斬鉄
吹き飛んできた扉は見事に要に命中し、男子の中でも比較的大きな体が冗談のように弾き飛ばされた。扉と壁に挟まれ、鈍い嫌な音が室内に響いた。
「五十嵐君!?」
心が駆け寄ろうとするが、それよりも先に部屋に侵入者の影がさした。
彼女も聞き慣れている、釼甲の歩行音だ。
それも、一つではなく複数。
彼女の見立てでは三騎…そして、その予想は見事に的中する。
巻き上がった粉塵から姿を現したのは、西洋の釼甲…ブレイドアーツだった。近接戦闘型なのだろう、兵装は長剣と短剣を両手に構えてはいるが、それ以外の目立った装備は無かった。
『元』大英帝国軍制式採用ブレイドアーツ・ウォーウルフ。
かつて大英帝国が王制政治を行なっていたころのブレイドアーツであり、近接戦闘に置いては国内では「数物に限り」勝るもの無しと言われるまでの傑作だった。
しかし時代と共に改良され、熱量変換効率・旋回性能・神技増幅性能…ありとあらゆる面において最下層へと移っていった。
結果、二十年程前に一般兵用のブレイドアーツ一新の際に、ウォーウルフは全機廃棄処分。本来ならば大英帝国国立美術館でしかお目にかかれない物となっているはずである。
異様な事態に心は内心焦りを感じつつも、可能な限り平静を保っていた。
「…ノックも無しに部屋に入ってくるのは、いささかマナー違反なのでは?」
皮肉を込めた言葉を投げかけるも、灰色の騎士からは何の返答もなかった。ただ、室内にいる月島と、先程吹き飛ばした五十嵐の方向に視線を向けていた。
《―熱源反応ヲ三ツ確認…内一ツハ生命活動ヲ停止…》
「勝手に殺されるのは少々たまらないな…」
金声を遮るように、ガレキの中から声が発せられた。
心が振り向けば、数十キロはあろう石の塊を難無く退かしていた。彼の足元では影継が己の鋏で彼の道を文字通り切り開いていた。
「…! 五十嵐君、怪我はない!?」
「背を強く打ち付けただけで、大した問題はありません…それよりも現状は?」
これが、軍人というものだと、心は再確認した。
自身よりも、一般人の優先。そしてこの危機的状況を打破するための確認…彼自身も鋭く周囲を見渡して情報を得ようと最大の努力をしている。
「…現在、委員会室に三騎の数物釼甲の侵入を確認。全て近接戦闘型の西洋釼甲・ウォーウルフだと推測できます」
「…西洋骨董品の展覧会だろうか? 一つだけで十分なのに、三つもあれば飽きるというものだ…」
軽口を叩いているのは心の焦りを和らげるためだろう、口調は硬いがそれでも心に余裕を持たせるためには充分の効果を発揮したようで、彼女はこの状況下に居ながらも思わずクスリと笑っていた。
「…そうですね。同じものが三つも立て続けに並んでいれば次の展示品を見る気が失せますからね…っと」
体の強ばりも無くなったのだろう、心は薙ぎ払われた短剣を大きな動作なく、一歩引いただけで避けることに成功した。
その勢いを利用し、要の横へと並んだ。
室内が広いとはいえ、釼甲が戦闘をするのには狭すぎるようで、三騎はぶつかりながら攻撃を仕掛けようとしていたが、それぞれが違う動きをすれば互いに阻み合うという状態になっていた。
《…動きが単調…加えて『釼甲の内部に生体反応無し』…これは一体?》
「謎解きは後だ! 影継、太刀を出せ!」
《諒解!》
要が要求すると、鍬形の背が開き、刀の柄が出現した。
それを掴んで引き抜けば、要の足から肩程の長さの太刀がその刀身を露わにした。
刀身およそ二尺八寸(八十四センチ)。柄を含めれば三尺五寸を優に超える…釼甲を装甲している状態であれば少々長目程度であるが、生身の人間が持つには長すぎるようにも見えた。
しかし、当の本人は至って平然としており、構えには一部の隙も無かった。
構えは前方下段。
太刀の鋒は地を舐めるのではないかと思われるほど低い位置に置かれ、要は真っ直ぐに三騎の騎士を睨み、殺気をぶつけていた。
しかし、三騎は何ら反応を見せることもなく、ただ機械的に己の大剣を構え直した。
要の構えている太刀よりも刀身は長く、この場で振り回すには長すぎるということは、二人の目から見ても明らかだった。しかしそれでも短剣に持ち替える素振りはおくびにも見せず、一歩ずつ二人との距離を詰めてきた。
間合いに要が入った途端に、騎士達は「同時に」剣を振り上げて襲いかかった。
全て要に向けて。
「フッ!」
しかし、その剣筋三つを、太刀で全て同時に切り払い、返す刀で騎士達を斬り返した。
残念ながら反撃は一切当たらなかったが、間合いを取り直すには充分な一撃だったようで、騎士との距離がだいぶ開いた。
「…え!?」
驚きの声を上げたのは月島心だった。
「身体強化された武人の攻撃を…それも三つ同時に弾くなんて…」
釼甲による身体能力の強化は『装甲状態』において真価を発揮するのであって、自律形態での影響は気休め程度しかない。
それでありながらも、装甲を展開されている釼甲の攻撃を…それも三つ同時に弾いたのは異常としか言いようが無かった。
「…攻撃が軽すぎるな」
しかし、当の本人は冷静で、先の攻防の影響は全くと言っていいほど無かった。
《…おかしい…この武人から人間らしさが微塵にも見えん…》
「…一つ試してみるか」
敵に変わった点を見出すと、要は右後方下段に構えた。
「晴嵐流合戦礼法―湖月―」
後方に置いていた右足を大きく踏み込み、横一閃に騎士達を薙いだ。
鋒は綺麗な弧を描きながら三騎を上下に両断し、鋼の擦れ合う音が室内に響き渡った。
次の瞬間には釼甲の上体部分だけがズレ落ち、下半身も膝をついて崩れた。
「い、五十嵐君!? 今一体何を…!」
無装甲の状態で、数物とはいえ釼甲の装甲を破った要に対して心は驚きを隠せないでいた。骨董物であるとはいえ、甲鉄練度は銃弾を十数発までなら凌げるであろう高さを持っているはずの鋼を、たった一撃で、それも三騎同時に両断する…常人に出来る芸当ではなかった。
それだけの絶技を放ったにも関わらず、要は至極落ち着いており、倒れたウォーウルフに駆け寄り、何かを調べ始めていた。
「…『仕手』が居ない」
「え?」
要が指さすのは今倒れたばかりのウォーウルフの中身。
こちらに切り口を向けたものに心が視線を向けてみれば、驚くべきものが目に入った。というよりも、本来あるべきはずの『者』が無かった。
「…く、空洞?」
心の言うとおり、鎧の中には何も、誰も居なかったのだ。
仕手無くして釼甲が戦闘形態で自律行動をする、なんてことは本来不可能とまで言われたことであるにも関わらず、だ。それも数物釼甲であれば尚更な話である。
熱量に関して言えば、大気中から少なからず供給することも可能ではあるが、問題点は『数物程度の知能で戦闘を行う事』が不可能なのだ。
「…そ、そんな…そんなことが有り得るのですか…?」
「……『人工知能操作』の神技…おそらくこれで間違い無い…」
要は刀の柄を強く握った。
怒りが篭っていることは、心の目から見ても明らかだった。
「…これは『救世主』の無人部隊だ! 影継、学内の敵機反応は!?」
《既に探知し始めている! …出たぞ! およそ四十、その内五騎が大破し戦闘の続行が不可能! 各地で交戦していることも確認!》
「せ、生徒は…皆は逃げ切れていますか?!」
《…幾らかの熱源が釼甲から逃げているようだ。正宗・蜥蜴丸からの情報も加えれば死傷者は一切なしだが…幾つかの集団が攻撃を受けている!》
「! …なら五十嵐君、今すぐにでも助けなければ…!」
《だが…あまりにも散らばりすぎている! 装甲した主がすぐに蹴散らすことができても時間が足りなさすぎる!》
「…なら見捨てろ、とでも!? そんな事が出来るわけ…」
「…一つだけ、案がある」
影継と心の口論に、要が静かに割って入った。
状況を確認してからずっと黙り込んでいたが、ようやく考えが纏まったのだろう、白熱していた二人も落ち着いて耳を傾けられるほどに、力のある声だった。
「影継、お前は月島先輩に同行して要救助者を安全な場所まで運ぶんだ。主に味方武人が少ない集団を優先して行け!」
「…? それじゃあ、五十嵐君は?」
要の名前が上がっていない理由を、非常事態で鈍りかけている頭で弾き出すには少し無理があったようだ。
そんな心の心情を察知してか、要は既に部屋の出入口へと向かい、案を口にした。
これ以上に無いほどの、危険な案を。
「二手に別れて行動だ。俺は交戦状態の場所へ向かい、敵機を迎撃する」