飛火と『軍人同士の空戦』
「さて、鏡花教諭から話があったように、まず飛火の種類について軽く説明していきます…久藤は乙竜を、井賀は丙竜…あと獅童は自身の釼甲を装甲してください」
「「「了解(諒解)」」」
呼ばれた生徒が揃って答えると同時に、四人が前に出た。
久藤と井賀はそれぞれ割り当てられた犬・猫の釼甲の前に立った。
「「…装甲!」」
唱えると同時に二領の釼甲は光と共に砕け、鋼が二人を覆った。
光が収まると、そこには久藤と井賀の代わりに乙竜と丙竜が並んでいた。
数物釼甲には『装甲の祝詞』が存在せず、先程二人が言ったような言葉を唱えるだけで装甲することが出来る。業物でも可能な事ではあるが、これによる釼甲装甲を行なった場合、釼甲の性能が格段に下がるという欠点がある。そのため、業物の仕手は必ず『装甲の祝詞』を読み上げる。
古来から『祝詞』は、釼甲の存在意義を相手に知らしめるという意味があり、互いの意義をぶつけ合う事が正式な『仕合』とされてきた。
勝ったものは貫き通し、負けたものは折れる。
そうして大和武人・釼甲はしのぎを削りあうことで、磨き上げられていった。
その間は大きな隙が生まれると思うかもしれないが、祝詞を読み上げている最中は外部からの干渉を一切遮断するので、仕手は安全に装甲することが可能である。
福原が要に対して、装甲中に攻撃を仕掛けなかったのも、これが理由である。
「…それでは、獅童も…」
「諒解」
佐々木に促されて、龍一は構えた。
甲虫の釼甲を携えて。
《善に正道、義に王道
悪に制裁、魔に断罪
釼甲の神髄、ここにあり!》
祝詞を唱え終わると、そこには群青の武者が立っていた。
兵装は太刀と脇差…典型的な近接型戦闘釼甲であり、兜の一本角が天高く伸びていた。他の近接型よりも一回り大きいようにも見えるが、初めて見る生徒たちは気のせいだと深く考えなかった。
《相州五郎入道正宗―装甲完了―》
「良し…それでは、皆さん。惚けていないで注目してください」
佐々木が声を張り上げてようやく全員の意識が引き戻された。相州五郎入道正宗は大和において、業物釼甲において並ぶもの無しとまで謳われた稀代の名甲であるため、心奪われるのは仕方のないことだった。
未だに夢現から覚めない様子である生徒を見て、佐々木は少しだけ頭を押さえた。
「…早く終わらせたほうが賢明か…それでは飛火の大まかな分類について話すので、全機背を向けてください」
佐々木の命令に四人が素直に従った。
そこでまず生徒が気になったことは、業物・数物両方に飛火が一つもしくは二つ装着されていたことだった。
「現在数物釼甲の主流となっている飛火は二つ。一つは甲竜・乙竜の『単機断続推進』と丙竜の『双機断続推進』で、この二つの間での違いは至極単純です。単発型は加速力・最高騎行速度が高いが、代わりに旋回力に難があります…双発型はその真逆と捉えて良いです。理由に関しては後ほど…」
佐々木は乙竜と丙竜の「それ」を叩いて述べた。
情報を付け加えると、断続発推進型の飛火は熱量を一定量貯蓄し、それを瞬間的に放出…というより爆発させることを断続的に行うことによって騎行を可能にしている。
「続いてこちらの正宗の飛火は『単発持続推進』…数物の『単発』を強化したものだと思っていただいて構いません。そして今回は用意できませんでしたが、もう一つ『双発持続推進』があります。以上四つが現在大和で主流の飛火です」
さすがに稀代の名甲・正宗を叩くつもりは無いのか、佐々木は指し示しただけだった。こちらは断続発とは異なり、持続的に熱量を放出することが可能であり、最高騎行速度は数物程度では比べ物にならないほどである。加えて熱効率の高さも数物を大きく上回る。
「おおまかな区分としては、単発型が接近戦型の釼甲に、双発が射撃戦型の釼甲に備えられます。これは、近接戦闘において、敵機の装甲を破るためには充分な速力を必要とするということと、射撃戦では小回りが利くことを要求されるから、とだけ言っておきます…恐らく先程の講義である程度想像はできると思いますので」
佐々木の予想通り、大半の生徒はある程度その意味を理解できたようで、所々で頷くような反応が見られた。
しかし、やはり何よりも武人科の生徒は『早く釼甲を装甲したい』という願望がこれでもかと言うほど溢れ出していた。
さすがに今まで憧れていたものを、目の前に置かれて黙っていられるほど十五才は成熟しておらず、男子の中には身体を前に乗り出している者も居た。
「…分かりました。それでは、模範戦闘を一組だけ行いますので、武人科全員の実践訓練はその後…よろしいですか?」
佐々木が妥協案を提示すると、男子勢は勢い良く首を振った。待ちきれないのは明らかだった。
「…それでは…獅童と…そうですね、相手は…」
『五十嵐要でお願いします』
佐々木が選抜する前に、龍一からの要望が入った。
「…理由は?」
こちらも予想できていたのだろうか、佐々木は分かりきった答えを尋ねるような投げやりな質問をした。
『空戦は、実力が同じ程度の武人が相手でなければ模範として成立しないからです』
「…分かりました。確かに、獅童相手に出来る生徒は恐らくこの学園で五十嵐要のみ、ですからね…という訳で、五十嵐」
「…諒解」
指名に応じて要が前に出た。
『ただ…三十秒。鈍った勘を取り戻すための自由時間を貰ってもよろしいでしょうか?』
「…お好きなように。けれどもそれ以上の準備運動は許可しません」
『充分です』
二人が話している間に、要は脇に影継を連れて、堂々とした様子でゆっくりと龍一の前に立った。
そして、静かに装甲の祝詞を唱えた。
《これより修羅を開始する
鋼の志は如何なる障害にも折れる事無し
我、天照らす世の陰なり!》
装甲が終わると、漆黒と群青、鍬形と甲が対峙した。
『久しぶりに…御手合わせ願おうか』
『委細承知…』
どちらからともなく両機の飛火が点り、粉塵を舞いあげた。
瞬間、その場にいる全員が、兜の下で二人が笑ったように見えた。
『『シッ!』』
爆音を上げて地を離れたのも同時。
そして騎行開始から一秒も経たずして、二領は交錯した。
響いたのは金属の衝突音。
数秒の間に、それが何度も繰り返され、時間とともに発生源が上へと昇っていった。
目で追うことができなかった生徒たちは何が起こっているのかも理解できずに、取り敢えず視線を上に向けた。
…その視線の先、対福原戦とは比較にならないほどの激戦が繰り広げられていた。
一合打ち合えば火花を散らし、交錯してからすぐに体勢を立て直して次の交錯へ…
漆黒の武者が太刀を振りおろせば、群青の武者はそれをいとも簡単に受け流す。
群青の武者が横一閃に斬り払えば、漆黒の武者はそれをいとも簡単に弾き返す。
数秒の間に、それがどれだけ繰り返されたことだろうか。
鋼の衝突音は、少なくとも十数回は鳴り響いていた。
観客たちは、歓喜の声を上げることすらも忘れて、その戦いに魅入っていた。
空戦は、互いの力量が肉迫するほど、激しく、美しくなる。
彼らは、自身が目指すものの険しさを、まざまざと見せつけられた。
「…釼甲での戦闘は…一年半振りだから、色々と溜まっていたのか?」
二人の付き合いを全て知るこの男は、教え子の…部下の成長を満面の笑みで眺めていた。
その後二人は、きっかり三十秒後には見本となるような空戦を展開したが、それよりも先に見せた戦闘があまりに印象的だったのか、他の生徒たちの動きはどこか落ち込んでいるようだった。