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訓練一日目ー2《獅童 対 岩代》

「…さっきの…荒木の班相手に二人も脱落か~…これは随分厳しくなったんじゃないの?」

「調子に乗って攻撃に集中しすぎたのが原因だ。常識的に考えれば、奥の手があるというのも考慮しなかったことが大きな間違いだろ。けれどこれで一番厄介だった【植物操作】の神樂を倒せたから、少しここでの戦闘は楽になるぞ」

 中央南寄りの雑木林の中、十人ほどの生徒がゆっくりと行動をしながら会話をしていた。その先頭に立っているのは、要を僅かに越える長身の男で、傍らには浅葱色の猪を携えていた。

《損傷者・一人…被害規模・小》

「助かる津雲。もう一つ…周囲に敵影は?」

《…一団・接近中。戦闘体勢用意》

「もう!? 休む暇も与えてくれないの!?」

《速度・低。敵方・不知しらず

「成程、向こうはこっちに気付いていない様子だな。あとは…加藤、敵の数と距離を測れるか?」

「分かった!」

 そう言って加藤と呼ばれた少女は目を閉じて息を深く吐いた。

 そしてそこから一呼吸置いて、呟いた。

「…六人位…かな? 一組が見回りをしているみたいで、結構距離が空いているよ…」

「…なら、少し厳しいだろうが皆もう一度戦闘用意。常識的に考えて、こんなチャンスを見逃すわけにもいかないだろう。奇襲を仕掛けるぞ」

 リーダーらしき男がそう言うと、数物を携えていた班員は声を殺しながら装甲した。封神も同時に行なっており、残るは二人だけになっていた。

「さて…オレらも装甲だ」

「おっけー!」

 合意を得ると、少年は装甲の構えを取った。

《我が一身に折れぬ真金有り

 我が一心に震える闘志有り

 戦場を駆け抜けろ、津雲!》

 祝詞が読み上げられると、そこに浅葱色の武人が現れた。

『加藤、敵までの距離は?』

《…二千…だから津雲の飛火で二分弱だけど、それだとすぐにばれるからね…ちなみにはぐれた一組は私たちから見て左に移動してるよ》

『…なら、挟み撃ちで行くとするか。俺ともう一組は右側から、残りの三組は左側から回り込んでくれ。先にそっちが仕掛けて、その十秒後に俺たちが仕掛ける。倒したらそのまま駆け付けてくれればいい。それじゃあ…開始だ』

 その声を合図に釼甲の一団は二手に分かれた。

 十数分後には所定位置にたどり着いたのか、リーダーらしき少年は木陰に隠れて相手の様子を窺っていた。

 その視線の先には四人ではなく、二騎の武人が座していた。甲竜と乙竜という組み合わせであり、この場所にいるということは釼甲にとっては最善の選択だ。

(…既に装甲しているのか…どうやら長期戦に持ち込むつもりは全くないようだが、だからと言って熱量を無駄に消費するのはいただけないな、常識的に考えて…)

『…俺は奥の奴を攻撃するから、お前たちは手前の奴を足止めするように。出来れば足を中心に狙って行け』

 言いながら音が鳴らないよう注意を払いながら槍を構えた。

 尺は三尺半(約一メートル十五センチ)と長槍と呼べるかどうかは微妙ではあるが、この挟所であれば振るうのに邪魔にはならないだろう。

 身を伏せ、息を殺し、機が訪れるのを静かに待つ。

 そして、その時が来た。

 遠方で鋼のぶつかり合う音が響くと、座っていた武人二騎は立ち上がって音のした方向に身体を向けた。

 そして幾つか確認をしたあと、駆けつけようと踏み出したところへ、浅葱色の武人は攻撃を仕掛けていった。

 突然の、それもほぼ音のない奇襲に、訓練をしたとはいえ数か月前まで一般人と何ら変わらない生活をしていた人間にこれを対処できるはずも無く、その一撃は容易に肩に被弾した。

『カハッ…!?』

『大谷!?』

『ダチよりテメェの事を考えな!』

 その声を上げたのが間違いだったのか、敵はすぐさま意識を切り替えて奇襲の切りかかりを受け止めた。

『馬鹿野郎! 攻撃前に宣言するなんかするな! 常識的に考えろ!』

『…! この口調…岩代久夫なのか!?』

『…一人一騎だ。それで今のミスを無かったことにする。良いか!?』

『あい了解…っと』

 そうして岩代たちは間合いを取った。

 立ち位置は、岩代が一歩踏み込めば矛先が届く距離であり、そのせいで硬直状態に陥った。平野での戦闘であれば左右に攻撃を避けることが出来たはずではあるが、運の悪い事にここは雑木林であり、回避が思うようにいかないという問題点がある。

 更に言えば足元が不安定なうえに時折気の根が顔を出しているために気を付けなければ突っかかる場合もある。それゆえに、彼らは『生き残る』を目的にしながらも現状を抜け出すことが出来ずにいた。

『…岩代がここにいるってことは…残り数騎も相手にしなけりゃいけないってことか!?』

『チッ…クショオォオォ! こんなことなら二手に分かれるなんて事をしなけりゃ…!』

『安心しろ。あいつらが来る前にお前たちは倒れている…心配する必要は無いぞ?』

『ふざけるな! それなら一矢報いるくらいはしてやらぁ!』

 甲竜の武人が肩の怪我を堪えながら飛火を点し、一気に岩代の懐へと潜り込んだ。

 地上付近で空気抵抗が大きいということもあってか、最大出力のわりに速度は大したものではなく、勢いのまま降り下ろされる一刀を、岩代は後退することで難無く避けた。

『…訓練用の槍相手ならその攻撃は問題ないが、釼甲の槍相手にその行動はあまり褒められないな、常識を考えろ』

 言葉と共に岩代は自身の得物で薙ぎ払った。

 予備動作は殆ど無い。

 それだというのに、大木と槍の柄に挟まれた武人は『鋼の装甲に守れている』というのに苦悶の声を上げていた。

『ガハッ…』

『大谷、そのまま槍を掴んでいろ!』

 乙竜を装甲した武人は、岩代がすぐ攻勢に移れないことを認識するとそう声を上げながら短機関銃の照準を敵に合わせた。

『さすがの岩代も、動けなければ弾は避けられないだろう! 喰らえ!』

『フッ…』

 引き金が引かれる直前に、岩代は槍を持つ手を離して木の後ろに隠れ、放たれる弾丸の雨をこれまた難無く避けた。

『なっ…得物を手放した!?』

『おいおい、二人いるんだから一人だけに気を取られすぎるなよ?』

 先程の攻撃の間に間合いを詰めていたのだろう、岩代の班員である甲竜を装甲した武人が乙竜の側面に回り込んでいた。

『…! 何時の間に…!?』

『テメェがうちの頭に注意している隙に、だよ。はい、これでテメェは失格、っと!』

 言うよりも先に太刀が降りおろされ、白刃が敵の胸元に当たる。

 そして、それと同時に甲高い警戒音が数秒鳴り響いた。

 損傷具合を数値化し、それを上回った場合武人は動けなくなる、という仕組み…というより神技が仕組まれており、やられた武人は悔しいのか恨み言を残して倒れていった。

『さて…これで終わり…っと』

『気を緩めるな! 足元だ!』

 怒鳴られて意識を下に向けるが、反応が遅すぎたのか、既に甲竜の足は膝の部分まで埋まっていた。

『な…こ、これは…神技か!?』

『ご明答…さすがに一人も倒せませんでした、じゃあ恥ずかしいから…な。相打ち覚悟で外れてくれや…』

 先程まで倒れていた甲竜は少し離れた場所で、その手に槍を握りながらゆらりと立っていた。衝撃が大きかったのか僅かにふらついているが、それでも最後の力を振り絞って立っているようだった。

『どうやら…あっちはまだ…やられてないみたいだから…ここで一人…いや、二人削るとするか…』

 岩代の槍を振り上げて、沼にはまって動けない敵へと真っ直ぐに振り下ろした。

 飛火を使って抜け出すことも考えたが、噴出口も沼に嵌っていたために火を点す事ができずにその一撃を食らわざるを得なかった。

 鋼が叩きつけられる音が、力強く響いた。

 それと同時に、先程鳴ったような警戒音が響いた。

『チッ…悪いな、班長…一つ抜けるぜ』

 言いながら甲竜二騎は同時に地に倒れた。

一騎は天を仰いで。

一騎は地に伏せて。

『…気を抜かなければ文句なしだったが…贅沢は言えないか…』

《三原班、半数が戦闘不能となり、失格です》

 感慨に耽る間も無く、教師からの報告が島全体に響いた。

 向こうも何とか成功したのか、と思ったのか、岩代は味方が来るまでその場で佇んでいた。ただ、警戒の意味も含めて装甲はしたままで。

 気の緩んだところに攻撃を、というのは古来から奇襲するときの常套である。故に岩代は警戒を怠らないという意味合いも含めて、味方と合流するまで装甲を解くつもりは無かった。

 しかし、数分待っても味方の影が見えることはなかった。

(…どういうことだ? 常識的に考えれば、もう合流して次の行動に移れるはずなんだが……まさか!?)

《! 岩代、西南西から一騎接近しているよ! 左に回避!》

 神樂である加藤の声に、反射的に体が動いており、その場から数歩離れると同時に岩代の横を質量のある風が走り抜けた。

 本能的に理解していた。

 これは、釼甲の飛火で騎行した際に発生する風だと。

 崩した体勢をすぐさま立て直していると、後方から現れた武人も飛火を消し、疾駆も収め、方向を転換して向き直っていた。

『やっぱりこの程度なら避けきるか。さすがと言うべきか、残念と言うべきか…』

《…奇襲で…大きな音は…駄目でしょ…?》

《…!? 正宗!? ってことは…獅童龍一がここに…!?》

『慌てるな、加藤。こんな閉鎖された空間だ。常識的に考えれば生き残っていればどこかで遭遇していたことには間違いないだろ…こんなに早いとは思わなかったが…』

 岩代は槍の矛先を下段に、龍一は白刃を上段に構えて対峙する。

『…質問しよう。さっきから金声で連絡を取ろうとしてるんだが、反応が無いことに思い当たることはないか?』

『…お前の班の三人だろうか? それなら道中相手して一組倒して二組逃したが…あれか?』

『…恐らくそれだな…』

 龍一の答えに岩代は納得がいったような反応を示した。

 何があったかを簡潔に説明すると、岩代班員がはぐれ武人を倒した後、合流しようとしたところで奇襲をかけられた。

 何合か打ちあったは良いが、その圧倒的な能力差に合流を諦めて生き残り組は戦線離脱。半数が戦闘不能になった場合失格になるこのルールの中では最善の選択だった。

 そして、一騎になったところをこうして龍一が岩代を倒すために現れた、ということである。

『やはり実力は本物か…五十嵐とやりあってみたかったが、それは贅沢というものか?』

『あ~…それだったら、まずは俺を倒してからの方が良いぞ? アイツは最近近接戦闘だけで言えば学内最強クラスだからな』

『成程、典型的な古来武人か?』

『単なる武術馬鹿だと思うぞ?』

『五十嵐の防御が手薄になっている、ということは?』

『拘束されたら負けが決定しているんだ。昴先輩に付いてもらっているから、ここからいますぐ離脱して向かっても無駄だぞ?』

《あんたたち! さっきから話してばかりだけど、さっさと始めなさ…》

《黙って…》

 加藤が痺れを切らして声を張り上げたところを、遥の静かな一喝によって遮られた。

《…もう、始まっている…私たちは…それに応えるだけ…》

《…は?》

 言われて加藤が場の空気に集中してみれば、鋭利な武器を喉元に突きつけられているような威圧感に襲われた。

 戦いは、構えるよりも先に始まっていたのだった。

 先程とは比べ物にならない緊張感。

 一挙手一投足があらゆる意味を持つ、緊迫感。

 加藤も岩代と共にそれなりの修羅場をくぐり抜けてきたと自負しているが、それでもここまでのものは一度たりとも経験したことがない。

 封神されていなければ腰を抜かしていたかもしれない。

 そこまで、場の空気は異常だった。

『…なら、学園始まって以来の天才と手合せ出来ることを光栄に思っておくか』

『期待には応えるさ。ただ、チップ(心付け)は不要だ。胸は貸してやる』

『ほざけ!』

 龍一の言葉を合図にしたのか、岩代は先程とは一転して攻勢に転じた。

『シッ!』

 下段に構えた矛先は地を這いながら正宗の胴へと目掛けて走った。上体の回転だけで打ち出された一撃であるため全速力ではないが、それでも空を斬る音が少なからず聞こえる。

『警戒のしすぎだな、攻撃が軽い』

しかし、龍一はこれを上段からの斬り下ろしで叩き、同時に一歩踏み込み攻撃を仕掛けた。右後方に太刀を構え、流れるように次の攻撃…すなわち表切上である。

『クッ…!』

 幸い岩代の槍は、限界まで伸ばしきっていなかった為比較的早く戻すことが出来、地面に対して垂直に構えることで凌いだが、その一撃の重さに驚きを隠せなかった。

晴嵐流堂上礼法の吹上に類似しているが、出処が左右逆の技であり、利き腕で引くように攻撃する吹上と異なり、押す様に太刀を振るうことが特徴である。

 素早さが僅かに劣る反面、破壊力が上がるという利点がある。龍一は敵の装甲及び武具が相当の硬さを持つと『理解』して、速さより威力を優先したのだった。

『成程、重い、良い一撃だ!』

『お褒めに預かり光栄かなっと!』

 岩代は今度攻め方を変えて、手数で勝負してきた。

 顔面、脚部、胴、喉元、肩部、椀部…全てに対して雨霰のごとき鋭い突きを放つが、龍一も負けておらず、受け流し、切り落とし、弾き、横っ跳び、上体捻りでその雨を全てやり過ごした。

 しかし、最後の上体捻りで僅かに体勢を崩したことを岩代は見逃さず、飛火を全力で吹かして肩からの体当たりを放つ。

『猪突猛進!』

 重量のある浅葱色の釼甲は空を唸らせながら群青の釼甲へと迫っていった。

 一直線上にある木々は軽く掠めただけで深く抉り取られる事から、真正面からぶつかればいくら天下の業物正宗といえども一溜りも無いだろう。

 しかし、龍一のそれに対する行動は単純。

 左の掌を敵にかざしただけだった。

『遥、タイミングを間違えるなよ!』

《…了解!》

 声を上げた一秒後に、浅葱色の鋼が群青の掌に触れた。

 本来ならばそのまま左の腕を押し返され、群青を吹き飛ばすはずだった。

 だが、その本来の姿から大きく外れ、浅葱色の釼甲は見当違いの方向へと突っ走っていた。

『なに!?』

 違和感に気付いて速度を殺したが、それが中途半端だったのか勢いが全く乗っていない状態で大木にぶつかり、岩代の体は大きく揺さぶられた。

『がはっ…!』

《岩代!? 気を確かに!》

《肩部装甲破損・中度 衝撃・大》

『…奥の手を隠しておいて正解か。遥の神技がバレていたらもっと長引いていただろうな…』

 腰の落ちた岩代に、龍一はゆっくりと歩み寄った。

 太刀を無造作に引っ提げて近寄るが、そこにはほとんど隙と呼べるようなものはなかった。岩代の姿勢が崩れている、というのも一つの理由であろうが、それを差し引いても彼が勝つ可能性は全く無い、ということが本能的に理解された。

『い…今のは、一体!?』

《…簡単…岩代君が突進してきた勢いを…少し逸らしただけ…》

《だ、だけど、手をかざしただけでそんなことが出来るの!?》

『それは秘密だ。わざわざ種を明かすほど、俺はお人好しじゃないからな』

 そして、ようやく岩代の目の前に立った彼は、ゆっくりとその鋒を津雲にぶつけ、岩代は意識を失った。

《岩代班、半数が脱落したことにより、失格となります!》

 …開始二時間時点で、今回最大勢力の一つである岩代の班が失格となる。

 この知らせは、残存する班全てに衝撃を与え、より一層警戒するようになった。


さて、実は岩代は一度だけ以前に出ています。

どこにいるかわかった人は感想で。

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