決定事項
「……という訳で、協力をお願いします」
「まさか本当に実現するとは思わなかった……」
放課後の風紀委員室前で、要、龍一は揃って昴と心に対して頭を下げていた。その後方には影継と正宗が待機している。
「いや、俺の予想だったら二人が各チームで取り合いになると思っていたんだが…一体何があった?」
「あ~……全員佐々木教諭の誘惑に負けた、というべきか、あれは?」
「どういうことですか?」
心の問い掛けに、龍一が午後にあったことをできるだけ詳しく話した。
要約すれば以下の通り。
…最初のうちは昴の予想通り、チームが幾つか出来上がり、それに要か龍一を、どちらでも良いから一人引き入れようと口論になっていた。
それこそ、実力のバランスやら人数やらを争点に挙げたが、長時間の話し合いをしても終わる気配は微塵も無かった。
そこで、佐々木が一つ提案を出したのだった。
『要、龍一を同じチームにし、それを失格にしたチームは全員佐々木担当の実技試験を免除、加えて訓練内容を今の半分以下にする』ということを提案したのだった。
すると、今まで勧誘に必死だった生徒たちは全員手の平を返して、実地訓練で生き残る為の作戦を練り始めたのだった。
武人科では二人だけを外して。
「……ということです」
「……甘言に惑わされたのか……情けない……」
「で、ですが、佐々木教諭の訓練を考えれば仕方のないことでは…?」
《あの程度で悲鳴を上げているような軟弱者にかける情けなどいらぬぞ、月島嬢。せめてあの距離は時間をかけてでも走りきれぬ輩は、遅かれ早かれ落ちるだろう》
話を聴き終わった二人の反応は対照的だった。
昴は後輩たちの情けない姿に頭を抱え、心は後輩の心情を汲み取って必死にフォローをしようと努めていたが、影継の厳しい言葉にそれ以上何もフォローすることが出来なかった。
「……装甲が一度だけ、という条件は?」
「当然、知らされていたが……」
「それで俺たちのチームに入ってくれたのが、遥に二ノ宮、綾里という……まぁ、いつものメンバーです」
「……つまりは二人以外の武人がいない、という事か……相当に厳しいな」
昴の確認に、二人が同時に頷いた。
いくら二人が相当の実力者だと言っても、この条件では長期戦に持ち込まれればこれは不利になりすぎる……そして、もう一つ問題が有ることを、昴は知っている。
ただ、その情報はまだ話してはならない、と二、三年生にはキツく釘を刺されているため、昴は喉元まで出かかった言葉を意識的に飲み込んで、溜め息をつきながら答えた。
「諒解した。今回は俺と月島が君たちのチームに入るということで、問題はないか?」
「えっと……よろしくお願いします」
昴が了承の意を示すと、心が手を差し出した。
「よろしくお願いします」
要は目の前に出された手を、少し躊躇いながらも握り返した。
「さて、話が纏まったところで……幾つか確認したいことがあるが……時間は大丈夫か?」
「そういえば……要は御影が何か話があるとか言われていなかったか?」
「あぁ……という訳で、自分は先に失礼します」
「分かった、三人にも俺たちのことを話しておいてくれ」
「諒解」
そう言って要はその場を去っていった。
「さて…それじゃあ、ルールの確認と……ある程度の対策を考えておこうか」
昴は龍一を委員室に招き入れ、龍一に座るよう促した。
心は来客に対して茶とそれに合う菓子を用意した。手際の良さに驚きを隠せず、一瞬だけ間を空けてしまっていた。
「っと…それじゃあ、伝えられている内容しか話せないが……実行は他チーム全て敵のバトルロイヤル形式。協力関係になることも可能だが、それは一つのチームとのみ、という条件付き。その協力チームが最後まで生き残った場合はそれぞれの武人科・神樂科代表による一騎打ち。期間は三日で、終了時刻までに武人は釼甲が中度の損傷を負うか、意識を失うかで、神樂は教員が有効打だと判断した場合に失格……大まかにはこんなところか?」
「去年と大差なし、か……ただ、それだとやはりこのチームは厳しいな……二人が一度しか戦えないのだから…」
「……実は、それに関してルールが変更されて……」
悩み始めた昴に対して龍一が情報を付け加えた。
「俺の装甲と近接兵装のみ使用を許可されたんだが、その代わりに一つ条件が付けられた」
「……それは?」
重々しい龍一の口調に心は不安を覚えずにはいられなかったが、だからといって聞かないわけにもいかず、少しの間を開けて尋ねた。
問い掛けに同じく一つ息を吐いて間を開け、その条件を口にした。
「……五十嵐要の戦闘を一切禁じる。同時に、要救助者として扱い、これを傷つけられれば即失格……これが、条件だそうだ」
《五十嵐殿を三日間守りきれ、というのがこの班の追加条件、ということらしい》
「……は?」
龍一と正宗の言葉に昴は唖然とせざるをえなかった。
龍一が戦力になることを喜ぶよりも、厳しすぎる失格条件に言葉を失ったのだった。
「えっと……その条件だと、他のチーム全てが私たちへ集中攻撃してきそうですね?」
「…その想像通りの事が起きるだろうな……となると……」
ほかの生徒に出したもの、そして要たちに課せられた条件、どちらかひとつだけなら別段問題はないが、合わさってしまえばこれほど恐ろしい物はない。
先述通り、学園には三人以外にも業物持ちの武人は少なからず存在し、先日の奇襲の際にはそれなりの善戦をした者もいる。一年だけとはいえ、それらも含めた生徒が全て敵に回ると考えれば、その過酷さは分かるだろうか。
「……龍一、悪いが作戦については別の日に話し合うぞ。さすがに一日だけでは考える時間が足りないからな……」
「……諒解です」
顔を押さえながら天井を仰ぐ昴に対し、龍一はそれ以上何も言えなかった。