増援
「……!?」
騒がしくなりつつある決闘場の中で、椛は突如何かを感じ取ったように後方を振り返った。見えるのは当然壁と避難した生徒だけで、別段変わったことは無かった。
「…? どうしたの、椛?」
少し息を荒らげながら御影が様子のおかしい彼女に問い掛けた。
既に電磁欺瞞を展開し始めてから三十分。普通の生徒ならば既に熱量欠乏を起こし、死にかねないが、それでも彼女は気丈に振舞った。
彼女が力尽きるということは、周囲にも不安を煽らせるということと同意だからだ。
ここに避難している生徒は全員御影の神技によって攻撃されないようにしていることを知らされている。それを知っているために混乱を起こさずに静かに待つことが出来ているのだ。
もし彼女が倒れでもすれば、全員平静を保っていられなくなる…それを充分に承知しているために、彼女は無理矢理にでも意識をつなぎとめているのだ。
既に体力の限界が見え始めているのだろう、体は寒さに当てられているように震え、僅かではあるが歯がぶつかり合う音も鳴り始めている。
そんな彼女に心配された事を恥ずかしく思いながら、上げかけた腰を静かに下ろした。
「済まない。今の物音が少しだけ気になって…な」
「音? 私には全く聞こえなかったけど…?」
話していることで気が紛れるのだろうか、御影は首を傾げながら椛に尋ねた。
「…私も…聞こえなかった…空耳じゃ?」
遥も御影と同じ意見のようで、辺りを見回しながらもそう小さく答えた。彼女たちの耳に届いたのは、漏れる不安の声や、それを努めて明るく励まそうとする声…そして、まだ戦えるであろう生徒たちの奮起の声であり、これといって気になる物音は無かった。
それでも、椛は不安を拭い切れない、落ち着かない様子だった。
「…だと良いのだが…」
そう呟いた瞬間、突如出入口の方が騒がしくなった。
何かと思って三人が視線をやれば、見覚えのある釼甲がそこに居た。
漆黒の武者が、その腕に見慣れた友人を抱きかかえてゆっくりと椛たちの元へと歩み寄ってきたのだった。
「要、無事だったのか!」
待ちかねていたように、誰よりも早く立ち上がり、椛は漆黒の武者の下へと駆け寄った。抱かれているアンジェを覗き込めば、緊張の糸が切れたのだろう、瞼を閉じて静かに眠っていた。
「アンジェも助かったようで何よりだ…」
「…良かった…」
「ということは…そろそろ外も落ち着いた頃ってこと?」
《…………》
漆黒の武者は何も言わずに抱いていたアンジェを地に下ろし、一歩離れてから彼女たちに背を向けた。
「…? 要?」
《……………》
椛が不審に思って声をかけると、影継が光と共に装甲を解除した。
光が収まると、そこに居たのは影継だけだった。
要の姿はどこにもない。
「…な…! 影継、要は一体…」
《…先程、主の生体反応が極端に弱まった》
「……………!?」
淡々と告げられた言葉に、三人は言葉を失った。
虚を突かれた様に驚いた彼女たちを無視して、影継は話と歩みを続ける。
《今から我は主の下へ向かう…それまでは、ここで大人しく待っているように…》
それだけ言うと、影継はもう時間がないのだろう、全速力で通ってきた道を折り返し走り去っていった。
それを見た椛は、何かを思うよりも先に、それこそ本能的に影継の後を追って、決闘場から飛び出していった。
「………二ノ宮さん…!?」
「ちょっ…ちょっと椛! あなた一人じゃ危険過ぎ…って、体が…」
長時間神技を放ち続けたツケがここで回ってきたのだろう、既に御影に身体を動かす力は残っておらず、その場で電磁欺瞞を展開するだけの体力しか残っていなかった。
時間にしておよそ五分…それ以上は熱量欠乏により、自身の身体に多大な障害を及ぼすだろう…
「…無事に…帰ってきなさい!」
最後の振り絞った声は、去りゆく彼女に届いたのだろうか。
御影はそれ以降、何も言わなかった。