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訓練風景

 天領学園の小校庭に、学園指定の運動着に身を包んだ生徒たちがまばらに走る姿があった。かれこれ三十分ほど走り続けているところから、持久走であることはすぐにでも分かったが、何故かほとんどの生徒が今にも死にそうな表情を浮かべていた。

「…こ、これで……どれだけ…走った?」

「や、やっと…半分…か?」

「速度が落ちている! クラス平均を維持している俺に抜かれたやつは放課後も同じ距離を走らせるぞ!」

 息を切らせながら走る生徒たちに対して、教師である佐々木は呼吸一つ乱さずに、同じペースを維持して彼らを抜き去っていった。その際、口にくわえている煙草が紫煙を残していき、追い抜かれた何人かの生徒はそれに噎せた。

 学生相手に取り繕うことは既に止めており、口調・態度を要たちと接するとき同様の物にしていた。それと同時に、普通の学生の前でも煙草を吸い始めるようになった。

 最初のうちは戸惑う生徒も多く、更には訓練の内容が今まで以上に厳しくなっており、それまで彼を慕っていた生徒たちは、今ではほとんどいなくなっていた。

 訓練の一例としては、全力疾走百本、鉄製訓練刀素振り三百本、そして今行なっている長距離走などととにかく地力を付けるための訓練が徹底的に行われた。

 今までの訓練に慣れきっていた生徒たちからは当然反発があったが、それらは全て真向からたたきつぶされ、ほぼ強制的に参加させられている。逃げ出そうものならば、その倍の量を課せられるため、三分の一程度が既に始まる前から意気消沈することがほとんどになっている。

 しかし、そんな事を毛ほども気にしていない様子で、佐々木傭兵は気力を失いかけている生徒たちに発破はっぱをかけていた。

「だらしがない…この程度の距離で疲れているようじゃ話にならないな」

 失望している様子を隠すことなく、傭兵は後ろを走っている彼らを一瞥し、情け容赦無く距離を空けていった。

 走った後に残された紫煙は、息切れしている生徒たちに対する挑発のようにも取れたが、 平然としている自分らの教員に、彼らは文句を言わずにはいられなかった。

「そ……そんな事…言っても…」

「二十キロを……一時間『未満』で……完走は……無理が…」

「男子だけ…なら良いけど……何で…私たちまで……」

 …今回の訓練内容は持久力とある程度の瞬発力の維持であり、彼らが話したとおり男女合同の二十キロ走である。特別に時間制限が設定されており、男子は一時間、女子は一時間十分未満で走りきる事を言い渡されている。

 …この時間がどの程度のものかと言うと、男女共に『一般人の世界上位十位に入る記録』と言えば、その凄さはわかるだろうか?

 それに加えて、制限時間を越えれば同じ距離を追加されるという恐ろしい規則が決まっている。最初のうちは距離追加を嫌がってそれなりの速さを維持していたが、三十分経てばほとんどの生徒が戦意喪失しており、既に大半が諦めた雰囲気を持ちながら歩いている状態になっていた。

 ただ、これは闇雲に走らされているわけではない。

 武人は釼甲を扱うのに、神樂は神技を扱うのに仕手・術者の熱量を消費する。

 そのエネルギー源である熱量を完全に消費し切ってしまえば、彼らは一般人と同等に…いや、身体を動かすエネルギーすら無いので、一般人以下になってしまう。

 外部供給も可能ではあるが、長期決戦ならいざ知らず、短期決戦に持ち込む場合はその時間が命取りとなる場合も多々ある。

 そこで考えられたのが『供給出来なければ、保有量を高めれば良い』ということだった。

 過去の文献から、そして現代の研究から、筋肉質の人間が長時間維持に優れていることが証明されたのだ。正確には筋肉は効率良くカロリーを熱量に変換できる、ということであり、単純にカロリーを貯め込むだけ……つまりは肥るよりエネルギーの損失が少ないということが分かった。時間で言えば、その差は平均二時間(神技発動無し、飛火最大出力で計算)で二倍近くまで昇り、理論上では最大八倍の時間連続使用することも可能だと判明している。

 そんな明確な意図があるというのにも関わらず、佐々木はそれを『面倒』という理由だけで説明しないがために、その事実を知らない生徒から理解を得られず、現在の状況に陥っているというわけだ。

 彼らが顔を下に向けて走っていると、後方から軽快な足音が二つ響いた。

 徐々にその音が大きくなり、それは徒歩状態の彼らの横へと、調子を落とすことなく迫ってきた。追い越しの際には外側を通るというルールが定められており、速ければ速いほど走る距離は多くなるのにも関わらず、息の乱れはほとんどないようだった。

「情けないな。この程度なら、疲れるのは分かるが諦めるほどではないだろう?」

「随分平均体力が落ちているのね……昔ならこのくらいの距離なら十才の子供でも完走できるわよ?」

 息切れして散歩状態になっている男女の横を、二つの影が通った。

 俯きかけた顔を上げれば、長い黒髪と銀髪が尻尾のように揺れていた。

 黒髪は二ノ宮椛のもの、銀髪はつい最近編入してきた綾里御影のもので、二人は肩を並べて平然として走っていた。

 さすがに運動中に飾りを着けるわけにもいかないのか、椛は紅い簪を、御影は金の髪留めを外しており、飾り布で簡単にではあるが、髪を括っている。軽快な走りに合わせて、馬の尾の様に忙しなく揺れている。

「……ところで御影、辛くなったらペースを落としても問題は無いぞ? 先程に比べると足の上がりが小さくなっているが?」

「ご心配なく。鍛冶に比べればこの程度は余裕よ。それよりも、椛の腕の振りも小さくなっているけど、無理はしなくても良いのよ?」

「…ふふふふふ……!」

「…あはははは……!」

 内容は既に遠い場所にいるため聞き取れなかったが、彼女たちはそのまま何かの談義をするほどの余裕まで見せており、声を出すのも一苦労な彼らは驚きを隠せずにいた。

「う、うそ…だろ?」

「これだけ…走って…まだ余裕…なの?」

 二人の常識はずれの体力に、追い抜かれた生徒は唖然とせざるを得なかった。

 そして、聞こえた会話に軽く絶望感を覚えながらも、上がらなくなり始めた足を、引き摺るようにして歩みを止めない者、それが決定打となって膝を着き、ルートを外れて大の字になる者…反応は様々だった。

 特に女子の脱落者が多く、半分の時間が経った時点で継続者は三分の一にも満たなかった。対して男子は微温湯ぬるまゆだったとはいえ、ほぼ毎日訓練をしていたので女子ほどの脱落者はいない。だが、それでも半分近くがコース外で寝転がり、空を仰いでいた。

「も……もう、駄目………ん?」

 と、三人ほどが固まって仰向けになっていると、視界の端を異常な速さで迫り来るものが見えた。何かと思って顔だけ上げて確認すると、男子が三人、争いながら走っていた。

「畜生、速過ぎるぞ昴先輩! 後輩に手加減無しとかどれだけ大人げ無いんだ!?」

「これだけは負けるわけにはいかないからな! 疾風怒濤は伊達じゃ無い!」

「……もう少し静かに走れないのか?」

 上位から順に村上昴、獅童龍一、そして、つい先月まで釼甲を扱えない『無能』だった五十嵐要の三人だった。

 上級生であるはずの昴が、何故一年の訓練に混ざっているのかというと、名目上は『下級生に上級生の実力をみせる』というものだ。(本当は、昴が『面白そうだ』ということで半ば無理矢理に参加している)

 実際、彼が下級生の常識を打ち壊す速度は充分刺激になっており、それに釣られるようにして全員が速度を上げたのだった。

 だがそれは、下級生に現実を突き付ける良い提案だったが、同時に六割を越える生徒の自信を喪失させていた。

 天領学園に所属している生徒は、少なからず体力に自信を持っているもの…それこそ、自分の出身州では五本の指に入ってもおかしくない体力を持っているものも居るはずなのだが、彼らはその鋼の自信をいともたやすく打ち砕いた。

 『平均』を宣言している佐々木を遥かに凌ぐ速度で走りながらも、全員疲れの色は微塵も見せておらず、むしろこれ以上の速度を出せるのではないかという余裕すら見えた。

 昴は時折身体を反転させて後方を見る余裕を、龍一は前方を走る昴に対し、油断した瞬間に飛び蹴りを見舞うほどの余裕を見せていた。

 そのなかで要は、特に異常だった。

 昴が反転すると一時的に加速し、彼の肩を叩いて前を見るように促し、龍一が飛び蹴りを放つと、それを片手で受け止め、再び元通り走る体勢に直したりするなど、ある程度騒動が治まると再び龍一と一定の距離を保持して走っていた。

 それだけの事を、半分とはいえ十キロの間ずっと行なっていながらも、龍一以上に余裕を持っていたのだった。

「残り八キロ! 追い抜ける可能性は充分にあるはずだ!」

「残念だが、速さで俺に勝とうというのは甘い! ペースを上げる!」

 宣言通り、昴の走る速度が上がり、折角詰めた距離が少しずつ離されていった。それを理解した龍一は腕の振りを大きくし、足に更なる力を加えた。

「……! なろう! 俺も負けては…いられねぇ!」

「……途中で倒れない様にだけ気を付けておけ……ってもう聞こえていないか……」

 負けじと足の回転を上げる龍一の背に、要は警告としてそれだけ言うが、それよりも先に龍一との距離が開いていた。

 既に聞こえていないことを理解すると、呆れた様に溜め息をつきながらも、要は速度を上げて走り続けた。

「要さん、あと十周でございます! 頑張ってくださいませ!」

 スタートラインであり、ゴールラインでもある白線の延長線上には、普段通り黒のメイド服を纏ったアンジェが要に対して黄色い声援を送っており、要はそれに対して軽く手を上げるだけで応えていた。

そんなやり取りを見ているうちに彼らの背中は遠くなり、何時の間にか小さな点へと化していた。

「……なぁ…」

「な…なんだ?」

 三人のやり取りを見ていた男子生徒たちは、空を仰ぎながら、呼吸を整えながら愚痴を零した。

「……平均…あの三人が……引き上げている……んだよな?」

「た…多分……」

「すげぇ…迷惑…だ…」

 そして、彼ら三人は酸欠で意識を失った。

 訓練終了後、発表されたクラス内最高記録を記述すると、男子は村上昴の四十九分三十二秒、女子は綾里御影・二ノ宮椛(五十音順)の一時間八分十九秒であり、完走者は参加者の八分の一程度だった。



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