待ち人
小さくではあるが、決闘場の外側から爆発音のような物が聞こえた。
「…戦闘が激しくなったのか?」
「龍君…」
音のした方向に、椛と遥が心配そうに視線をやった。
全方面が覆われているため、外の状況を知る術はなく、時折聞こえる大音で誰かが怪我をしたのではないかと不安になる以外出来ることがほとんどなかった。
…彼女たちは休日を利用して自主的に神技の訓練をしており、その監督を龍一に努めてもらっていたのだ。
さすがは現役軍人というべきなのだろう、龍一の指摘は常に的を射ており、一時間程度の訓練でも明らかな結果がでていた。
そんな中、偶然にも敵襲があったというわけだ。
警報音が鳴ると同時に決闘場に鋼鉄の天井が現れ、またたく間に一個の城塞と化したのだった。その仕掛けに驚いたのもあるが、一瞬見上げた空に相当数の釼甲が見えたことも驚きだった。
龍一はそれを迎撃するために正宗を装甲するが、それでも一人で敵機全てを撃墜できる自信はないとこぼしていた。
そこで、御影が協力を申し出たのだった。
偶然読んだ要の『理論兵装』に記載されていた電磁欺瞞…それを実行することによって戦力を分散させるという作戦だった。
議論する間も惜しく、その案を採用し、現在に至るというわけだ。
「心配なのは分かるけど、今は運ばれてきた怪我人の手当も忘れずに! 長期戦に持ち込まれたら、少しでも多く戦える人員を増やしておかないと…」
御影は現在決闘場中央を陣取り、決闘場全体を覆うほどの電磁領域を展開している。それだけの神技を放てば、相当の熱量を消費し、疲労もすぐに出ると思われたが、十分経った現在は少し呼吸が荒くなった程度で済んでいた。
その熱量と根性がどこにあるのかと、話を知らされている生徒全員が思った。
普通ならばこれだけの規模・時間で神技を展開していれば、無理をしても五分がせいぜいだというのに、彼女は未だに余裕を持った表情だったのだから。
「…分かっているが…やはり、な…アンジェも姿が見えないから…」
「……今は無事を祈ること…それしか出来ないわよ。残念だけど…」
「…だが、私たちも外に出て応戦すれば…!」
何もできない事に対する苛立ちか、椛は感情のままに腰を上げるが、それを横にいた遥が肩を叩いた事で無理矢理座らされた。
「……さすがに……釼甲相手は……まだ無理……」
「……だが…!」
「椛の心は分かるわ! けれども、今は無理をするべき時ではないわ! 頭を冷やしなさい!」
冷静さを欠いた椛に、御影の一喝が落とされた。これにはさすがの椛も気圧されて、既に駆け出そうという気概は奪われていた。
「今ここで戦いに出て、どうするの? 敵の明確な数も分からない。それどころか、味方がどこにいるのかさえも分からない…そんな中で戦場にでるのは自殺行為でしかないわよ」
「…………」
説かれた椛は俯きながら、怪我人の手当をした。
「…今はそれで良いの…けれども、好機が来たら…その時はすぐにでも駆けつけて。それが、今のあなたたちの役目なんだから…」
「……分かった」
不承不承といった様子は否めないが、それでも落ち着きは充分に取り戻せたようで、椛は次の怪我人の手当へと向かった。
「……私も、行けるものならすぐにでも行きたいわよ…」
離れていく椛の背を見ながら、御影は零していた。
「…無事に…いえ、生きて帰ってきなさいよ、要…」
彼女も、悔しそうに唇を噛んでいたが、それに気付く事ができた生徒は居なかった。