手合せ《対 村上昴》
一応殺陣描写を細くするという自分規則を設けていますが、それでも「ここはどうなんだ?」という疑問があれば遠慮無く指摘してください。
「おはよう。倒れたとは聞いたが元気そうで何よりだ、要」
重い足取りで自室に向かっていると、横の道から待ち伏せでもしていたのではないかというくらい不自然なタイミングで一人の男が現れた。
「おはようございます、昴さ…」
「敬称も丁寧語もいらないと言っただろう。年齢差は気にしなくて良いから普通に接してくれ」
「…諒解」
有無を言わせぬ鋭さに、要も思わず拒否することが出来なかった。未だに頭の回転が鈍っているというのも一つの要因ではあると思われるが、それよりも昴の放つ威圧感の様なものの方が大きな理由だろう。
「…今、時間あるか?」
「…大丈夫…だ?」
未だに慣れない様子の要は、少し言葉の端が疑問形だったが、それよりも昴にとっては時間が有ることを確認できたほうが重要だったらしく、少しだけ満足げに頷いた。
「よし、それじゃあ小校庭の方にでも移動するか」
つまりは人の集まりがあまりない場所に、ということだ。
天領学園は調整などを除いてほぼ毎日施設を利用することができる。ただ、休日に置いては日頃の疲れを癒したり、学外に外出して溜まったもの(主にストレス)を発散させる生徒が多く、自主練習をする生徒はごく一部である。
自主練習も、大概は事前に申請して決闘場で釼甲の訓練することがほとんどであり、小校庭で基礎訓練などをする生徒はほとんど皆無である。
そのことを充分に理解しての場所選択なのだろう。
昴の後を追う様に歩いていると、大体三分くらいで目的の場所まで到着した。その間の会話は全くなし。
「さて、ここなら人もあまり来ないから気兼ねなく話せるだろう」
校庭の中央にまで来ると、昴は身体の向きを反転させた。
そして上空から彼の釼甲である雷上動が舞い降りてきた。
その背に幾らかの訓練武具を背負って。
昴はそこから二本の木刀を抜いた。
「…話し合いにそんな物騒なものを取り出されても…」
「大和男の話し合いと言えば、古今東西『これ』に決まっているだろう? 拳は、剣は口ほどに物を語るって、な」
抜き払った木刀を、確かめるように軽く振り回し、その感触を確かめていた。
「正直な話、俺は君を高く評価しているんだ。それこそ、数の暴力を力任せに突破しても風紀委員に入れても良い、というくらいの覚悟で、だ…それを再認識するために今日は声をかけたと思え」
右手の木刀を青眼に、左手の木刀は左後方下段に構えられた。
体は半身、視線はしっかりと要を見据えていた。
「……拒否権は…無さそうだな」
昴の気迫から戦闘を回避することは不可能だと判断した要は、ゆっくりと雷上動の下へと歩み寄った。その背中から一本木刀を拝借すると、昴と同じように振って手応えを感じ取っていた。
「ちなみに聞くが、これらの木刀は…」
「安心しろ、全て新品で、俺も慣らしは一切なし。混じり気無しの実力勝負だ」
言われて見てみれば、手垢一つ着いておらず新品独特の艶がしっかりとあり、昴の言葉に嘘は全くないように見えた。
先日の試験のこともあってか、要は僅かに不信感を覚えていたが、昴の嘘偽り無い目にそれはすぐに拭われた。
「それでは、これから本試験を開始するが…質問は?」
「何をもって仕合終了とするか…については?」
要も木刀を構えながら尋ねた。こちらは普段通りの、得物を肩に乗せるような構えだった。珍しい構えに昴は観察をしながらも答えた。
「制限時間を十分間に設定する。それまで一撃も受けないこと、もしくはそれまでに行動に支障が出るほどの一撃を当てること…そんなもので良いか?」
「…昴の釼甲は弓だった記憶があるが…?」
剣をあずけてから離れた水鳥を目だけで追いながら要は尋ねた。雷上動は上空から仕合を観戦するようで、二人の中心の真上を飛んでいた。
「まぁ、専門はそっちだが、だからといって近接戦闘が出来ないというわけじゃない。自慢じゃないが、俺は遠近両用の戦闘型だ。舐めてかかれば後悔するぞ?」
「侮るつもりは毛頭ない。ただ……」
構えを低くした要は、力を入れ直した。
「本気の刃を交える以上、一切の手加減は出来ない。それだけは理解してもらおう」
面構えが明らかに変わった。
睨むような視線に、微動だにしない身体。
―遠山の目付―
剣術における極意の一つであり、視線を相手に向けながらも、遠くの山を見るように構え全体を見て、全体の動きを認識するものである。
馬庭念流「念流兵法心得」には以下のように記述されている。
―目に見えぬ所へ目を付ける事肝要
是を観見の心持という
目を瞬き心に見る心也
この観見は容飾を去りて見る心也―
要約すれば、見えない場所に視線を置くことで、相手の心と真の動きを見抜き、虚偽の動きに騙されないというものである。
言うには易いが、それを実行するにはそれなりの戦闘経験がなければ出来ず、加えて長時間持続できるような物ではない。その代わりに得られる利も多く、僅かな動きも視認することができ、それ故に対処を格段に早く行うことが可能である。
(…想像以上に隙が無いな…が、攻めなければ真の実力は測れない…なら!)
覚悟を決めた昴は一気に踏み込んだ。
昴の二刀は、要の持っている物よりも短いため、深く踏み込まなければ攻撃が届かない代わりに、手数が少なくとも二倍にある。更に軽くて短いため小回りも利く。
そのため、第一に取った戦法は『攻防一体』。
先の一手を、牽制の為に、そしてその間に後方に構えた木刀で一撃を入れる。
初手・突き。
第二手・斬り上げ。
単純ではあるが、効果的な手法である。
顔面への突きに気を取られているうちに、本命の一撃…胴への斬り上げを叩き込むというのが、昴の二刀による常套手段である。戦闘経験の浅い他の一年生ならば、まずこの一撃で沈むか、反応出来たとしても防ぎきれずに木刀を弾き飛ばされるかのどちらかである。
だが、要はそれらとは一線を画している。
初撃を上方に受け流し、紙一重で避け、本命の攻撃に対し全力の一刀を振り下ろす。
片手と両手の一撃の重さは比べるでもなく、要の方が勝っていた。
衝撃によって昴の木刀の軌道は大きくすれて、要の迎撃が降りおろされた。
その直後、昴の受け流された一刀が再び要を襲うが、その迎撃によってまたもや弾かれた。それこそ、その一撃を読み取っていたかのように。
「成程、これは避けるか!」
高揚したのだろう、昴は要の動きに喜びを感じていた。
第一波を凌ぎきられたので、昴は再び要との間合いを空けた。距離は大体五歩分であり、互いに二歩程度の踏み込みが必要な間合いである。
「…最後の一撃は悟られないと思ったが…どこで気が付いた?」
「僅かながら右肩の健が動いたのを確認したから…だな」
「…ほう?」
木刀を構え直しながら昴は感嘆の声を上げた。
一秒未満の、それも細微な動きを察知して攻撃を予想した要の洞察力。加えてそれに対する最善の一手。生半可な訓練では習得できるものではないにも関わらず、要は事も無げにやり遂げた…そのことが彼を更に加熱させた。
込み上げる喜びを抑えきれないのか、昴の表情は無理矢理歪んだ笑顔になっていた。
「遠山の目付を…俺より一つ下の人間がそれ程までに習得している…実力も申し分ない…愉しくなってきたな!」
昴は釣りあがる口の端を抑えることはやめたのだろう、満面の笑みを浮かべていた。
構えも先程とは異なり、左手を青眼、右手を上段の位置に構えた。
それに応じて、要も左足を一歩引き、居合の型に構えた。
先日の『電磁抜刀』の雛型。
晴嵐流合戦礼法・覇竹…けれども、僅かに木刀の鋒は低い位置に、柄は鳩尾よりやや高い位置に構えられていた。限りなく地に対して垂直に置かれたそれを見て、昴は警戒を強めた。
違いを察することは出来たが、どのような技であるかは一切理解出来ない…が、これ以上の硬直に意味は無いと判断し…
「…っしゃあ!」
互いに構え終わると同時に昴は一気に踏み込んだ。
その一歩は、限りなく跳ぶに近い物であった。
両の木刀を高く振り上げ、左手の一刀を先に振り下ろす。木刀は真直ぐに要の脳天へと向かっていった。これは避けられるだろうと判断しての攻撃である。
「―烈火―」
しかし、要の行動は避けるでもなく、応戦。
一気に抜き払った木刀は真っ直ぐに上に向かい、要の脳天を護る盾となり、昴の第一刀を弾き返した。
だがそれで昴の攻勢が終わることは当然無く、右手の第二刀が時間差で襲いかかってきた。
しかし、要の対処は抜き払った木刀の柄を両手で握り直し、横一閃に薙ぐというものだった。降り下ろされる一刀の側面を叩き、軌道を逸らし、跳ね返りの衝撃を利用して昴の首へと走らせた。
「!」
避ける時間すらも与えられなかった彼は、当然対応する事もできず、仕合が終了した。
…木刀と昴の首の間は薄皮一枚分の隙間しかなかった。
寸止めされ、両者は数秒間そのままで固まっていた。
「…見事」
最初に口を開いたのは昴であり、手にしていた二刀を手放した。降参の意味合いも含まれているのだろう、落とすと同時に身を引いた。
そして要もそれと同時に木刀を地に置いた。
「…実際に手合わせをすれば、君の凄さが良く分かる…晴嵐流か。誰から習った?」
「…二年前に死んだ爺さんから」
「俺も一応親から教わったが…ここまで正確に対処できる判断力もとんでもないな」
仕合に負けながらも、昴は清々しい気持ちなのだろう、良く晴れた空を見上げていた。
「…御手合わせ、有難うございました」
「こちらこそ、貴殿のような武人と刃を交えられたこと、誇りに思います」
互いに礼をし、顔を上げると申し合わせたかのように、同時に表情を崩した。
「良い仕合だった。今度は釼甲でやってみるか?」
「喜んで、と言いたいところだが、昴が本気だったら勝てるかどうかは微妙なところだからな。しばらくは遠慮する」
「残念」
首を横に振る要に対して、昴の答えは字面では淡白なものだったが、『次』が有ることへの期待は隠しきれていなかった。
「さて、目的を一つ達成したことだから、もう一つに取り掛かるとしようか…」
「…やはり、仕合だけではないようだな」
「正解だ……まず言わせてもらうと、昨日は申し訳なかった。恐らく悪意は無かっただろうが、それでも君に嫌な事を思い出させた事は間違いないからな…」
「…いえ、あれは主に自分の問題なので、月島先輩に非はないとだけ伝えてもらえるだろうか?」
「一応了解。けれども、それがある以上やはり委員会の件は?」
「断る。というよりも、現在の自分では足でまといになりかねないからな」
「当然の判断だろうな…ただ、月島との話し合いはしておいてくれ。あいつも後悔をしたまま学園生活を終わらせたくないだろうからな」
「…どういうことだ?」
「それに関しては本人から聞いてくれ。俺も知っていると言えば知っているが、他人の口から言うべきことではないだろうからな」
《昔馴染を他人と言うのは何となく変な気分ね》
何時降りたのか、昴の横には雷上動が座っていた。
「…余計な事を言うな。下手に勘違いされたら誤解を招くだろうが」
《事実を言ったまでよ? それに事件の後の貴方の献身振りは尋常じゃなかったわよ?》
「…とにかく二人の仲が良いことは分かったが…」
「…そういうことでもう良いか…俺としてはそういうわだかまりは出来るだけなくしておきたいと思っているから、明日にでももう一度こ…月島に会っておいてくれ。向こうは俺から話をつけておくから」
「…諒解」
丁度明日は休日であるため、時間は充分にある。要には急ぐような予定もこれといって無いので、昔の事を話し合うには良い頃合だ、ということなのだろう。
一瞬、脳裏に再び罵詈雑言を浴びせられるのではないかという恐怖がよぎったが、一つ深呼吸をすることで恐慌状態に陥ることなく済ませられた。
「長くなったが、明日…そうだな、昼頃にでも委員会に来てくれ。二人でしっかり話し合えるように図っておくから、しっかり頼むぞ?」
「待て、俺と月島先輩だけにするつもりか?」
「そうしたほうが正解だと思っただけだ。あの事件に関してはあいつもあまり聞かれたくないようだから、知っている人間だけで話したほうが進めやすいだろう」
「…成程、そういう意味では確かに有難い気遣いだが…」
自身の事に気が向いていたためか、要は言われてようやく気がついたように呟いた。極秘という訳ではないが、先程加賀に頼み込んだように要含めて関係者は出来る限り知られたくないと思っている事だ。
「悪いな。あと広報委員に関してはこちらで監視しておくから、盗聴は気にしなくても大丈夫だ」
「……昴は加賀三春の神技を知っているのか?」
「当然だ。加賀はプライバシーというものは侵害すべきものと考えているからな。注意しておかないとここ数日の誤報をまた起こすことになりかねないから、要注意人物になっているぞ」
「…………」
「まぁ言葉も無くなるのは仕方ない、か…さて、俺からの話は以上だ。俺はこれを片付けてから帰るから、先に寮に戻っていていいぞ」
言いながら昴は二人が下ろした木刀を指差した。新品なので手入れもある程度必要なのだろう、服の内ポケットから布を取り出して丁寧に磨き始めていた。
「諒解。それでは、月島先輩に明日、と」
それだけ言い残して、要は小校庭を立ち去った。
要との会話が終わった後、村上昴は五十嵐要が去っていくのを見届け、一人校庭の中央で佇んでいた。込み上げる喜びを抑えているつもりなのだろうが、相変わらず歪んだ、子供が見れば泣き出しそうな笑顔だった。
《相変わらずどんな表情筋を使えばそんな笑顔を出来るのよ…》
向かい合う雷上動は少しだけ呆れている様子で、上機嫌の昴に問い掛けた。
磨き終わった木刀を手に、先程まで行われた戦闘を振り返るように構え、剣の軌跡をなぞっていた。途中から要の立場へと変わり、同様に軌跡をなぞっていたが、要が「烈火」を放った時点で止まってしまった。
昴では再現が出来なくなったのだ。
「…成程、晴嵐流というのは手数ではなく一撃に重きを置く剣術か…少し俺とは相性が合わないみたいだ」
《さすがは『疾風怒濤』…といいたいところだけれど、本当の目的は最後だけでしょう? それ以外は後付けというか言い訳なのは分かっているわよ?》
雷上動がすべて分かりきったように質問を投げかけると、昴は突如として黙り込んだ。笑いを抑えるように震えていた体も鎮まり、彼女を見据えた。
「…どこから気付いていた?」
《貴方が学内の散策でもしよう、なんて言い出した時ね…ただ一つだけ気になったのは…貴方はそれでいいの?》
「……?」
自分の釼甲の問い掛けに、昴は首を傾げた。
そんな反応に苛立ちを覚えながらも彼女は話を続けた。
《貴方にとって彼女は特別な存在だったのでしょう? 私の推測では恋のようなものだと思うけど…その感情を諦めるのか、と聞いているのだけど…》
「あぁ、それは単なる勘違いだ」
昴は彼女が言い切る前に切り捨てた。
その表情は子供のように無邪気なものだった。
「確かに月島は俺にとって尊敬できる人間だが、恋愛の対象では無いな。何故そんな結論に到ったのかは知らないが…」
《…?》
「まぁ、今後はそんな間違いをしないよう事前に言っておいてやる。俺の好みは無口で清楚、そして小柄な女子だ。小さければ小さいほど良い」
《…時代…というより世界が異なれば捕まっていそうな好みね…(加えて、月島嬢が聞けば残念がるでしょうね…)つまりは、月島女子は恋愛対象ではない、ということ?》
雷上動の確認に対して昴は力強く頷いた。
「果実において甘味・酸味・苦味など、人によって求めるものは様々だ。均整を求める人間も居れば、偏りを求める人間も居る…俺は明言しても良い。俺は紛うことなく未熟な果実の酸味だけを求める人間だと。未熟故の酸味は何物にも代え難い刺激を俺に与えてくれる…そもそも古代の武人は東西問わず慎ましい体型の女性を好んでいたんだ。熟れすぎた果実は地に落ちるか腐り果てるかのどちらかだが、対照的に蒼い果実は発展途上という余地がある…それこそ大英帝国の王族も関ヶ原大戦までの大和各国の豪族は体の凸凹の少ない女性を娶っていたという大変羨ま…合理的な選択をだな…」
《…私も蜥蜴丸殿のように新しい主でも探そうかしら…》
昴の下らない高説を聞き流しながら、水鳥は呆れたように呟いた。