交渉《壱》
放課後。
五十嵐要は、寮の自室に戻るでもなく、中庭で自主練習に励むでもなく、ただ静かに座っていた。
「………………」
「「「「………………」」」」
四方には要を見張るように、武人二人と神樂二人が立っていた。
少しだけ居心地の悪さを感じながらも、要は静かにまぶたを閉じていた。
要の現在位置は、風紀委員会室。
風紀委員長なる人間からの伝言で、この部屋で待機するよう言われたのだが…
到着から一時間。
一向に相手が来ないという状況が続いていた。
《…呼び出しておいて、待たせるとは…相手方もどのような了見なのだろうか?》
《相手にも事情があるのだろうが…それよりもこの四人が俺に向けている敵意の方が気になるな…》
要と影継は金声で話し合っていた。
訪れた一人と一領を待っていたのは、敵意を剥き出しにした武人と神楽だった。
武人二人は業物の釼甲を携え、神樂二人はこの一時間の間ずっと雷球と氷弾を用意していた。長時間維持できることからかなりの実力者であることは容易に想像することができる。
《…先日の仕合で福原という男を倒した事が原因だろうか?》
《…とにかく、少しでも場の雰囲気を和ませたい…影継、何か話題はあるか?》
《無茶を言う…取り敢えず、部屋を見渡して、気づいたことでも話してみてはどうか?》
《諒解》
ある程度話し終わると、要は視線だけで周囲を見回した。
部屋の大きさは、高さが成人男性二人分、床は正方形に近く、広さは大体一辺二十メートル程度だろうか。一つの委員会に分け与えられる部屋としては比較的狭いほうだった。
要の前方には窓ガラスが、後方にドアという構造になっており、応接するためであろう部屋のほぼ中央に置かれたソファとテーブルはそれなりに値が張るものだということは、だれの目から見ても明らかだった。
壁際に武人二人が、神樂二人が窓際と廊下側に配置されており、文字通り挟み込まれていた。
「…僭越ではありますが…」
話題を見つけた要が口を開くと、警戒していた四人は突如臨戦態勢に入った。釼甲からそれぞれの獲物が射出され、慣れた手つきで武器を構えられた。
抵抗の意がないことを示すために要は両手を降参するように上げた。
「…何だ?」
敵意がないことを確認すると、武人二人は得物を下ろし、神樂は神技の出力を弱めた。ただ、完全解除をしないことから、警戒が解けていないことが良くわかる。
「いえ、貴方がたの配置についてですが、もし自分がこの場を決死の覚悟で抜け出そうとする人間だった場合、この状態ではすぐに突破出来てしまう、と思いまして」
「何だと?」
武人の一人が距離を詰めて、再び武器を構えた。持っているものは突撃槍であり、その切先を要の真横に突きつけた。
それでも平然とした様子で要は続けた。
「いくら優秀な神樂といえども、神技を放てなければただの人…自分が実行に移そうと思えば切り伏せて逃げ出すことも容易です」
「そうなる前に、全員で貴様を切り倒す…」
「例え話です。実行するつもりは毛頭ありません。それに逃げ出すのであればあなたがた『全員』を相手にする必要は無いので…」
「…?」
要の言っている意味が理解できなかったのか、三人ほど首をかしげる。反応を示さなかったのは要の左で弓を構えている武人だけだった。
そのことに少しだけ感心しながら要は続ける。
「もし自分が貴方がたの立場であれば、神楽と武人を互いに今の立ち位置から変えます…出来れば近接武器釼甲の武人であれば尚良いでしょう」
「…そのこころは?」
弓の武人はその手のものを下ろし、武装を解除した。他の委員三人はその行動に驚いていたが、弓の武人はそれを意にも介していないようだった。
「単純。逃走経路上の武人は、足止めをするための壁であれば充分、ということです。時間を稼げばそれだけ他の委員で囲む事が出来ますからね」
「…成程…」
そう言った弓の武人はゆっくりと要に歩み寄った。その行動に驚いた突撃槍の武人は気圧された様に退いた。
「…風紀委員庶務及び雷上動の仕手・村上昴だ。先程までの、客である君に武器を向けるという無礼を許していただきたい」
「紹介が遅れて申し訳ありませんでした。一年五組所属及び神州千衛門影継の仕手・五十嵐要です」
昴の差し出した手を、要は躊躇うことなく握り返した。
そして雷上動と呼ばれた空色の、水鳥の形をなした釼甲は影継の目の前に立った。
《…雷上動…もしや、摂津源氏の釼甲であろうか?》
《そのとおりね。初めまして、先日の仕合、楽しませていただきました》
雷上動から響いたのは、丁寧な女性の声だった。
釼甲は釼甲で話が盛り上がっている一方、要と昴は通じるものがあったのだろうか、小さく笑いあった。
「やはり、本日配布された広報紙は虚偽のものだったのか…?」
「…この警戒態勢も、それが原因でしょうか?」
《正解。そこの三人は危険人物がこれからここに来るから、常に注意を払えって煩くてね…福原氏のあの状態を少し良識のある人間が見れば、最後の攻撃の意味も分かるはずなんだけどね…》
水鳥は三人に対して呆れているような声を出した。
《熱暴走と熱量欠乏の同時発生。それによって熱量の暴走が発生…私の演算数値だと決闘場全体が吹き飛ぶレベル。行き場を失った熱量を、生命保護装置を発動させることによって無理矢理消費…というのが私たちの見解だけど…どうかしら?》
《一切の違い無し》
《…という訳で、貴方たちもそんな危なっかしいものを仕舞いなさい。彼の行動は褒められることはあっても、責められるものではないわよ?》
「…チッ!」
突撃槍の武人は、それに不満を抱きながらも武器を収めた。
神樂である二人も、神技の発動を停止して姿勢を正した。
三人の心情を察したのか、昴は呆れ顔で溜め息をついたが、すぐに顔を引き締めた。
「とにかく、今回の報道に関しては俺と委員長が責任をもって沈静化に努めるから、君…」
「要で構いません。それと、自分の方が年下なので、そう畏まらなくても結構です」
「…じゃあ、言葉に甘えるとしよう。代わりに俺も昴で、敬語も無しで構わない。敬称を付けられるとむず痒くて仕方がないからな…そして、今回の件に関しては、要に一切の非はないことを公言しておこう」
「諒解」
「あ、あんた一体何を…!」
「あら、私の判断に何か異議でも?」
神樂の一人…気の強そうな女子が声を張り上げようとしたところで、扉の方からよく通る声が聞こえた。
顔を向ければ、そこにはウェーブのかかった長髪を揺らしている女子がいた。
来客である要を見て、嬉しそうに微笑んでいた。