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平穏の破壊

 翌日。

 休日だというのにも関わらず、要は相変わらずの制服姿だった。

 自室を出る際に、ルームメイトの龍一からも『私服をもう少し増やせ』と注意されたが、彼自身外見に気を配る方ではないので、所持している服は今着ている制服に訓練用の道着、それに加えて三着(内二着は夏・冬の寝巻き)程度と非常に少ない。

 かと言って杜撰というわけでもなく、彼の持つ服は全て新品同様の真新しさを保っており、一切の汚れが付いていないという徹底振りである。そこに彼の性格が垣間見えるだろう。

 そんな彼が今いるのは学園の廊下であり、とある場所の前で立ち尽くしていた。

「…一つ聞くが、影継」

《如何したか、主?》

「…いきなり本題に入る方法と、雑談から入る手法、どちらが今の状況に最適だと思う?」

《…………面倒な性格をしているな…》

 五十嵐要が立っているのは、二日前に訪れた風紀委員会室。

 かれこれ十分ほど入ろうとしては扉に手をかけたかと思えば、突如その手を離して一歩後退したり…それを十数回繰り返していた。影継には同じ質問を二十回以上はしている。

 彼を知っている人間が見れば、奇妙な光景に黙ってはいられないだろう。

《全く…少し気が重いというのも分からなくはないが、部屋に入らなければ話にならないだろう。時間もそろそろ迫っているのだから早く入ったらどうだ?》

「…仕方がないだろう。幾らか精神的不安が取り除かれたとはいえ万全じゃ無いんだ。加えて今日は月島先輩しか居ないというのだから…」

「あの~…」

 要が影継と言い合っていると、ゆっくりと扉が開き、陰から身を乗り出すように月島心が声をかけてきた。

「何時までそちらに立っているのでしょうか? どうぞ、遠慮せずにお入りください」

 どこか緊張した面持ちで心が勧めてきた。

 開いた扉から中を窺えたが、昴の伝言通り部屋の中には心以外の人影がなく、要には嫌というほど状況を突きつけられていた。

「…失礼します」

《失礼致す》

 決意したのか要と影継はゆっくりと会室へと踏み入った。

「いらっしゃいませ。大したおもてなしはできませんがゆっくりしていってくださいね?」

 要を上座に座らせると、心は慌ただしく茶と茶菓子を用意した。

 目の前に置かれたのは水羊羹だった。といっても、寒天と小豆だけというものではなく、白餡で作られたと思われる鯉が石に見立てられた小豆をつついている様子を固めているという、素人に見ても高価なものだと理解できるものだった。

「…琥珀羹…それも心月堂の夏季限定の【水紋】ですか」

「あら、ご存知でしたか?」

 差し出した心は驚いたように声を上げた。

「えぇ。しかし、話は聞いていましたが、まさか口にできる日が来るとは思ってもいませんでした」

 心月堂は国内有数の老舗店であり、伝統とそれに見合った技術があるが、大々的に店を構えないために知る人間は非常に少ない。

 加えて生産量が多くても二桁と数が少ない。質の高さを追及した結果といえばそれまでではあるが、それ故に静かに栄える名店として一部では有名なのだ。

「ふふふ…そこまでよろこんで頂ければ苦労して手に入れた甲斐がありました」

 要の反応に心は嬉しそうに答えた。話しながらも茶の用意も出来ており、互いに二人分がテーブルの上に並べられた。

「どうぞ、召し上がってください」

「お言葉に甘えて…いただきます」

 どこか堅苦しい雰囲気が漂っているのは否めないが、それでも先日よりも遥かに漂う空気は和らいでいた。

 始めの十数秒は、両者共にその芸術品の美しさを目で楽しみ、それから少しずつ、それこそ削り取るように細かく刻みながら口に運んでいった。

 これを創った職人も、彼らの味わい方を見れば創った甲斐もあるだろう。それほどまでに時間をかけていた。

「「御馳走様でした」」

 ほぼ同時に食べ終わり、ようやく二人とも口を開き始めた。

「やはり心月堂は隠れた名店ですね。甘味もしつこくなく淡白でもない丁度良さ、外見でも涼しさを感じさせる季節感…知らない人が多いのが惜しい店です」

「ふふふ…でも、多くの人に知られては、五十嵐君が今後一切食べられなくなるかもしれないし、数を捌くために質が落ちるかもしれないわよ?」

「……難しい問題ですね…」

 悪戯混じりの問い掛けに、顎に手を当てて真剣に考え込む要…そんな彼を見ながら心は笑顔を絶やさずにいた。

「…五十嵐君は難しく考えすぎる節がありますね?」

「否定は出来ません。祖父から言えば生まれつきらしく、もう少し楽に考えろと友人にも良く言われます…姉を見習えとも何度言われたことか…」

 眉間を揉みながら要はボヤいていた。彼自身も自覚があるのだろうが、改善しようと意気込めば意気込むほど考えすぎてしまうという悪循環に嵌った事がある。

言いながらも、脳裏には友人や姉の姿が浮かんでは消えていった。

 文字通り、皆、彼の目の前から消えていった。

「…意外ですね。五十嵐君にお姉さんがいるというのは…やはりしっかり者の優しいお姉さんなのですか?」

「…いえ、豪放磊落自由奔放を体現したような…落ち着きとは遥かにかけ離れた人でした」

「は、はぁ…」

 予想外の返答に心は間の抜けた声しか出せなかった。それというのも、姉を思い出したであろう要が突如疲れ果てたように深く溜め息をついたからだった。

「思い立ったら吉日と言わんばかりに行動力があり、そのたびに自分が連れ回されて、祖父に悪戯が見つかれば揃って正座をさせられて…」

 話を続けていくに連れて要の表情は沈み、最終的には項垂れてしまった。話の振りを間違えたと思った心は柄にも合わずに慌てていた。

「…けど…」

 しかし、そんな心配をよそに要は顔を上げていた。

「全て自分を明るくさせるためのものだということは理解出来ていました」

 懐かしむような要の表情に、心はようやく気が付いた。

「…もしかして…お姉さんは…」

「ご想像のとおり…とは言いませんが、あながち間違いではありません。事件以降一切消息が不明です」

「…やはり…あの時の切羽詰った様子は…」

 心の疑問に、要は確かに頷いた。

「お恥ずかしい話ではありますが、姉はあの事件に巻き込まれ、行方がわからなくなりました…焦っていたのも、一神樂として住民の避難誘導をしていた姉を少しでも早く助けたかった、という理由もあります…」

 要の口から溢れる言葉は、悲愴に満ちたものだった。

 しばらくの沈黙の後、再び要が口を開こうとしたところで、突如彼の纏う雰囲気が変わった。

 鋭く心とソファを飛び越え、出入口と心の間に割り込むように立ちふさがり…

 外の世界と隔てる扉が吹き飛んできたのだった。



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