囚われの《暴風姫》
随分と長くなってしまった第三話。
ですがMFJ、電撃文庫換算で240ページと考えれば短いと思います。
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光が僅かにしか無い空気の淀んだ部屋に、今河籐十朗はいた。
前方に怪し気な全身黒づくめの男を歩かせ、悠々と鉄の道の上を歩いていた。
どこか目的の場所があるようで、二人の歩みに迷いはなく、別段何の障害もなく、ただひたすらに黙って歩き続けていた。
「……ここに、小生の話しておいた女子が居るということは間違いないのだろうな?」
『えェ。間違イありマセん。厳重に縛っテいるノデ逃げるこトは不可能、デスね』
狂った発音が耳障りであったが、それも慣れてしまえば別にどうということはない。正確にはこれは人間ではなく、釼甲の人工知能を模したものを搭載した人形である。
ある程度の単純作業、そしてデータを参照して質疑応答する程度ならばこなせるが、それでも人間とは程遠く、現在も単純な命令で『捕らえた人柱の中から該当する神樂の下へ案内せよ』ということを実行しているだけで、これが終わればまた別の命令を入力しなければならない。
その面倒臭さに嫌気がさしながらも歩き続けていると、ようやく人形が歩みを止めて籐十朗へと向いた。
『コチら、になりマす』
「……これが……か……」
無色透明の特殊ガラス越しに見えたのは、両手を鎖につながれ、既に疲弊し切った茶髪の少女だった。腰まで届くような長髪は手入れがされていないため、全体が荒れており、俯きがちの眼は焦点が定まっておらず、地面の一点に視線を静かに向けていた。
「…この者は確か小生が捕らえた女子だな…聞いた話と少し異なるな……おい、この神樂には相当手古摺っていると聞いているが、それはどういうことか説明しろ」
『……私ガ、デすか?』
「この場に汝以外に誰がいる?」
『分かリマシた』
籐十朗が扉に手をかざすと、ガラスの一部分が人一人ほどの大きさの出入口が開き、その穴へと人形は躊躇うことなく入っていった。
するとすぐに穴が塞がるが、人形はそんなことを一切気にせずに少女の下へと歩み寄っていき……
そして、突然無残に引き裂かれた。
関節という関節が全て離れ、人形を覆っていた黒い服は砂になるのではないかというほどまでに粉々にされ、一秒後には人形だったものが散らばっていた。
「……これは?」
『真空……にヨル……かま…イタチ……でス……』
むき出しになった人形は、最後の力を振り絞って説明をすると、役目を終えたと言わんばかりにその瞳の光を消滅させた。
しかし、籐十朗にそんな人形の死を嘆くはずも無く、ただ彼女の力量に感心していた。
「成程、弟に似て厄介な人間のようだ……いや、この場合は弟が姉に似たのだろうか……? まぁ、どちらでも良いことか……」
半ば意識を失いながらも、神技を操作して近寄る敵を排除する。
並大抵の実力では決してできない芸当であり、歴代の神樂の中でも指折りの実力を持っていることは間違いない。
それを傷付けているとはいえ捕らえた自分の所属する組織にも感心したが、彼女一人を相手して犠牲になった数を端末で見て、籐十朗は思わず笑ってしまった。
「…ククク! 一人の為に五領が撃墜されたのか…! 小生を相手取った時には疲れきっていたようだが、それも仕方のないことだったか。だが、本当にこの一族は面白くて仕方がないな!」
端末に映るその名は『五十嵐千尋』……
まごうことなき、五十嵐要の姉である。
二年間幽閉されているにも関わらず、今こうして生きていることにはもう籐十朗も驚かなくなっていた。
「…二年もの間、心折れることなく、小生たちに屈することなく耐え忍んでいたのか。敵ながら敬意を払おう…だが、少しだけ、小生の余義につき合せるのも一興だろう」
頭の中で何を浮かべているのだろうか、回廊に不気味な笑い声を響かせていた。
「姉弟で一つ、殺し合い……さて、どのような結果が出るだろうか……?」