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《傷痕》

「……………ん…?」

「っと…ようやく起きたか」

 意識が戻ると同時に、ルームメイトが気付いたように声をかけた。

 見慣れた二段ベッドの床が見え、視線を少し横にずらせば見慣れた友人の顔があった。

「…龍一…か。俺は…」

 頭に乗せられていた濡れ手拭いを下ろし、身体を起こそうとするが、手をついた瞬間に鈍い痛みが頭に走った。

「…っつ…!」

「無理に身体を起こそうとするな。莫大な精神的負荷の所為で体にも支障が出てるみたいだ。今日はもう静かに寝ていろ。当然訓練も禁止だ」

「…諒解」

 強く言いつけられた要は逆らう気力も無いのか、素直にその言葉に従って体を横にした。要が目を覚ましたことでようやく安心したのか、龍一は先程まで強ばっていた表情を和らげた。

「全く…お前が急に倒れたことでアンジェや綾里…特に二ノ宮が煩かったんだぞ? 映像として記録してお前に見せたかった位だ」

「…申し訳ないな」

 不甲斐なさそうに、要は濡れ手拭いで顔を隠した。そんな様子の要を見て、龍一は軽く笑ったが、すぐに表情を引き締めた。

「まぁ、お前が寝ている間に起こったことはともかく…放課後、風紀委員に呼ばれてから何があった?」

「…………」

 龍一は『何か』があったことを確信している様子で要に問い掛けた。

「さすがのお前も人である以上、苦手なものが一つ二つ…百個以上あっても驚きはしないが、それでも友人歴四年の俺でも、お前が『怯えて気絶する』なんてことは初めてだ」

「…少し回りくどいな」

「性分なもんでね」

 呆れたように要が呟くと、諦めたように龍一は両手を拡げた。

 それでも『答えない』という選択肢は与えられず、数秒の沈黙の後、要は短く口を開いた。

「…『あの時』の生存者に出会った」

 その言葉だけで、部屋の空気は完全に凍った。

 二人にとって、最も忌まわしいその出来事が。

 二年の歳月を経て、形を変えて現れたのだった。

「例の…月島心とか名乗っていた風紀委員長か?」

 龍一の問い掛けに、要は首だけで肯定を示した。反応を確認した龍一は、顔を手で覆い、深く溜め息をついた。

「成程。お前にとっての『トラウマ』だからな…そうなることも仕方無い、か…」

「…自分では克服したつもりだったんだがな…」

「そんなもの、そう簡単に克服出来るものじゃないだろ? 救ったはずの人達から罵詈雑言を浴びて…それこそお前がこれまで普通の精神状態を保ってきたほうが驚きだろ」

 龍一の言葉で、再びその時の映像が要の脳裏に蘇る。

『何であんたなんかが生きて…あの人が見殺しにされなければならなかったの!?』

『自分の命惜しさに逃げ出した腰抜けが!』

『役立たずが! 今すぐこの世から消え失せろ!』

 救い出した人間から言われたのは、感謝でなく、救えなかった人々を見殺しにした事への、敵に背を向けたことへの糾弾。

 その中には、親しい者もいただろう。

 その中には、愛する者もいただろう。

 しかし、僅か一時間という短い時間で、平穏な日々を壊され、生きてきた場所を崩され、愛してきた人を屠られた。

 怒りを覚えることは当然だ。

 嘆き悲しむことも仕方の無いことだ。

 ただ人々は、その矛先を向ける相手を間違えた。

 蹂躙した者は、切り伏せられたか、撤退したかのどちらかであり、防人部隊は『救世主』の組織員を一人として捕えることは出来なかった。

 そして、行き場を失っていた激しい感情は、当時十四歳の要に向けられた。

 思い出すのも苦痛になるような罵詈雑言を。

 要が自らの死を選ばなかったのが、不思議に思える程に。

 思い出してしまえば、再び意識を失ってしまうかもしれない…そう思った要は取り敢えず話題を変えるために口を開いた。

「…どれくらい気を失っていた?」

「大体一時間位だ。その間ずっとうなされていたものだから、二ノ宮たちも珍しく狼狽していたぞ」

 話題の転換に意味があると察した龍一は、それ以上そのことに触れずに、要の会話に乗ることにした。彼自身にとってもあまり掘り返したくないのであろう記憶であることは間違いないようだった。

「…そういえば、ここに俺を運んだのは?」

「影継と、偶然通り掛かった蜥蜴丸だ。感謝しておけよ? あいつら、息がピッタリ合った動きで…蜥蜴丸が道を開いて、それを影継が通って真直ぐにここまで運んできたからな」

「…蜥蜴丸も?」

《校内で新しい主を探している最中に偶然影継殿に呼び止められてのぅ》

 天井から声が響き、そちらに顔を向けると若竹色の、鋼の蜥蜴が張り付いていた。

 要に見つかると同時に動き出し、壁を伝ってゆっくりと降りてきた。

《驚いたぞ。呼ばれてみれば御仁が倒れて…》

「…そうか、礼を言う」

《気にせんでいい。僅かだが先日の恩返しだと思え》

 そう言って蜥蜴丸はカラカラと笑った。伊達に千数百年の時間を渡った釼甲ではないらしく、非常に義理堅い対応だった。

「…影継は?」

 周囲を見回すが、それらしき気配は無く、少しだけ気になった要はどちらかと決めるわけでもなく尋ねた。

《目が覚めた様だな、主》

 噂をすれば影、とでも言うべきだろうか、まるで見計らったようなタイミングで影継が扉を開けて現れた。見慣れた漆黒の鍬形虫が、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。

「…すま…」

《頭を下げなくても良い。我は主の釼甲として当然の事をしたまでよ》

 無理に身体を起こして頭を下げようとする要を、先回りして影継が止めに入った。仕手の性格をほぼ完全に把握したのか、見事な牽制だった。

 言葉に甘えて起こし上げかけた身体を再び横たわせると、開いていた扉から覗き込むように誰かが現れた。

 銀色の髪に、褐色の肌…視界の端に写ったのはそれだけだったが、誰が来たかを判断するには充分すぎる材料だった。

「…御影も来たのか?」

「えぇ。影継が《主が目を覚ましたようだ》なんて言うものだから、見舞いも兼ねて、ね? 代表が私になったけど…問題はないわよね?」

 声をかけると同時に部屋に御影が入ってきた。服装は既に制服から着替えており、裾と袖を少し短くした着流しを身にまとっていた。

「…成程」

 釼甲の誓約をしているため、要と影継はある程度の感覚を共有することができる。先程まで感じていた体のだるさが抜けたことが影継にも分かったのだろう、それを女子たち全員に伝えたということで間違いなさそうだった。

「…しかし、代表ってことは…二ノ宮たちは?」

《完全に落ち着いていないようだったので、今日は帰してしまった。後ほど我が足を運んで伝えておくよう言っては置いたが…》

「…そうか」

 自分にそれだけの心配をしてくれる人がいることを、要は不謹慎ながらも嬉しく感じたのだろう、少しだけ苦痛で歪んでいた表情が和らいだ。

「その調子だと、少しだけ話をするのは大丈夫そうね」

「恐らく長くならなければ、な…何かあったのか?」

 含みをもたせた御影の言い方に、要は尋ねた。

 声にいつもほどの力強さを感じなかった御影は、少し頭の中で内容を整理すると、口を開いた。

「まず…貴方が居ない間に、アンジェに『刄金』について少し話しておいたわ。一般常識程度の話で充分だったかしら?」

「悪いな、手間をかけさせて」

「いえ、むしろ感謝したいくらいよ。自分の得意分野に興味を持ってくれる事はとても嬉しいからね…しかし、あの子の学習への意欲は並大抵のものではないわね…」

「だろうな。何事にも興味を持ち、かつ意欲的だから、俺としても教えがいがある…一度俺の部屋掃除などと言う名目で本棚を物色していたこともあったな…」

「それは奉公する側の人間としてどうなのよ…」

 御影は呆れたように答えた。

 ちなみにアンジェの物色は開始前に要によって未遂で終わってしまったが、その後要の監視の下で読書することが許されている…つまりは許可さえあれば好きなだけ読めるということだ。

「…私からはそれだけかしら。二度手間にならないように、と思って伝えに来ただけだけど…必要なかったかしら?」

「いや、そんなことはない。むしろそのおかげで次の話の用意が出来そうだ。助かった」

「そう…なら良かったわ」

 御影は柔らかく微笑んだ。

 こうして、風紀委員第一回の勧誘が終わった。


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