表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/117

佐々木『少佐』

「…それで、俺が講義の最初にそれを説明しろ、と?」

「そうなります」

 三限。実際に釼甲を利用し、先程の講義内容を実践する授業の担当は、やはりというべきか、佐々木傭兵だった。

 訓練開始十分前ということもあってか、決闘場にはまだ来ている生徒がまばらな状態で、要は先程の鏡花教諭の言葉を佐々木に伝えていた。話を聞いた傭兵は火の点いていない煙草を口に銜えて唸っていた。

「…相変わらずアイツは時間配分が下手なうえに、その失敗を俺に押し付けてきやがるな…迷惑この上ねぇ…」

 結局は諦めたのか、佐々木は深く溜め息をついた。

「…佐々木教諭は鏡花教諭と親しいのでしょうか?」

「…明言はしないが、取り敢えず友人以上の付き合いはある、とだけ言っておく」

 濁したような言葉に違和感を覚えるが、それを尋ねさせないように佐々木は続けた。

「それじゃあ、具体例として少なくとも四領用意…したいが、業物の双発を扱える武人がいないから、これは口頭だけで良いか…悪いが要、龍一に協力してもらうから伝えておいてくれ」

「…諒解」

 佐々木の真意をすぐに理解できた要は迷わず是の意を示した。

「…ところで、教諭は釼甲の用意をしなくてもよろしいのでしょうか?」

「あぁ、その件については…」

「はわわぁぁああ!? お、お助けくださいまし~~!?」

 突然聞こえた声の方向に顔を向ければ見慣れた黒のメイド服が目に入った。その後方には鋼の犬猫が…視認出来るだけでも十五領はあるだろう群れが彼女を追いかけていた。

 彼女は布に足を取られないように、スカート部分を持ち上げて全力で疾走していた。

「………………」

「助手を申し出てくれた真白に頼んだ…が、何やら大変なことになっているな」

「何呑気に語っているんだ、傭兵少佐ぁ!?」

 怒鳴り声を上げながら要は駆け出していた。

 アンジェを追っている犬猫は、猫が『乙竜』、犬が『丙竜』の自律形態である。業物と異なり特定の主を持たない特徴がある。人工知能はそれほど高くなく、それこそ自律形態では外見通りの、獣程度の知能しか持ち合わせていない。

 アンジェは動物にも好かれる体質でもあるのか、彼女を追っている釼甲たちはどこか楽しそうに、それこそアンジェが遊びに付き合っているとでも考えているといったような動きを見せていた。

 追いかけられているアンジェは逃げることに必死であるようだが…

 とにもかくにも、あれだけの鋼の塊がぶつかればアンジェもただでは済まないだろう。下手にぶつけられればそれこそ大怪我につながる可能性もある。

 危険を感じた要はアンジェの前方に立ちふさがった。

「かかか要さん!? そこを退いてくださいま…せっ!?」

「落ち着け! 兎に角俺の後ろに!」

 躓いて倒れかけたアンジェを受け止めて、要は庇うように釼甲たちの前に立った。それでも犬猫は勢いを止めようとする様子がなかった。

「あわわ…に、逃げて…」

 慌てた様子で要を後ろからアンジェが要の服の裾を引っ張っていたが、要は頑として受け入れようとはしなかった。

 迫り来る鋼の群れに手をかざし、鋭く睨みつけた。

 無表情を、鬼のような形相に変えて。

「伏せろ!」

《《《!?》》》

 地が揺らぐのではないか、というほどの大音声で怒鳴りかけると、先程まで興奮を抑えきれなかったような釼甲は突如として大人しくなり、命令通り素直に身体を伏せた。

 それはどこか怯えた様子であり、一領たりとも逆らおうとする雰囲気が無かった。

「……し、静かになりました…?」

「…一応これで一安心だ。もう出てきて良いぞ、アンジェ」

 静まったので要の陰から覗くようにアンジェが顔を出した。要の言うとおり先程まで騒がしかった犬猫釼甲は既に完全に沈黙していた。

「あ、ありがとうございました、要さん…」

「…礼には及ばないが…何をどうすればこんなことに…」

 黙って伏せている釼甲を見渡して要は呟いた。

「えっと…佐々木先生に頼まれて、釼甲庫の中にある数物釼甲を誘導しようとしていたのですが…扉を開けた途端に襲いかかれまして…」

「……佐々木教諭に頼まれる際に、何か渡されなかったか?」

「え? えっと…はい。こちらを誘導の際にかざすように…」

 そう言ってアンジェはその手に握っていたものを要に見せた。

 鈍い黒の塊で、それを取り出した途端、静まっていた釼甲たちが再び顔を上げたが、それを要は視線で制した。

「…成程、刄金はがねか。それなら納得がいくな…」

「刄金…でございますか?」

 アンジェは自身の手にある『それ』をまじまじと眺めながら反芻した。

「そうだな…釼甲の食糧みたいなものだと思ってくれれば良い。釼甲の甲鉄を構成する重要な物だ」

「え? 釼甲は武人の熱量で全てを賄えるのでは?」

「基本はそのとおりだが…それは不正解だな。釼甲の甲鉄修復は刄金が無ければ新たに創り出すのではなく、他部位の甲鉄を削って損傷した部分を埋めるんだ。当然この方法では何度も繰り返しているうちに削るべき甲鉄も無くなってしまう…そこで必要なのがこの『刄金』になる…渡してもらえるか?」

「あ、はい。どうぞ」

 要はアンジェの了解を得て、刄金を受け取ると、何の躊躇もなくそれを釼甲の群れに投げ込んだ。

 すると全ての釼甲が我先にと奪い合うように争い始めた。といっても精々身体をぶつけ合う程度で、引っ掻くなどの『甲鉄を削る』ような攻撃は一切無かった。

「とまぁ、このように競って奪い合うほど、刄金というのは釼甲にとって重要なものだ。新たに刄金を体内に取り込むことによって、装甲の厚さを減らすことなく、甲鉄修復ができるからな」

「えっ…と…また騒がしくなっておりますが大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だ。放っておけば全ての釼甲に適量が行き渡るからな」

「随分騒がしい事になっているわね」

 声のした方向に二人が向けば、御影たちが到着していた。

 全員が各々の動きやすい服装を身に纏っており、三者三様だった。

 御影は、歴史書に出てくるような鍜治師の服装に多少手を加えたものであり、赤地の生地に金糸の飾りが着いていた。

和服の袖を切り落とし、裾の短い直垂を履いている。

ただ、火から露出する肌を守るために付けられた覆い布が逆に扇情的だった。

 それに続いて、椛は道着に着替えていた。

 白の胴衣に紺の袴。

 要と椛が、源内の下で修練をしていた時の服装とほとんど変わっていなかった。違うことはと言えば、女性特有の膨らみが胸元を窮屈そうに押し上げていることだった。

 そして、遥は学園指定の運動服を、一分の隙なく着込んでいた。既に夏の日差しが問答無用で差す季節だというのにも関わらず、彼女は汗一つかかずに紺の長袖長裾で肌を覆い隠していた。

 要の話も丁度きりのよいところだったので、そこで説明を中断することにした。

「…刄金に関して詳しい話は御影に聞いたほうが正解だろうな。現役の釼甲鍜治師だ、多分俺以上の知識があるだろうからな」

「かしこまりました!」

「しかし、椛たちが集まってきた、ということは…」

 もしやと思って時間を確認すれば、既に休み時間が終了間際になっており、徐々に生徒たちが集まり始めていた。

「…大分遅かったな。何かあったのか?」

「いえ、大したことは無かったわよ? ただちょっと椛の胸辺りがキツクなったらしくて着替えに時間が…」

「御影! そのことをかな…男子の前で軽々しく言うな!」

 御影の口を慌てて後ろから塞ぐ椛だった。入場口から走ってきたためか、少しだけ息を荒くして、僅かに顔を紅くしていた。

「…何をすれば…大きく…」

 椛の後方には恨みがましい視線を二人に送り付けていた。悲壮感漂う雰囲気が重かった。

「…とにかく、もうしばらくすれば大人しくなるから、それまで放っておけば大丈夫だろう…ほら、行くぞ。集合に遅れれば決闘場五周だと言っていたからな」

「…ここを? 本気?」

 生徒が百人程集まっても、十平方センチの紙切れに点を一つ打ったようにしか見えない決闘場を五周も走れというのだ。

 とてもではないが、実践訓練の二時間を使い果たしても完走できる自信がない…そんな風に御影はこぼしていた。

「佐々木教諭はいつでも本気だ。有言実行を体現したような先生だからな…」

 御影の疑問に、椛が諦めたように答えた。その雰囲気で事実だと察したのだろう御影は真直ぐに集合場所へと走っていった。

「…どうすれば…」

「お~い、早くこっちに…って、遥。どうかしたのか? 気分でも悪いのか?」

 絶望に打ちひしがれた遥に気付いた龍一は、その後昼休みに『女性の胸の大きさ』について三十分ほど問い詰められたのはまた別の話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようやく開始します! 活動報告を一読の上、是非参加してみてください。
神羅装甲 影継・人気投票
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ