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一日前

 実地訓練まで、後一日。

「ようやく用事が一段落ついたから、御影の様子を見に行こうかと思うのだが……何か見舞い品でも持っていったほうが良いだろうか?」

「別に怪我や病気をした訳じゃないからいらないと思うが……というより久しぶりに会ったと思ったら最初の会話がこれか?」

 ようやく要と話す機会が生まれた龍一は、自室でそんな会話をしていた。

 要の目の下にはクマが出来ており、これまで何かを寝る間も惜しんでやっていたということが嫌というほど龍一にも分かった。どれだけ遅く戻ってきても、部屋の風呂で身体を洗うことだけは欠かさなかったので、身嗜みだけは整っていたが、だからといって全調子というわけでもない。

「出来れば今日一日安静……と言いたいところだが、一週間鍜治場に篭もりっぱなしの綾里も気になるからな」

 龍一の言うとおり、御影は影継の追加兵装を練造し始めてから一度も顔を出していない。充分な休憩をとっているかどうかは、連絡する手段を持たない(御影はまだ端末を与えられていない)ため、安否すら定かではない。

「……様子を見に行く事だけ許す。それが終わったら今日はもう寝ろ。それが条件だ」

「……諒解」

 布団から腰を上げると、少しだけふらついた。

 体力的にもう休まなければ限界であることは明らかだが、不安要素を残した状態で無理矢理寝かせても充分な休息は取れない…そう判断して、龍一はこの場を大目に見たのだった。

「…取り敢えず、正宗を同行させる。終わったら無理矢理にでも連れ帰れるか?」

《委細承知…俺に乗せていくのも吝かではないが?》

「そこまでしてもらわなくても大丈夫だ。それに、自分でもこれ以上は限界だと理解しているから、終わったら充分に休ませてもらう」

「なら、俺からは何も言うことは無い……綾里にも無理するな、と言っておいてくれ」

「諒か…あぁ、そうだ」

 扉に手をかけようとしたところで何かを思い出したように要は振り返った。

「龍一、アンジェに連絡しておいてくれ。明日、アンジェも同行するように、と」

「? 別に構わないが…っと、それで思い出した。要もアンジェから自愛するように、と言われていたぞ」

「……善処する、とだけ伝えておいてくれ」

 それだけ言って、要は部屋の外へと出ていった。正宗もその後について行き、足音が遠くなっていくのが龍一に分かった。

「……ん? そういえばアンジェは学生じゃないから参加は出来ないはずじゃなかったか?」

 ひとり残された部屋で疑問を口にしたが、当然答えは返ってこなかった。


 学園に設置されている鍜治場は、敷地の中でも校門から遠い隅の方にあるため、かなりの距離を歩かなければならない。

 要は最短距離で行くために、直径がキロ単位の決闘場の脇を抜けて、その奥にある小さい建物へと向かって歩いていった。学内の建物の中では一番小さいであろうそこからは、大気が歪むほどの熱が放出されていることが遠目に見ても分かった。

「予想はしていたが、まさかここまで暑いとは……」

《体調が完全でない五十嵐殿には少し厳しいんじゃないか?》

「……短い時間なら大丈夫だ」

 釼甲鍛冶場が孤立するように設置されるのはこれが大きな理由である。

 刃金を鍛え上げるには莫大な熱量を必要とし、さらには完成まで相当な時間が掛かる。学園校舎に鍛冶場を組み込んで稼動すれば、校舎内で学ぶ生徒たちに多大な影響を及ぼすことを危惧され、これだけ離れた場所に設置されたのだ。

 一部では『稼働する程鍛冶師が多い訳ではない為、校舎に設置せよ』などと論議されたが、当時の学園長は『一人でも有効活用出来る人間が現れる可能性があれば、最低限の環境は整えるべきだ』と判断して一蹴した、という。

 要は、その先見の才があった当時の学園長を心の中で賞賛しながら、鍛冶場の戸口を叩いた。

「……御影、居たら返事をしてくれ」

 できる限り大きな声で尋ねたが、中からの反応は全くなかった。

 嫌な予感を覚え、要は更に扉を叩く力と声を強めて同じように尋ねる。しかしそれでも返答はない。

「……! 正宗、内部の生体反応を……!」

《既に始めているが……倒れているのか?》

 正宗の言葉に焦りを覚えた要はすかさず扉を力づくで開こうとするが、その程度で開くことはなかった。

 鍛冶場は練造中無防備になる鍛冶師を外敵から守るため、強固に作られていることが多い。ここも例外ではないそうで、数度繰り返しても扉が軽く揺れる程度だった。

「そうだ…! 《影継、聞こえたら答えてくれ! 御影は無事か!?》」

 すぐに思い浮かんだ、中にいるはずであろう影継に金声で語りかけるが、返答は全くなかった。普段は律儀にも全て答える影継であるため、全く反応が無いことに要は焦燥感だけが募り、冷静さを欠き始めていた。

 ……このとき、連続した睡眠不足が正常な判断を妨げていたことを、要は知らない。

「……クッ……! 正宗、脇差を!」

《承知》

 正宗の背から射出された脇差を受け取り、一歩だけ引いて構える。

 柄頭を胸元に、刀身を地面に対しほぼ水平に構え、照準を一瞬で合わせると、迷うことなくその前足で一歩踏み込んだ。

 晴嵐流合戦礼法―破城―

 攻撃力を一点に集中させることによって、範囲を狭める代わりに名のとおり『城を破壊』するような突き一撃を放ち、扉の空圧調整部を撃ち抜いた。

 打ち抜き、脇差が引き抜かれると空いた穴から大量の空気が音を立てて溢れ出した。

 要の手に握られている脇差には一切の歪み、刃こぼれが無く、それだけの剣の腕が有ることに正宗は軽く驚き、声をあげそうになったがそれよりも先に要が扉に手をかけた。

「これで!」

 掛け声と共に扉を横に引くと、今度は何の抵抗もなく鍛冶場内部への道が開いた。

躊躇うことなく室内へと入っていくと外に比べて、熱が篭っているためだろうか気温が高く、息をするのも困難だった。一歩進むだけで汗が滝のように流れるが、拭うことすらせず、倒れている彼女の下へと真っ直ぐに歩く。

 倒れている上、物陰に上体が隠れているため、姿格好は判別できないが、褐色の肌と銀の長髪が僅かに覗いている。

(……長袖で正解だった、か?)

 尋常ではない大気の温度が容赦無く露出部分……顔・手といった部分から水分を奪っていく。これが夏服、つまり半袖などであれば腕からも水分が放出されていただろう。

 そんな中に一週間も居ては慣れているとはいえ、御影も充分に危険なのでは、と思いつつ倒れていた彼女を抱き起こして声をかける。

「……御影! しっかりし……」

「……うん…もう少し寝かせて……」

「………………は?」

 聞こえた反応に要は思わず変な声を上げてしまった。

 一瞬聞き間違いかと思ったが、再び彼女が似たような寝言を呟いた事で冷静に彼女を観察する余裕が生まれた。

 尋常でない暑さの中にも関わらず一定のリズムで寝息を立てており、顔色も普段通り…というより何故か普段以上に血色が良かった。

《五十嵐殿。綾里嬢は無事か?》

「…………無事も無事だ。心地好さそうに寝ている」

 要は彼女を起こさないよう、そのまま横たわらせようとする。

 だが、額からあふれ出ていた汗が一滴、御影の口元に落ちた。

「…っと、何……?」

《……? 俺には起きているようにしか見えんが?》

「あら、この声は……正宗? ……なのに、何でここに要が?」

「……起こしてしまったか……」

「……騒がしくて思わず、ね……っと」

 目が覚めると同時に御影は腹筋を利用して身体を起こした。その急な運動で何かが大きく揺れた。そこで要はようやく彼女の服装にも意識を向けることができた。

 袖を肩部分も含めて切り落とされた、少し汚れた白い道着。下はその長い足を火の粉から守るためであろう袴が履かれていた。

「……その格好はどうにかならないのか?」

「ん? これ?」

 このような暑い場所とはいえ、肌の露出の多さに要は思わず目を逸らしていた。

 熱に強い体質であるようだが、それでも汗が出ることには間違いないようで、それによって服が肌に張り付き、その艷やかな褐色肌が浮かび上がっていた。

「あら……」

「…………」

「……別に気にしなくても良いんじゃないかしら? 確か女性の魅力は胸の無い方が良いって聞いたことが……」

「それは四百年前の話だろう。今はどちらかと言えば御影のような体型の方が女性的だと言われているんだ、少しは注意してくれ」

 つい先日、昴と龍一含む男子一勢が『女性の魅力は何か』を熱弁していたことを思い出した。その中の半分以上は豊かな体つきを好むということが耳に入っており、要は思わず危機感の足らない彼女に忠告していた。

「できる限り男子の前では肌の露出は抑え目にしておくように。あとその恰好で人目の多いところは絶対に歩くな」

「……えっと……ごめんなさい……?」

 何故か語気の強くなった要に御影はたじろいでいた。生半可な知識で反論したことが彼女の失敗だった。

「……で、でも、それだけ心配してくれる、ということは要も私を魅力的だと思っているのかしら?」

「当然だろう。今でも理性を抑えることで精一杯なんだ、出来れば早めに着替えてくれると助かる」

「え、あ、うん……あり…ごめんなさい、た、確か隅に着替えを置いておいたから……」

「……反対側にも扉があるな。作業はもう終わったのか?」

「え、えぇ……も、もう室内温度は下がっても問題無いから……き、着替えるから、ちょ、っと外で待っていてくれるかしら?」

「諒解。終わったら呼んでくれ」

 会話の間、言葉通りだったのだろう要はずっと視線を逸らしながら話していた。そして、しまっている扉を今度は平和的に開けると、そのまま外へと出ていった。


 夏とはいえ、涼しい風が鍛冶場を吹き抜け、彼女の銀髪と汗で濡れた肌を撫でていった。その風で体の火照りを冷まそうとするが、先程のやりとりがどうしても頭から離れず、奪われる熱よりも体の奥から湧く熱の方が圧倒的に多かった。

(……ま、まさか真正面から返されるとは思わなかったわね……)

 服の状態を指摘されたあとの言葉は、からかいの意味も含めての返しだったのだが、まさか正直に、それも御影がどこかで望んでいた答えを返されるとは思っていなかったのだ。

 鍛冶師になる前は、その体付きの所為で魅力が無いと周囲の人間に言われていたため、自分に自信を持っていなかった。

 加えて鍛冶師の家系であるためか、大和人と大きく異なる肌・髪・瞳の色である。全てが全て釼甲を練造する際に発生する莫大な熱に対する耐性を付けるため、長い年月をかけて進化をしてきたと言われている。

 しかし、その『釼甲練造』の為に特化された体は『普通』より離れてしまった。

それ故に、まともな恋愛は出来ないと覚悟していた。

 たとえ恋したとしても、決して振り向いてくれないだろうと諦めかけていた。

 だから、要が差別・区別することなく平等に接する姿には救われるものがあった。恐らくその姿に、彼女は一目で惹かれてしまったのだろう。

 単純な理由だということは彼女も充分に理解している。

 時折自分が軽い女であるかもしれないという疑惑も浮かび上がる。

 しかし、どれだけ周囲を見回し、他の男子とある程度接触しても、要以上の男性が想像すらできなくなっている…それだけはまごうことなき、揺るぎない事実だった。

(……頑張って正解だったわね)

 考え事をしているうちに着替え終わり、台の上に置かれた『それ』に一度だけ視線をやった。部屋は熱気が逃げ去り、先程までの肌を焼きかねない暑さは完全に無くなっていた。

だというのにも関わらず、少しだけ暑い頬を冷ますように、深く息を吸って吐いてを繰り返し、落ち着いたところで声をかけた。

「要! もう良いわよ!」

 彼女の、要によって熱された心の刄金は、決して冷めることは無いだろう。


「しかし、倒れているところを見たときは本当に焦ったな」

「それに関しては反省しているわよ。ちょっと熱中しすぎて寝るのを忘れただけなんだから……」

「頼んだ手前あまり強くは言えないが、それでも睡眠と食事はしっかり取るようにしておくように。明日は長時間の移動になるから充分に休んでおかないと辛いぞ」

「目の下にクマを作っている人に言われるのもちょっと癪ね…」

 ようやく室内に呼ばれた要は彼女を正座させて早々に説教を始めていた。ただ、御影の指摘している通りの状態なので、説得力は微妙なところである。

 御影の着替えは紅い着物だった。先程の鍛冶服に比べれば圧倒的に厚く、多少の水気では透けるようなことはまずないだろう。ようやく要がまともに向き合える服装だった。

「でも、影継の野太刀はこれ以上無いほどの傑作になったわよ。そこに置いてあるから確認してくれる?」

 そういって指さしたのは、影継の隣に置かれた、巨大な一刀だった。

 刀身だけでも二メートルは優に超え、柄も合わせれば三メートルに届くのではないかというほどの異様な長さだった。身幅も重ねも普通の太刀とは比べ物にならないほど厚いため、刀身を全て覆う型ではなく、両側を挟み込む型の鞘が取り付けられている。

 柄を握り、持ち上げると丁度よい重さが要の手に感じられた。

「……成程、良い出来だ」

「それを軽々と持ち上げられる貴方に私は驚きよ……」

 そう、それだけ長大な武器となれば当然重量も比例して大きくなる。刀鍛冶でかなり鍛えられている御影でさえも、持ち上げることは容易ではない。一般人程度なら浮かすことすら困難だろう。それをいとも簡単に、それも片手で振る要は異常と言われても可笑しくはなかった。

「少しだけ『理論兵装』を実現できるように手を加えてみたけど、要なら使いこなせるでしょう?」

「……物に依るな。詳しく教えてもらえるか?」

 そう言われて、御影は野太刀の細工を出来る限る詳細に話した。時間としては五分ほどだったが、その間だけで要は数度感嘆の声をあげかけていた。

 説明も終わり、もう一度その手に握られた得物を眺めて呟かれた。

「これで完成……というわけか?」

「少し、違うわね。武器自体はこれで終わりだけど、あとは影継にこれを取り込んでもらわないと完全に終わりじゃないのよ」

 台の上で沈黙している影継を指さしながら御影は答えた。

「そのために影継は一時的に機能をほとんど停止させたのだけれど……」

「……もしかして、そこで寝たのか?」

「正解。一週間完全徹夜だったから、ここまで来て安心したら急に、ね」

「……何事もなかったのならこれ以上は言いたくないが、無理だけはするな。別段急ぐような事でも無かったからな」

「諒解、以後気をつけるわ……じゃあ、早速影継に取り込んでもらいましょう」

 言いながら御影は影継の背に手をかけ、装甲を開いた。

「要、こっちに鋒を向けて差し込んでくれる?」

「諒解……こうか?」

「えぇ、問題ないわ。あとはこれを押し込んで……と」

 御影が柄頭を握り差し込んでいくと、その異常な長さを誇る刀身が、何処に消えていくのかが不思議になるほど飲み込まれていき、十数秒後にはそれを完全に飲み込んでいた。

「背面装甲を閉めて……稼動、と」

 言いながら影継の頭に手をかざし、呪文めいた言葉を小さくつぶやくと、先程まで消えていた影継の目に光が点り、漆黒の鍬形虫は周囲を見回した。

《……ようやく終わったか……おぉ。久しいな、主》

「目が覚めたか。調子はどうだ?」

《微塵も支障なし。むしろ起きる前よりも好調に思える》

「どうやら成功したみたいね。調整に時間をかけて正解だったわ…ふぅ」

 そこで再び緊張の糸が切れたのだろう、突然御影は体の力が抜けたのか、ふらつきながら倒れそうになった。幸い要がすぐに気付いて抱きとめた。

「……疲れか?」

「えぇ、ごめんなさい……悪いけどしばらく休ませて……」

「なら部屋に戻ってからだ。少し揺れるが我慢しろ」

 言うよりも早く要は御影を背におぶり、断りを入れるよりも先に歩き始めていた。

「しかし……こんな時に端末を使って誰かを呼ぶことが出来れば良かったのだが……無いものをねだっても仕方がない、か」

「……ありがとう……ね」

「どういたしまして、と言ってこう。だが今後、今回のような無理をしようとするな。毎回倒れられて運ぶというのも俺だけでは無理だからな」

「あなたが無茶を止めれば考えるけど?」

「……善処しよう」

 要の返しに、御影は声を上げずに笑ってしまった。


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