見守る少女
少し時間を遡って三限開始頃。
場所は神樂科実技訓練教室に移る。
彼女たちも武人科同様ようやく実技的な訓練へと入るようで、現在は小試験形式で順番に神技を発動している最中だった。
少し離れた場所に置かれた立方体に対して神技をぶつけるという、至極単純なものではあったが、だからといって容易というわけではない。
的は一立法メートルの大きさで、それに『まともに』当てなければならないのだ。
距離は十メートルほど。
これに苦戦する女子生徒がかなりいたために、後ろの番号である椛に回ってくるまでの時間がかなりあった。
(一つだけ用意するのではなく、複数の的と教員を用意すればもっと早く終わるのではないか…?)
そんなことを思いながら待っていたが、それでも椛の番が来るのはまだ大分先だった。暇になって何となしに外を見てみれば、丁度武人科一年五・六組の生徒たちが射撃訓練に取り掛かっているところだった。
視線は自然というべきか、椛の幼馴染である要へと釘付けになっていた。
拳銃を暴発させながらも驚いたような素振りは一切見せず、平然とただの鉄くずとなったそれを見下ろしていた。
「…あれは…!」
視力のよい椛は要の手が(重度は分からないが)火傷を負っていることに気付いて思わずその場から駆けつけようと腰を上げかけた。
だが、現在訓練中ということもあるが、今朝突き放すような言葉を言ってしまった手前、どのように接すれば良いかがわからなかった。
「…どうすれば……」
「校舎のキレイは~アンジェが守ります~♪」
悩んでいると廊下から聞きなれた声が耳に入った。
機嫌がよさそうに歌いながら掃除をしているようだった。
(…これだ…!)
そう思った椛は視線を気にすることなく立ち上がり、廊下へと走り出した。
勢い良くドアを開けるとアンジェは「ひぇぃ!?」とよくわからない悲鳴を上げて飛び退いた。
その反応を見て椛は一旦自分を落ち着かせてからアンジェに声をかけた。
「申し訳ない、アンジェ! 一つ頼まれてくれないか!」
「は、はい…! アンジェに出来ることであれば…」
慌てた様子の椛を見てただ事では無いと判断したのだろうアンジェは姿勢を正して彼女と向き合った。
「さっき大校庭で要が銃を暴発させて火傷を負ったみたいだ! 急いで応急処置を… ただし私が見ていた、ということは黙っておいてくれると…」
「かしこまりました! ここはアンジェに任せて、椛さんは授業にお戻りくださいませ!」
言うが速いか、アンジェは間も無くその場から駆け出していった。
その背を見送ってから自分の席に戻ろうとすると、何事かと事情の分からない生徒と教師はそろって椛に視線を投げかけた。
「…お騒がせしました」
軽く頭を下げて自分の席に戻ったが、未だに不安は拭えずに結局意識は授業ではなく要の方へとむいていった。
「!?」
その瞬間、丁度要が教官に何の抵抗もなく殴られる場面であり、思わず窓から怒鳴りそうになったが、寸での所で踏みとどまった。
要を庇いたいという気持ちと、どこかで昔のような要らしく戦って欲しいという気持ちが混ざって待ったのだった。
だが期待に反して要は何をするでもなく素直に教官の言葉を受けていた。
その姿に対して椛は更に裏切られたような気持ちに襲われた。
これほどまでに変わり果てた要の姿を見たくないと思い始めた矢先に、今までの事全ての苛立ちを吹き飛ばすような事が起こった。
教官が怒りの矛先を要から少し離れた場所で的から外し続けていた男子へと変え、殴りかかろうとしたところを要が寸前で受け止めた。
今まで自分のことでは一切抵抗を見せなかった要が、理不尽な暴力を止めるために動いたのだった。
一秒にも満たない短い時間で、十数メートルの距離を詰め、易易と教官の拳を受け止めるという芸当をしながらも、平然としている様子が教官を怯ませた(と椛は見えた)。
その後、教官を龍一が追い払い、アンジェが駆けつけて手際よくやけどの手当を終わらせた。
安堵に思わず溜め息を零しかけたところで龍一とアンジェの会話が聞こえた。
「しかし暴発してから五分と経っていないのに…よく要が怪我したと分かったな?」
「あ、はい。それは…」
「…………!?」
アンジェが思わず椛の名前を出そうとしたところを妨害するように半ば本能的に神技をアンジェに向けて発動していた。
神技によって姿勢を崩したのを見て、すぐに解除した。
力を抑えているためケガをすることはないだろうが、軽い脅迫そして思い出させるのには充分な威力だったようで、アンジェは椛の名前を上げずに大校庭から立ち去っていった。
自分の名前が出されなかった事に安堵していると、椛の目の前に神樂科の教師がいることにようやく気付いた。
「………あの~…」
「……なんでしょうか?」
冷静を装いながら返事をするとやっと反応をしてくれたことに安心したのか強ばった表情を緩ませながら言った。
「はい、次は二ノ宮さんの順番になったので…」
言われて椛が教室を見渡すと、既に試験が終わった生徒は教室から居なくなっており、現在残っているのは椛以下七人だった。
椛よりあとの生徒は更に待つ時間が長いからだろう、何人かは恨みがましい視線を送っていた。
「……今すぐに始めます」
居た堪れなくなった椛はすぐに立ち上がり、教師の指定した線の上に移動した。
椛の立ち位置と目標の立方体の間には他の生徒が神技を外したのであろう焼け焦げた跡や水溜まりが出来上がっていたりしていた。
学園の床自体は何か特殊な仕掛けが施されているようで、時間とともに自然修復していくのだが、さすがに十分やそこらで直し終わるわけではないようだ。
椛は一つ息を吸って対象を見定めた。
「それでは、お願いします!」
教師の言葉を合図にして、視線の上に掌が重なるように手をかざす。
「『辰気操作』!」
…椛が神技を発動した後、対象である立方体はそれを乗せていた台ごと床に沈みこみ大音量を響かせた。
椛の後の生徒は後日に試験を受けなければいけなくなったことは言うまでもない。