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交渉《弐》

「ようやく来たか、委員長。危うく三人が惨事を起こすところだったぞ」

「ごめんなさい。でも、時間通りに来たので問題は無いでしょう?」

 委員長と呼ばれた少女は自信満々に言いながら部屋にかけられた時計を指差した。

 その態度に、昴は呆れたように息を吐いた。

「…非常に言いにくいが…この時計は遅れているぞ」

「……………………はい?」

 間の抜けた声を上げて、少女は首を傾げた。

「…端末の表示時間と比べてみろ。多分こっちが十五分ほど遅れているはずだ…」

「………………」

 昴に促されて端末を見ると、心は完全に沈黙した。

 昴の言うとおりだったらしく、心の顔は目に見えて引きつっていった。

「…ということは…完全な、遅刻…ですか?」

「そういうことだ…標準が狂っているから仕方ないが、今度からは気を付けてくれ」

「ご、ごめんなさい……」

 叱られた彼女は、萎縮して身を小さくしてしまった。様子を窺うように上目で村上昴を見たが別段怒っている雰囲気ではない事を確認すると安心したように胸をなで下ろした。そしてすぐに気持ちを切り替えたのか、来客に視線を移した。

「と、とにかく…! 五十嵐要さん…で良いですよね? 今日はお忙しい中来ていただいてありがとうございます。私は風紀委員会の長を務めさせていただいています、月島心と申します。宜しくお願いします」

「…よろしく…お願いします…」

 努めて明るく自己紹介をする心に対して、要はどこか強ばった表情で答えた。

 彼女がこの部屋に現れると同時に席を立ったのだが、心の顔を見てから落ち着かない様子になっていたのだ。

「? えっと、おかけになっても良いのですが…」

「! し、失礼します…」

 心に促されて、要はようやく腰を下ろした。

 そして、それを確認した心も、要の真正面に腰を下ろした。

「まずは…貴方が今日ここに呼ばれた理由はご存知でしょうか?」

「…いえ、佐々木教諭からはこの部屋に来るようにだけ。この部屋ではここで待っていろ、とだけ言われており、呼ばれた理由に関しては全く聞かされていません」

 それなりの冷静さを取り戻している要だったが、それでも普段とは程遠く、視線が時々他所へ行ったりと、本調子とは言えなかった。

「…そうですか。それではそこの三人には後ほどきつく言い聞かせておきます」

「…って、委員長。それってもしかして…村上を数えていませんよね?」

「当然です。恐らくは副委員長のあなたが三人に提案して、実行に移したといった所でしょうから…」

「ぐぅ!?」

 図星だったのか、副委員長らしき男子生徒はそれ以上何も反論することなく黙り込んでしまった。

「話を戻しますが…今回五十嵐さんをお呼びしたのは、先日の『選抜試験』についてのことで…」

「…欠員が出たことへの咎め、でしょうか?」

「いえ、全く違います」

 要が思い当たる節を上げると、即座に切り捨てられた。

 それ以外では思い当たることが全く無いのか、要は考え込むように眉間を押さえた。

「…そこまで思い出そうとするようなものでは…いえ、五十嵐さんの『試験』結果が合格、ということなので、今回貴方との交渉の席を設けさせていただきました」

「…交渉…ですか」

 要が聞き返すと、心と昴は首を縦に振った。

「本来、新入生の合格ラインは、現風紀委員に数回攻撃を加える、というものなんだが…結果は俺たちの想像以上…一方的な攻勢に、最後の奇抜な発想による神技の使用方法…その力を、風紀委員で存分に発揮してもらいたいと思っている」

「結論だけ言えば、『風紀委員になってくれますか?』ということです」

「………………」

 要は少しだけ考えているのか、口元を握り拳で隠すように手を当てた。

「…一つ、質問してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「では…まず、現在風紀委員に所属している生徒は『ここにいる全員』で間違いないですね?」

 それは疑問ではなく、確信を確認する問いかけだった。

 これにはさすがに要に対して敵意を持っていた三人は驚かざるを得なかった。

「…間違いありませんが…どうしてそれを?」

 心は別段驚いた様子もなく、むしろその発言に楽しみの色を表情に浮かべていた。

「職業柄…とでも言うべきでしょうか、自分は安全確認のために歩き回る癖がありまして…学内で起こった衝突などを見てきましたが、それを仲裁したのはここにいる五人と今はいない福原先輩だけです。そして現在福原先輩は自主退学を学園に申請中…既に彼の釼甲からも確認は取っています。そんな人数で学園全体の風紀を保つというのは、そろそろ限界が来ているはずです」

 要がそのことを知ったのは仕合終了の次の日だった。

 蜥蜴丸は仕合の次の日に福原の下を訪れたのだが、その際に『風紀委員と学園を辞める』と語ったのだ。

 それを聞いた蜥蜴丸は律儀にも、世話になっている部屋の主…つまりは要と龍一にそれを報告したのだった。

 何かしら声をかけるべきかと悩んだが、勝者が敗者に対して下手に声をかければ逆効果になりかねない…要はそう危惧していたのだった。

 結果、一週間福原に対して要は何もすることが出来なかった。

 その結末は、要は一切望んでいないのに、だ。

「…私たちは、学内の風紀を維持する以上、それなりの実力を伴っていなければいけないのですが…どうしたことか、今年の新入生は『平均』が上がっていますが、その代わり『突出』した人材がほとんどと言って良いほどいませんでした」

「加えて、心構えがなっていない生徒が多過ぎだ。力を振るうのではなく、力に振り回されているような者ばかりで目も当てられん」

「…獅童龍一の勧誘はしなかったのですか? 彼ならば実力、心構え共に一切の問題が無いと思いますが…」

「それこそ、入学直後に声をかけたさ…けど、返事は『ある男以外の指図は受けない』ということで一蹴…それ以降の結果は想像通りだ」

 やれやれといった風に、昴は首を振った。

 要は心と昴以外の風紀委員に視線をやった。

 一年の顔と名前は全て覚えている要だが、三人の顔はそのどれにも当て嵌らなかった。

 つまりは二年か三年。

 そして、この人数である。

 昴が頭を抱えるのも仕方のないことだと、要は思った。

 本来後継者として一年が一人二人入っているべきだというのにも関わらず、実力不足に心構えが不充分という理由で、一年の属員は零。

 このまま人数が減っていけば、間違いなく風紀委員は全員いなくなるか、質を落として集めるしか手段が無くなってしまう。最悪の前者は出来れば避けたいが、かと言って後者に甘んじれば、長い年月をかけて元に戻せないほどの大きな歪みが生じてしまう…それを危惧しての、この交渉だと要は悟った。

「…委員会の現状は理解できました」

「…では?」

「その現状を理解した上で、申し訳ありませんがお断りさせていただきます」

 希望を持って尋ねた心に対し、丁重に断った。

 嫌な沈黙が続いた。

「…差し支えなければ、訳を聞かせてもらえるか?」

 怒るでもなく、責めるでもない、落ち着いた様子で昴が問い掛けた。

 興味本位からなのだろう、答えられなければそれ以上は追求しないといった声音だということは要にも感じ取れた。

 さすがにその気遣いに甘えるわけにもいかず、要は静かに口を開いた。

「…お二人が自分の能力を評価していることには感謝していますが、学園の風紀を守る…強いては、学園の生徒全員を守るという事は、とてもではありませんが、実行できる自信がありません」

「いや、でも要の実力は…」

「申し訳ありませんが、これは自身の問題も絡んでいるので…今回はお断りさせていただきます」

 昴が聞き返す前に、要は深く頭を下げた。

 それ以上は昴も問い質すつもりは無いのか、「分かった」とだけ言った。

 すると、間を見計らっていたかのように、端末が鳴り始めた。

 慣れた手つきで、昴が胸ポケットからそれを取り出し確認すると、全員を見回した。

「…三階の廊下で二年生武人科が、中庭で一年生神樂科が喧嘩を始めたらしい。鳥羽と木佐は神樂の方へ、俺と三野、委員長は…」

「申し訳ありません、副会長。少しだけ、彼と一対一で話をしたいので、今回私は出ません…」

「…諒解した。それじゃあ行くぞ!」

 そう言って昴含めた三人は風紀委員室から飛び出していった。

 残された二人と一領は、しばらくの間黙り込んでいた。

 …要は、言い様のない恐怖に襲われていた。

 何が原因かは、全く分かっていない。

 ただ、月島に出会ってあら脳裏に掠める映像が、彼を震わせていた。

 そして、現在。

 この場にいる相手が彼女だけになったことで、要の体の震えは加速していった。

「…失礼ですが…」

「!?」

 いきなり沈黙を破られたことによって、要は飛び上がるのではないかと思わせるほど身体を硬直させた。

 錆び付いた機械のように顔を上げると、心が真直ぐに要の目を見つめていた。

「…私のことを、覚えていますか?」

 要の緊張をほぐそうとしたのだろう、心は少しだけ表情を和らげた。

「…申し訳…ありま…せんが、全く…」

 声が上手く出ない。

 頭の中で、何かが浮かび始めている。

 記憶が、脳裏に雑音ノイズ混じりの映像を投影する。

 少しずつ鮮明になるにつれて、要の頭は混沌の極みになっていった。

「…二年前」

「……!?」

「覚えているかどうかは分かりませんが……」

 その『鍵』によって、要の『扉』が開かれる。

 ゆっくりと、そこから『何か』が現れる。


「…鷺沼事件の時に母と共に救われた、生存者です」


 …要の『化け物』が現れた。

 そして、記憶が鮮明に蘇る。

 考えるよりも先に、要の体が動いていた。

 頭を壁に叩きつけ、もよおした吐き気を抑え込むように胸元を強く握り、膝を着く。

 鈍い音が部屋に響いた。

《!? 主、一体何を!?》

「い、五十嵐さん!?」

 揃えた両手は小刻みに震え、伏せた口からは呪いのように言葉が呟かれていた。

「…赦してください、お願いします…」

《主、気を確かにしろ! …この近くに手を貸せるような者は…!》

「…貴方がたの父親を救えなかった自分を…無力な自分を赦してください……」

 それは、今にも泣き出しそうな、要のものとは思えないほど弱々しい声だった。


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