釼甲による空戦講座
長々と解説していますが、面倒だと思えば下の箇条書きだけでも理解しておいてください。
神樂について
・鏡花教諭は『認識阻害』の神樂
・神技は主に二種類。『超常現象型』と『術者支援型』であり、後者はかなり稀なものである。
武人の空戦について。
・飛火は使えば攻撃力が上がる半面、受ける攻撃も強くなる。使わなければ逆の現象が発生。
・例外がない限り、高度の優先を取ることが最重要事項。
飛火の種類については次回に軽く触れます。
「はい、それでは今日も元気に話していきたいと思います」
教壇には髪を短く切り揃えた女性教師が立っていた。体格は女性としては大きい背に、よくいえばスラリとした…悪く言えば凹凸の少ない体つきだった。
雰囲気は佐々木(外向け態度)に似ているが、それを更に柔らかくしたという表現がピッタリと当てはまるような女性だった。
講義内容は『近代戦術』。白兵戦・集団戦・ゲリラ戦などのありとあらゆる戦法を教授するというものらしいが、始まったのがつい数日前。
実際に釼甲を纏った実践訓練に並行して行なっていくようで、この講義の後に実際に行なってみる、というのが現在のやり方である。
つまり講義が予習、実践訓練が復習という役割をしているのだ。
ある意味理想的な時間割ではあるが、逆を言えば言われたことをすぐにでも実践しろという事でもあるので、要と龍一の内心は複雑なものだった。
「…数週間で時間割を変えるのは正直勘弁して欲しいのだが…」
「全くだ…と言っても私の場合は記憶媒体だから何の問題もないが、要の場合は教科毎にノートを変えているんだったな?」
隣に座っている幼馴染・椛の問い掛けに要は首だけで肯定を示した。
記憶媒体は容量が非常に大きく、卒業までの三年間全ての講義を記録してもまだ半分余るほどの余裕があることが実験で分かっている。
対して要は学内では非常に珍しいアナログ記録の手段をとっている。
記録量で言えば数千冊分の容量が媒体にあるのだが、要はあえて手間の掛かる方を取っている。というのも、毎晩学園に通えていないアンジェに講義内容を伝えるための手段である。最近は椛や御影も参加するようになり、異性寮立入禁止の時間まで騒がしくしていることが多くなった。
「まぁ、持ち運びの面では不便だが、直接手で書いた方が良く覚えられるからな」
「…でも要、同期として一つだけ言わせてくれ」
椛と要の会話に割り込むように、後方の席にいる龍一が話しかけてきた。
「一応解説用の図を書いているんだろうが…それだけはやめておけ。分かりやすくするはずの解説が更なる混乱を招いてやがるから…」
「そうなの?」
龍一の言葉が気になった御影は要のノートをのぞき込んだ。
そして、驚愕した。
「…………えっと…要?」
「…言いたいことは分かるが、あえて聞こう。何だ?」
「…これは…何?」
御影は驚きによって震える手で『それ』を指差した。
子供の殴り書きに近い、雑多な絵が書かれており、例え事前知識があろうとも認識できないほどの酷いものだった。
「…釼甲の機体構造図だ」
「…ごめんなさい、あまりにも奇抜すぎて何がなんだか…」
「釼甲と言われても、これは全く理解できないな……要は相変わらず芸術関連が駄目なのか…?」
「………………」
御影と椛の言葉で要は何も言えなくなった。
心無しか、要の顔が少しだけ俯きかけていた。
顔には出ていないのだが、恐らく精神的には相当傷ついているのだろう、纏っていた雰囲気が目に見えて重くなっていた。
「はい、そこ~。雑談は講義の後にしてくれませんか~?」
「…………失礼しました」
いつもより覇気のない要が代表して返事をした。その反応を見て女教師は満足そうに頷いていた。
「はい、素直でよろしい。それでは今日も戦術…と言ってもまだまだ釼甲、神技の特徴についての話だけどやっていきましょうね」
言いながら女教師・鏡花は教壇の上に正体不明の立方体を取り出した。
先日の神樂科小試験で使用された例の物体である。女子たちは見覚えがあるが、初見である男子たちは近くの知り合いに物体について尋ねていた。
それがある程度『どんなものか』を理解できると、講堂は大分落ち着いた。
「さて、まずは私も女の子なので神樂について話していきましょう」
人差し指を立てて、鏡花は明るく言った。
(…女の子って…鏡花先生、幾つだ?)
(さぁ? とにかく三十路は超えている、というのが一番有力な…)
「失礼ですね? 私はまだ二十の中間に達していませんよ?」
二人の男子が議論し合っていると彼らの真後ろから鏡花の声が聞こえた。何時の間にか彼女は二人の後方に回り込んでおり、驚いて振り向こうとした二人に対して鋭い手刀を叩き込んだ。
「「っっ~~~~!?」」
「全く…女性の年齢は禁句ですよ? 貴方たちも武人ならば、その辺り充分気を付けないと誰も協力してもらえなくなってしまいますよ?」
その発言で全体が少しだけ笑いに包まれた。
少し怒り気味の鏡花教諭はそれだけ言って教壇へと戻っていった。失礼な事を話していた二人に制裁を加えるためだけに移動していたようだ。
笑いは女子を中心に巻き起こっており、一部男子もそれに釣られて口元を抑えている様子が見て取れた。
《…主…》
《…何だ?》
部屋の隅(天井)で講義を拝聴していた影継が、要にだけ向けて金声で話しかけてきた。
すぐ近くにいるとはいえ普通に返すわけにもいかないので、要も同様金声で返答した。
《…先の女史…今『何処に居た』?》
驚愕混じりの言葉の意味が最初分からなかったが、数秒の時間を有して理解できた。
《…鏡花教諭は『認識阻害』の神樂だ。一時的に存在を希薄化して一気に駆け寄ったのだろう。集中して見なければわからない程度だから、初見の影継が気付けないのも仕方の無いことだ》
《…理解した》
要の言葉に気を緩めながら、影継は再び意識を壇上に戻した。
「さて、それでは今日はまず神技の分類についてから、ですね」
そう言うと鏡花は壇上に上がって声を大きくした。
「神樂科の生徒は既に理解しているかとは思いますが、男子生徒にも理解を得てもらう為に協力をお願いします」
「「「はい」」」
訓練でもされたかのような一体感で女子全員が答えた。
「それではまず大まかに二つに分類される神技で、非常に多い『超常現象型』から入りますが…武人科の皆はどんなものがあるかは知っていますか?」
「…えっと…『炎気操作』や『氷気操作』、『雷気操作』とか、だったっけ?」
講堂前方に座っている生徒がいきなり指名され、驚きながらも思い当たる例を上げていった。その解答にある程度満足したのか、鏡花は微笑んでいた。
「正解です。現在確認されている神樂の大半がこちらを占めており、文字通り多種多様の神技が存在しています。中には現代の技術では到底扱えないような珍しい物…例えば二ノ宮さんの『辰気操作』がいい例ですね」
名前を挙げられると、全員が一斉に椛の方を見た。さすがにそれだけの視線を集めれば椛も萎縮するのだろう、彼女は視線を下げて顔を見えないようにしてしまった。
「辰気が何か、については私からは何も言いませんが……ヒントは皆さんにとって身近なものとだけ言っておきましょう。続けますので前を見てください」
その掛け声で再び全員が前を向いた。集まっていた視線が無くなったのを感じると、椛は安心したように息を吐いて顔を上げた。
男子勢は椛の神技がどのようなものか気になっていたのだろうが、
ただ一人、要はそれがどういったものか、予想がついていた。
『辰気』は世界を司る三大『気力』であり、それ故に扱いも非常に難しい。
一つだけ気になっていたのは、それが『何時』覚醒したのか、ということだった。要と椛が分かれるまでの間、先天性でなかった彼女は神技に覚醒していなかった。
だから天領学園で再開した際、要は『椛がこの学園に在籍』していることに非常に驚かされた。
一瞬だけ尋ねようかと要の頭によぎったが、横目で確認した彼女は真剣な様子で公聴していたので、今は諦めることにした。
「……さて、この型の神技は直接関与することも出来れば、釼甲の兵装に付加…エンチャントすることも可能と、使い方次第で幅が大きく広がります」
要が意識を講義の方に戻すと、僅かに立方体の角が何かによって焦げていた。意識を逸らしている間に誰かが実演していたのだろうと推測して再び耳を傾けた。
あまりそう言った話を聞く機会のない男子勢は興味深く傍聴しているのに対して、女子は既に何度も聞いているためだろう、何人かが眠そうにしているのが要たちの席から見えた。それを理解しているのだろうか、鏡花の視線は男子を中心に行き来していた。
「そしてもう一つが『術者支援型』…こちらはあまり知られていないので…そうですね、どのような物があると思いますか?」
「え? あーっと…『索敵』…とかでしょうか?」
「正解です…もしかして知ってましたか?」
「いえいえ! 思いついたまま言ってみただけです!」
次に指名されて答えた男子は勢い良く手を振りながら否定していたが、それは単なる振りだったようで、鏡花は次に話を進めていた。
「というわけで、『術者支援型』は神樂とその人を封神した釼甲、または仕手の補助を行う神技になります。他にも大嶺先生の『視界移動』や神代にのみ確認されている『神技無効化』などがありますね」
「…はい?」
聞きなれた名前が出たことで疑問の声を上げた生徒がいた。
大嶺は常に眼帯を身に付けている一風変わった女性であり、のんびりとした性格とは裏腹に鋭い指摘をすることがあることで有名な教師である。
その不気味さを、身をもって体験している生徒たちは知らずのうちに体を震わせていた。
「一応忠告はしておきますが、大嶺先生や洲崎先生の前では隠し事はほとんど通用しませんからね。常に監視されていると思って誠実な学園生活を送ってくださいね?」
要の脳裏には一瞬『監獄』という単語が思い浮かんだが、自身に知られてまずいような事は一切無いので大した反応はしなかった。
ただ、周囲では隠し事でもあるのか、恐怖に怯えている生徒もいた。
「まぁ、軽い脅しはこれくらいにしておいて…今度は釼甲に関して、に話を変えたいと思います。まずは…こちらをご覧ください」
言って現れたのは立体映像の二領の釼甲だった。
両者共に騎行状態で映し出されているが、互いに向き合ったまま停止していた。
「ご存知のとおり、今映っているのは大和国衛軍制式採用釼甲・甲竜です。今日はこれで空中戦法を話していきたいと思います」
甲竜は現代の数物釼甲としては珍しい、近接戦闘を主眼に置いた釼甲である。
乙竜・丙竜よりも圧倒的に射撃性能に劣るが、それを補うように甲鉄練度と身体能力強化性能が高い。というのも最前線で切り込みなどの危険行為を遂行することを目的とし、更には『仕手の生命保護』を前提としている以上当然の事だった。
そういう意味では、空中戦法の実演としては最適だろう。要は内心でそう思っていた。
「まず現状では互いに同じ高度を保っておりますが、このまま太刀打ちしあっても両者の装甲を破ることは余程のことがなければありえません…これについては、そうですね…獅童君、説明できますか?」
「…飛火による加速と仕手の強化された腕力だけでは、装甲…それも近接戦闘を前提にして甲鉄練度を上げている甲竜を破るには不充分過ぎるからです」
「正解です」
龍一の答えで充分だったのか、鏡花は講堂の中央へと視線を戻した。
「獅童君が話してくれたように、仕手の体、しいては命を守る装甲がこの程度で破れてしまっては前線で戦うには脆すぎて使い物になりません」
そうして立体映像の二領が動き始めた。真正面からぶつかりあった甲竜は特に大した異変無くそのまま真直ぐに騎行していた。一通り終わると再び同じ位置に釼甲が現れて同じ行動を繰り返していた。
「さすがに無傷、というわけではありません…それこそ斬撃による衝撃がいくらかあるでしょうが、これを続けていてはたとえ飛火を全開にしていても勝敗がつくのはこれを数回続けてようやく、といったところです…では、前に移って…五十嵐君!」
立体映像は彼女の言葉と同時に停止した。
名指しされた要は少しだけ身構えた。
「釼甲の空中戦において重要なことはなんでしょうか?」
「…高度の優勢を取ることです」
「正解…ではその理由を可能な限り詳しく説明してください」
単純に答えだけを述べたが、それでは不満だったのか、詳細を要求してきた。
数秒間、要は頭の中で話す内容をまとめてから口を開いた。
「高度…すなわち位置エネルギーを確保し、それを運動エネルギーに転化することによって、不充分である威力を補う事が出来ます。これを活用することによって仕手の技量次第では一撃で撃墜することが可能になります」
「五十嵐君が先週の仕合でそれを実践していましたね。えっと…こちらの映像になります」
「…記録されていましたか…」
映し出されたのは対福原の『風紀委員選抜試験』の開始一分後のものである。要が福原を追い抜いてすぐに攻勢へと転じた場面だった。直後の交錯で福原の蜥蜴丸は損傷し、対して要の影継は無傷…生徒たちは不満の声を交えながらも一応の納得をしていた。そして次の交錯への準備段階の場面で映像が止められた。
「これで高度の優勢を取る理由の一つは理解できたと思いますが…実は他にも高度優勢は重要な意味を持っています……隣に移って綾里さん、わかりますか?」
「転化した運動量を利用し再び高度優勢を取るためで、高度劣勢である方は上昇によって失われた速力を取り戻すために降下…つまり同じ状況が続いてしまうから、ですよね?」
御影は目の前で、両手の人差し指で∞の字を描いた。
疑問形で自信無く締めくくったのは、時代による戦法の違いを恐れたからだった。
だがそんな心配を吹き飛ばすように、返ってきたのは鏡花が指で作った丸だった。
どれだけ時代が移り変わろうとも、空中における戦闘方法はほとんど変わらない…これは、それだけ戦闘における真理を的確に突いていたという意味である。
「正解。実際この状況に陥ってしまえば高度劣勢の武人はほとんど負けが決まったようなものですが…これを変える手段の一つが皆さんの予想通り『神技』です」
画面は福原の釼甲に封神されていた飯島の神技『炎気操作』による『鬼火』と『炎刃焼覇』が展開された場面に移った。これらの組み合わせによって要は地面に叩きつけられた。
「神技は形勢逆転の一打を放てる手段の一つで、使いどころを誤らなければ決め手になることもあります。この場合は五十嵐君を叩き落としたことによって高度の優勢を確保することに成功、といった所でしょうね。やり方は褒められたものではありませんが…」
最後の方の言葉は心無しか低くなっており、不快感を露わにしていた。
ちなみにこの仕合の後、福原は自信喪失により自主退学を申請。現在職員会議においてそれに対する判断を検討中であり、決定は数週間後と予想される。
相手に封神している事を伝えずに仕合をする…手段こそは褒められたものではなかったが、福原は釼甲…それも業物を扱えるという資質がある以上、学園もおいそれと退学を受理するわけにはいかない。名目は職員会議における検討ではあるが、実際は退学を思いとどまるように説得するというのが真相だ。
(…そういえば、あれ以降風紀委員の接触が無いな…)
福原との仕合を見て要はそんなことを思い出した。
委員の一人を再起できないほど叩きのめしたことに幾らかの批判を食らうことを覚悟していたのだが、予想に反してこの一週間一切の接触が無かった。
何か理由があるのかと考えたが、それは隣から御影が声をかけたことによって中断された。
「要、どうかしたの? 次は銃火器を使った戦闘法について話されているけれど…」
「ん…? …あぁ、少し考え事をしていただけだ。大したことではないから気にしなくて良い」
言われて視線を上げれば立体映像は丙竜に変わっていた。
「…とまぁ、このように射撃兵器を備え付けられた釼甲では、敵機の『飛火』または『疾駆』を損傷させることが有効です」
どれだけ考え事をしていたのかは分からないが、既に鏡花教諭の話は結論に達していた。幸い重要な部分は聞けていたので、要は内容を大体想像することができた。
戦闘において制空権(空戦における釼甲の支配領域)を取ることは最重要事項であり、それこそ空を制するものが戦場を制するとまで世界中で語られるほどである。
例えば互いに銃火器を備えた釼甲を装甲しているとしよう。一方は飛火に損傷が出て騎行出来ない状態・仮にA、もう一方は戦闘に一切の支障なしの状態、こちらをBとする。
釼甲の機動力は『飛火』あってこそであり、騎行出来なければ無装甲状態より少し速い程度の走りしかできなくなってしまう。騎行速度と比べればその差は歴然…大和数物釼甲の中で最も遅い丙竜でも約十数倍である。
これによりBはAからの攻撃に晒される驚異が減り、戦況を有利に進めることができる。これは集団戦においても通ずることであるため、充分な理解を必要とする。
「そして最後に騎行するために必要な『飛火』ですが…実はこれには複数の種類があり、それぞれの特性を活かすことが空戦では重要になります。説明したいのは山々ですが…時間がないのでこちらは次の講義教諭である傭兵さんにパスします。それでは次の講義で今の話を活用してください。では!」
締めの言葉と同時に時限終了の合図が鳴った。