断罪一刀”裁”
(……冷たいな…)
薄れていた意識を無理矢理叩き起し、倒れている身体に鞭を打って起き上がる。そこで自分が仰向けに倒れていたことを知り、先程まで感じていた冷たさはコンクリートによるものだと理解できた。
戦闘中だということも思い出し、早く昴の援護をしなければ、と立ち上がろうとすると焼けるような痛みが両足に走り、再び後方に倒れ込んでしまった。
(…一体?)
痛みがあったところを見ると、足が瓦礫に押しつぶされており、その隙間から少しだけ血が流れ出していた。
抜け出そうとして瓦礫を持ち上げたり、手にもっている太刀で退かそうと試みるが、そののしかかっている量と、上手く力が入らないということによって、瓦礫はびくともしなかった。
顔を上げれば、昴はまともな攻撃を受けてこそいないものの、徐々に押され始め、先程よりも大分恭弥が決闘場に近づいていた。
(…このままでは全員が…!)
二年前の惨劇が脳裏に蘇る。
今度は、誰一人として救えないかもしれない。
そう思うと、要の頭の回転は極端に速くなった。
ただし、それが最善策を弾き出すとは限らない。
(…何はともあれ、ここから抜け出さなければ!)
極限に追詰められた要は、太刀の鋒を自身の足に当て、そのまま上に、上にと上げていった。
(…少しの…辛抱…!)
「この…大馬鹿要があぁぁああ!!」
その太刀を真っ直ぐに突き立てようと柄を持ち直した瞬間、突然要の足に乗っかっていた瓦礫が重力に逆らって宙に浮かび上がった。
「…なっ…!」
《助かる、椛嬢!》
要が呆気に取られている間に影継が自身の鋏で彼を掴み、身体を横に回ることで要をその位置から素早くどかした。
そして、宙に浮いていた瓦礫は支えていた力が無くなったように、再び地面に落ちていった。
「な…これは…!?」
「要、お前は今一体何をしようとした!?」
状況が今ひとつ飲み込めていない要に対して、椛が全速力で駆け寄り、その手首を強く握った。さすがに太刀を取り上げるような事はしないが、万力にも劣らないと錯覚してしまうほどの力が込められた。
「椛!? 一体どうしてここに…」
「それは今どうでもいい! お前は今これで自分の足を切り離そうとしただろう!? そんな状態であの落葉色相手にまともに戦えると思っているのか!? 剣術において足腰は何よりも重要だと私に教えたのは要だろう!」
徐々に要の手を握る力が弱まってきた。
「…だが…!」
「言い訳は一切聞かない! …言っただろう、私たちで力になれることがあれば、遠慮無く言え、と!」
…昨日、食堂の別れ際で言われた言葉だ。
怒鳴られて要はようやく頭に上っていた血が下りた。そして、自分がどれだけ馬鹿な事をしようとしていたのかも、痛いほど認識できた。
《敵機、既に決闘場との距離八〇〇…これ以上雷上動には抑えきれん!》
「…私を封神しろ、要!」
影継の警告に、椛が躊躇うことなくそう求めた。
装甲のために影継に触れ、強く要の瞳を見つめた。
「力になれるかどうかは分からない…けど、私を…要と一緒に戦わせて欲しい!」
「…………」
力強い懇願に、要は数秒黙っていた。
だが、すぐにそれは破られた。
「…そのまま手を離すな。祝詞を唱える…」
傷で立ち上がるのもやっとであるはずだというのに、震えることもなく、真っ直ぐに立ち上がった。
鬼気迫る表情で、装甲の構えを取る。
《これより修羅を開始する
鋼の志は如何なる障害にも折れる事無し
我、天照らす世の陰なり!》
光が二人と一領を包み、次の瞬間には漆黒の釼甲がそこに居た。
主無しの、伽藍堂ではない、真の武者が。
『…影継、機体状況!』
《戦闘に一切の支障なし…だが、主の足の損傷が大きすぎるため、長時間の戦闘には耐えられない…それだけは心得ておけ!》
それは要自身が十分に理解している。釼甲の自然回復能力増幅によって少なからず痛みは引いているが、それも恐らく気休め程度。脚が崩れるのを堪えるだけでも激痛が走っていた。
飛火で騎行すれば足への負担に関して問題はないだろうが、飛べない釼甲相手では対処しきれるほど万全ではない。
(…あの紅蓮の釼甲なら、簡単にやってのけるだろうが…)
二年前、実戦において唯一要を容赦無く叩きのめした武人の姿が脳裏に浮かんだ。
しかし、要はそれほどの騎行能力を持たない。
自分に出来ることを、全力で果たすのみ。
『一撃…見舞えれば充分だ』
傷ついた足で、一歩踏み出す。
その僅かな衝撃だけでも、常人なら意識を失いかねない、立つのとは比べ物にならない激痛が走るも、次の一歩を踏み出した。
繰り返す。
堪える。
そして、構える。
昴との戦いに気を取られている恭弥の真後ろで、要は大上段に太刀を構える。
《…! …それは…!》
『…椛、神技を全てこの太刀に込めろ! 一撃で沈める!』
椛は、要の構えから、何の奥義を出すのかがすぐに分かった。
『―辰気収斂―』
《晴嵐流堂上礼法―“落陽”が崩し―》
椛の口から自然と、業の名が溢れる。
それは、幼い頃、要が椛に教えた、晴嵐流の奥義。
彼女が今まで剣術を続けた、一番の理由。
太刀の鋒を天に向け、その白刃に辰気が収束する。
精神が同調されることにより、神技がこれまでに無いほど増幅される。
大気が呑まれ、空間が歪む。
圧倒的力を察知した昴は、飛火を最大出力にすることで戦闘から脱出した。
『? 何だ?』
ようやく異変に気付いた恭弥が振り返り、漆黒の武者と対峙するが、彼が構えるよりも圧倒的に早く、その必殺の一刀が降り下ろされる。
重力加速による刹那の一刀。
《辰気斬刀―裁―》
―それはまさに、悪人を裁く断罪の一振り―
恭弥が気付いて大剣を盾にするも、重厚な大剣も、装甲諸共に両断される。
肩から腰にかけての袈裟斬りが、鋼を紙でも切るようになんの抵抗もなく走った。
『かっ…はぁ!?』
自身の装甲が破られたことにも驚きを隠せなかった。
死には至らぬだろうが、傷は相当に深く、痛みで立つことすらままならない。渾身の力を振り絞って身体を奮い立たせるも虚しく、体は重力に逆らえずに倒れていった。
『…畜生…が…!?』
意識が途切れる寸前、彼の口から零れたのは、『折れずの釼甲』を両断した武人への怨嗟の声だった。
…恭弥が戦闘不能に陥ると同時に、周囲を飛び交っていた無人釼甲が全て地に落ちていった。所々で衝突音が聞こえたが、十数秒後には先程までの戦闘が嘘のように静まり返っていた。
『………はぁ、は…かはっ!』
《…敵、完全な無力化を確認。周囲に敵影…》
『ふむ。やはり恭弥と紫亜嬢二人では荷が重すぎただろうか?』
《!? どこから…!》
突然聞こえた謎の声に椛が反応すると同時に、漆黒の武者の横を目にもとまらぬ速さで武人が駆け抜けていった。
『…! シッ!』
反射的に要が太刀を振るったが、それも虚しく空を斬るだけに終わり、それの飛んでいった方向に目をやれば、黄緑の武人を脇に抱えた土色の武人がそこに居た。
学園の屋上に陣取り、漆黒の武人を見下ろしていた。
《……新手か!?》
『いや、小生は単に任務を失敗した部下の回収に来ただけだ。今回は汝らに害意はないので安心しろ』
『…と言いつつ得物に手をかけている武人相手に、はいそうですか、とでも答えるとでも思ったのか?』
戦線を一度離脱した昴は自身の主要兵装である弓を限界まで引き絞っていた。その指を離すだけで、神速の一射が新手に襲いかかるだろう。
要も渾身の力を振り絞って『居合の型』を取る。
そんな状況でありながらも、土色の武人は平然とした様子で口を開いた。
『ふむ…共に状況判断に優れている…か。成程、恭弥が手古摺るのは理解できたが、それでも贋作とはいえデュランダルの装甲を破るそこの武人は?』
《…貴様に語る名など無し。早急にその蛮人を連れ帰れ》
『…礼を失して不快にさせたのか? なら名乗り上げておこう。【救世主】所属・今河籐十朗と申す。以後見知りおけ』
『…! 殺戮組織か…! 成程、それなら陣場とやらの実力もうなずけるな…』
何の抵抗もなく、自身の所属する組織を明らかにした今河に、昴は警戒を強めた。一方、襲撃した組織をあらかじめ予想していた要は至極冷静だった。
『…今河と言ったか…幾つか聞きたいことがある』
昴の驚きを他所に、要が静かに口を開いた。
構えは変わらず、しかし先程に比べて殺気が増していた。
『…小生で答えられるものであれば良いが、時間も大分押しているので手短にしろ。さすがにこれ以上の援軍は小生だけでは捌ききれんからな』
『なら纏めて聞く…五十嵐千尋の名に聞き覚えは? 紅蓮の武者は本当に救世主に従属しているのか…そして、鷺沼を狙ったのは、大鳥神宮に奉じられている【天羽々矢】を強奪するためか? …以上の三つだ』
『…ほう?』
要の質問に、今河は楽しそうに、感嘆した様な反応を示した。
『…腕が立ち、尚且つ切れ者ときたか…所属が無ければ小生らと共に戦うよう懇願したかったがな…』
《…悪いが、要は何があろうとも貴様らと同類になるようなことは絶対にしない…答えだけを残していってもらおうか…》
今河の提案を、椛が一蹴した。
その返答に肩をすくめながら彼は律儀にも答えた。
『それは残念だ…では、順を追って答えていくとしよう…第一の問いには、そのような名前の女子は小生らの方で身を預かっている。二つ目には、小生には判断しかねる、とだけ答えておこう。そして、第三の問いは……見事と言っておく。小生らでも知る者の少ない事実を良く知っていたな?』
『…気になることは徹底的に調べる性分なので…な!』
今知りたいことは全て聞き出せたのだろう、要の柄を握る力が強まり、瞬時に抜刀する。
晴嵐流合戦礼法―飛燕―
居合の構えから一気に引き抜く…ここまでは覇竹と同様ではあるが、一つだけ大きな違いがある。
…抜刀術でありながら、刀を投擲するという常識外れの遠距離攻撃。
しかし距離が離れすぎていたのだろう、今河はそれを、重荷を抱えながらも余裕で回避し、その勢いを殺すことなく飛火で空へと去っていった。
『…ふむ、やはり汝を敵に回さなければならぬのは少々厄介だが…同時に小生らの悲願を阻むものは大きければ大きいほど気が昂るものだ…次会う時を楽しみにしておく!』
『…チッ! あれだけの重量を抱えてもあの機動力か! 雷上動、追えるか!?』
《無理、ね。追っているうちにこちらが熱量欠乏になるわ…それに相手の力量が測れていない…私が言いたいことが分かる?》
『…深追いは禁物、ということか…』
昴が悔しそうに零すと同時に、装甲が解除された。
《そういうこと。取り敢えず今回は防衛成功で我慢しておきなさい。これだけの被害を受けながら死傷者無し…私から見ればそれだけでも充分よ?》
水鳥は言いながら彼の横に立った。見上げる先は、既に影も見えなくなった土色の釼甲を追っていた。
そして彼らの足元でも装甲解除の光が放たれた。
《…さて…あとはあの【痕】についてどう説明するかを考えておかないといけないわね…》
そう言って視線をやった先には倒れた要と、それを抱き起こして影継の背に乗せようとする椛…そして、その隣につけられた大きな切口だった。
…全長にして約十メートル…
これを一学生が付けたと言っても、何も知らない人間は御伽噺程度にしかうけないだろう。それを容易に想像できた昴は深く溜め息をついた。
「…雷上動、映像は?」
《そんなハイカラな物、私に備え付けられている訳が無いでしょう?》
どうやら、彼の証言だけで証明しなければならないようだった…




