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知られぬ『才能』

 三限終了から大した間も無く四限の剣術訓練が始まった。

 指導者は学内では恐らく一番の実力を持つ佐々木傭兵だった。

 先程の教官とは異なり、訓練開始の十分前…つまり三限終了時には既に到着しており、一人でほぼ全員分の竹刀・木刀・防具を用意していた。

 休む間もなくそれぞれが用意された物を身に付け始め、開始時間と同時に模擬戦を始められるようになっていた。

 開始から十分。

 それぞれ実力に合わせて組んだ生徒たちは竹刀での打ち合いを行なっていたが、やはりというべきか、そこには覇気どころか気迫すらも感じられなかった。

 時代が進むに連れて近接戦闘から遠距離の火力戦へと移り変わっているため、先の時間のように熱心に打ち込む生徒はいないに等しかった。

 心構えのなっていない人間に対してアドバイスをいくつかしようが無駄であることは充分に理解していたため、佐々木は全体を見回るフリをして、とある場所へと向かった。

 小校庭の隅で、二人の『武人』が対峙していた。

 五十嵐要と、獅童龍一だった。

 その周辺だけが戦場になったかのような雰囲気を醸し出しながら、互いに木刀を構えていた。

 防具は一切なし。

 木刀とはいえど、当たりどころが悪ければ死亡してもおかしくない。

 互いの鋭い気迫が、ぶつかり合う。

「…………………………」

「…………………………」

 要は八相の構えに少し工夫を加えた構えを。

 対する龍一は青眼の構えを。

 要の構えは木刀の背を肩に乗せるか乗せないかといった場所に置き、重心を前方に移すだけで降り下ろせるような物であった。

 肩から降り下ろされるであろう袈裟斬りが狙うは最も面積の広い胴体。

 生半可な攻撃では防がれて反撃されることが目に見えるが、要の実力・腕力を知って、さらにはその一撃を受けたことのある佐々木にとっては充分な驚異であることは理解出来た。

 更に受け流されても構えの特性上次の攻撃…裏切上に素早く移ることが出来るという利点がある。受け止められれば少し木刀を引き、突き出せば良い。

 龍一は本来の青眼の構えより切っ先を僅かに落としていた。

 刀身の延長線上には要の喉が有った。

 『突き』による間合いは踏み込む分普通の『斬り』の間合いより伸びるが、反面狙う面積が喉という狭い範囲なうえに、外した場合のリスクは計り知れない。

 というのも、『突き出す』以上は腕を伸ばさなければ充分な威力は生まれず、最大の威力を出すには全身のばねを伸ばさなければならない。

 そして狙うは喉である以上、当たる確率よりは回避される確率の方が高い。

 だがそれも、『天才』にとっては些細な事だった。

 龍一ならば例え外しても即座に刃先を変えて第二撃を繰り出すことは容易であろう。現在の間合いから要が『突き』を避けるための手段は四つ。

 一つは後退…だがこの場合は余分な前後移動をしなければならなくなるため、余程の素人でなければ選ばない手段である。故に却下。

 二つ、三つは左右に移動して避けること…要の構えの性質上、右に避ければ最も木刀を長く振らなければいけないうえに、不自然な体勢から振り出す以上充分な力が伝わらない場合がある。左に避ければ木刀の描く軌跡が最短故に最速の反撃にはなるが、その『後手』を外した場合は大きな隙が生まれてしまう。

 四つ目は『突き』を切り払う、受け流すなどをした上での反撃。成功すれば最も安全に反撃に移ることが可能になるが、失敗すれば間違いなく被撃。ハイリスクミドルリターンの手段である。

 実際の戦場では時間が限られている上に、失敗は死に直結する以上一と四の手段は必然的に可能性が低くなる。自然、残るは二と三の手段になる。

「…………………………」

「…………………………」

 どちらも先手必殺の手段を持ちつつも、後手必殺の手段も持ち合わせているため、互いに迂闊に攻撃することが敵わない。

 故に膠着状態。

 素人なら、何もしていない状況に見えてしまうのは仕方がないが、運の良いことにこの戦いを知っているのはこの場にいる三人だけである。

 構え自体が牽制の、達人の領域に近い戦いを、静かに繰り広げているのだった。

(折角なので賭けでもしてみるか…勝つ方を予想して、当たれば晩酌のツマミを一品増やす、で…)

 教え子を利用して一人ギャンブルをしていると、前触れなく動きが有った。

 先に動いたのは龍一で、素早く一歩踏み込みつつ腕を伸ばして突きを放った。

 全体重を乗せた、重い一撃であり、掠るだけでも充分な痛手を与えることが可能だろう。

 最短距離を、最速で。

「…!」

 だが、要は紙一重でその一撃を避けることに成功した。

 解りにくかったが、要の構えは龍一の青眼の構えと違って『窮屈』ではない。

 前と左右に動く事が容易であり、点の攻撃である突きを左前方に進むことによって回避と同時に間合いを詰めることにも成功した。

 そして先程記述したように、突きの攻撃は必殺の威力を持つ反面、放ったあとの隙が非常に大きいという欠点を持つ。

 龍一もこのことを予想できなかった訳ではないだろうが、まさかと思った手段で来られる、ということを予想できなかったのだった。

 後退でもなく。

弾くでもなく。

 真正面に進む、その姿に驚きを隠せなかった。

 そして、決着がついた。

 突きから半ば無理矢理に木刀で薙ぎ払うように振るおうとしたが、初動作は要の方が遥かに速かったため、要の木刀が龍一に触れる方が速かった。

 龍一の攻撃は、拳一つ分の間がまだ残っていた。

 静かな戦いは、静かなまま幕を下ろした。

「参った。俺の負けかぁ…」

 緊張の糸が切れたのか、龍一は全身の力を抜きながら木刀を下ろした。

 それを見て、要も額に滲んだ汗を腕で拭いながら構えを解いた。

「しかし、龍一も良いタイミングで仕掛けてきたな。一瞬の呼吸の間を取られるのは予想外だったぞ…」

「それでも勝てなかった…少し焦りすぎたか?」

「それは分からないが…取り敢えず腕は互いに鈍っていないようだから安心したな」

「同意。差を付けられていないか不安だったが、これなら大丈夫そうだな」

 そこで二人は糸の切れた人形のように崩れ、小校庭の片隅で大の字になった。

「それじゃあ佐々木教諭、俺たちはしばらく休ませてもらいます…さすがにこれを連続、というのは無理なんで…」

「自分も同じ…なので小休憩を挟ませて…」

「あぁ、その程度なら問題ないぞ。自分のペースで好きなように試合してもらうだけだから、無理だと判断すれば好きなだけ休んでおけ」

 口調を崩した佐々木は、二人の要求をすぐに受け入れた。

「…では失礼して…」

「それじゃあ、俺は他の生徒も見て来る。午後の講義に遅れないようにだけ注意して…って、もう聞こえてないな…」

 既に寝息を立て始めている二人を見て、佐々木は静かにその場から離れた。

 極度の集中状態を三十分程維持していた反動なので、精神・身体共に疲れきっている状態だろう。

 動いていれば反動も少なく済んだだろうが、戦い方が達人顔負けの、長時間の睨み合いだったので、莫大な負担が両者にかかっていたのだった。

 あれだけの試合を魅せられてしまえば、他の生徒の打ち合いは児戯にも等しく、佐々木の心は他の教官が褒めるような生徒を見ても波一つ立てることはなかった。

(まぁ…これで今晩は…)

 試合の賭けを思い出して、彼は静かに微笑んだ。

(ツマミ一品追加…だな。あいつにバレないように気を付けないと、だな…)


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