』

《主人。後方から…!》

 言い切る前に、楠の腰を何かが掠めていった。

 遅れて右に楠は避け、その瞬間に飛んできたものを視認した。

 …それは一本の矢だった。

 楠と常葉は掠めただけ、ということに今更ながら安堵を覚えると同時に疑問も浮かんだ。

 何故弓手である昴が矢より先行していたのか。

 飛来してきた速度から考えれば、射出してから追い抜くということは不可能である。けれども実際に矢は昴より遅れて飛んできた。

 彼らはその疑問を抱きながらも、再び向かってくる昴に対して構え直す。

 散弾銃では目くらましにもならない。有効な手段で無い以上唯一の近接武器である短刀を使わざるを得なかった。

『分が悪いが…やるしかねぇ、か…』

 向かい来る空色に備え、鋒を目先に構える。

 突進に近い形ではあるが、飛火の出力を抑えているため速度もそこまで速くはない。

『…成程、そう来るならあえて乗るのも一興か!』

 構えだけで楠の意図を読み取ったのか、昴は嬉々としながら再びぶつかりに行った。

 二度目の交錯は、刃と刃の衝突だった。

 しかし、それは力と力のぶつかり合いではなく、速さと技の凌ぎ合いだった。

 昴の振り下ろしに対して楠が取った手段は受け流し。

 短刀故の扱い易さを活かし、白刃がぶつかりあった瞬間僅かに手を動かすことによって軌道をずらし、ギリギリの回避を実現したのだった。

『則久、このまま敵機と距離を取る! 全速全開!』

《了承!》

 言うと共に更なる爆音を鳴らしながら楠は昴との距離を取った。

《クッ…! やっぱり旋回性能の違いは痛いわね》

『それならこちらは高度を取れば良い話だ! 雷上動、このまま上昇へと移る! 合図をしたらすぐに弓矢を出せ!』

《諒解! 心も【維持】しているわよね?》

《えぇ、頼まれれば何時でも行けます!》

《なら言うことはなし!》

 空色の釼甲は月へと駆けた。

 そして、月と鼠色の釼甲の間に到達すると同時に昴は旋回し、左手を前方に構えた。

『仕掛けるぞ!』

《諒解!》

 その掛け声と共に雷上動の腕部から弓が展開され、昴は迷うことなく腰に提がる矢筒から一本取り出して構えた。

 楠も遠距離攻撃へと移行したのか、その手には銃砲の長い狙撃銃が昴に向けられていた。

『『喰らえ!』』

 射出はほぼ同時。

 低空からは弾丸が。

 上空からは鋼矢が。

 共に空を切り裂いて標的へと走った。

 空中でぶつかり合い、音を立てて両方とも砕けた。

《…回顧かいこ。平家物語の那須与一なすのよいちが何故か思い浮かんだ》

『…下手するとそれ以上かもしれねぇな。音速を越える弾丸に矢を当てるなんて普通は出来ねぇぞ?』

《感心している場合!? 散弾銃も駄目、狙撃銃も駄目、接近戦も駄目…もう打つ手がないでしょ!》

『…もう少し時間を稼ぐだけでいい。これは一対一じゃなく、集団戦なんだ』

 昴との距離を離し過ぎず、近寄り過ぎずの距離を保ちながら政和は牽制をし続ける。

 寄れば散弾、離れれば狙撃、交錯の際には短刀と、素早く、臨機応変に戦闘方法を変える鼠色の武人相手に昴は攻めあぐねた。

『成程、獅童が警戒するよう言うだけの事はある…俺の人を見る目もまだまだだな。良ければ風紀委員でその腕をふるってみるか?』

『力試しは嫌いじゃねぇが、どこかに所属するのは苦手でね。申し訳ねぇが断らせてもらうよ!』

《朗報。主人、全員装甲完了してこちらへ騎行中!》

『でかした! 所要時間は!?』

《算出。合流まで約十五秒。それまで耐えろ》

『分かった、さすがの村上先輩も一度に四騎を相手には…』

 そこまで言ったところで楠は異様な光景に気が付いた。

 月明かりに照らされた空が、所々に黒の点が存在していることに。

 遠目に見れば気付かないほどの、小さな点が。

『ようやく全員装甲したか…なら、仕掛けでも発動させてもらうとするか!』

《分かりました。神技【解除】!》

 心の合図と同時に、点が突然大きくなり、楠たちに容赦無く襲いかかった。

『うおぉ!?』

 襲いかかる点の隙間を縫うように騎行したが、間隔が狭すぎた為に全てを回避する事が出来ず、左肩・右腰・右脛の装甲に命中した。

『な、何だこれは!?』

『よ、避けきれねぇよこんなも…ガハッ!?』

《ひ、被弾を最小限に…!》

《これをどう避ければ良いのよ!》

 楠の後方では矢の雨を避けきることができず、三騎が行動不能になっていた。

 これで残り一騎でも撃墜されれば失格となる事が決定してしまう。

『…則久、この状況から抜け出すことは…』

《絶望。背を見せると同時に敵機は打ち抜く腕を持っている。あの相手からは退くも負けにつながることは間違いない》

 生き残る為の逃亡は成功しない。

 戦いを挑む、という手段も実力差が有りすぎて勝つことは難しい。

『…なら、一矢報いてやりますか』

《妥当。それが最善の手段だろう。全力で支援する》

《…はぁ…これであの厳しい訓練は免除されなくなっちゃったか…骨折り損の草臥くたびれ儲けってやつ?》

『そうか? 俺としては先輩との勝負が出来ただけでも御の字だし、佐々木教諭の訓練も最近やりごたえがあるから最高だぞ』

 鼠色の顔面装甲の下で、楠は思わず笑みを零した。

 彼もまた、見習いとはいえ武人であり、強者と戦ええたことを誇りに思える人間だった。

 ただ、今回は経験と実力の差があっただけだった。

『則久! 全速力で駆け上がる! 銃が効かないなら、お前自身で勝負を仕掛けるぞ!』

《歓喜! 吾等の真髄を刻み込んでくれよう!》

 則久の飛火は更なる爆音を響かせ、手には短刀が握られ、真正面から雷上動へと勝負を仕掛けていった。

『面白い! それならば、いざ尋常に…!』

 昴は高揚した様子で二刀を構えた。

 身体を抱くように腕を交差し、鋒を後方の月へと向ける。

『『勝負!!』』

 迫り来る鼠色を、全力で迎え撃つ。

 待ち構える空色へと、全力で切りかかる。

 昴の第一刀を、楠は空いている手で受け止め、その胴へと突きを見舞う。だがそれも簡単に許されるわけがなく、第二刀によって阻まれ、構え直した第三刀が楠の肩部に命中し、同時に彼の飛火が稼働を停止した。

《楠班、半数が中度の損傷を負ったため、失格とします!》

 …勝敗は決し、宵闇に昼の空が舞っていた。


…最後の表現がうまくできませんでした。意味を理解してくれる人はどれだけいるかが非常に心配です。

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