歪まされた事実
マスメディア…怖いです
追記になりますが、影継の【装甲の祝詞】を変更しました。といっても確定していないためまた変わるかもしれませんが、その場合でも生温かく見逃してください。
「…要は不調だというにも関わらず、今朝は全戦全敗…これいかに?」
《おぉ、主よ。負けてしまうとは情けない…》
食堂にて、額を赤くした龍一に対して、机の下で待機している彼の釼甲・正宗は容赦ない一言を放っていた。
「怪我人を谷に叩き込むようなことしか言わないな、正宗! お前には優しさが無いのか!?」
《ここ最近は主が要殿に勝ったことが無いからな。慰めの言葉ももう品切れだ》
「畜生、確かにそれは認めるが…! いつっ…!」
悔しそうに、痛みに顔を歪ませながら龍一は朝食の味噌汁を、気を晴らすように一気飲みしたが、口の中も切っていたため染みる痛みによって更に顔を歪めた。
「…龍君、大丈夫…?」
「首藤さん、ここに救急箱をご用意したので、レッツ☆手当! でございます!」
心配そうに尋ねる遥と、偶然(?)その場に居合わせた、救急箱をもったアンジェが居た。遥はアンジェから救急箱を手早く受け取ると、慣れた手つきで軽い消毒・綿紗を龍一の傷口に貼った。
「…これで…良し」
「…手際が良いな。全部終わるまで二十秒と経っていないぞ?」
感心したように頬に大きな綿紗を貼った龍一を眺めながら、要は食後の茶を啜っていた。傷だらけの龍一に対してこちらはほとんど無傷で、普段通りの無表情だった。
「…龍君…子供の頃は、いつも怪我してた…だから、慣れた」
「そうか。俺の場合はむしろ椛の方が怪我することが多かったから、立場は逆だったんだな…だが、釼甲の自然治癒能力強化のおかげで、昼には全部治っているだろう」
「業物釼甲なら、致命傷を食らって即死しない限り生き延びれるからな」
「? 気にはなっておりましたが、やはり数物と業物では治癒能力が異なるのでございますか?」
不思議に思ったアンジェは首をかしげてそう尋ねた。
「治癒能力どころか身体能力強化も物によってはかなりの差がつくな。といってもそれは名甲・妖甲と呼ばれる類の釼甲の話で、質が悪ければ数物と同等かそれ以下だが…」
「ただそれは釼甲によっても様々なんだ。蜥蜴丸に至っては回復に特化している、といったところか?」
《四肢断裂しようとも治せるぞ?》
天井に張り付いている若竹の釼甲に問いかけると、すぐに答えが返ってきた。『選抜試験』以降、蜥蜴丸は毎日のように新しい主を探していた。
一週間続けた結果は…言わずもがな、だろう。
「はわ~…釼甲も多種多様なのでございますか…」
「…ちなみに…影継は?」
《近距離白兵戦に特化している、故に射撃兵装が一切無い》
遥の問い掛けに影継は迷うことなく答えた。
普通なら自身の弱点は他者に明らかにすることは明らかな恥話なのだが、影継はそれをむしろ誇りに思っているように語った。
《鎧通しに太刀…これぞ大和武人の神髄とも言うべき兵装だ》
「…でもそれ…射撃出来る相手は…危険じゃない?」
遥は使用した包帯などを片付けながら疑問を口にした。
「それなりの甲鉄練度があれば、簡単に弾丸を通すことは無いが…相手によっては相当不利になるだろうな…」
「それは仕手である要の腕次第だろ。この前の仕合みたいに当たらなければ意味は無い、だ…加えて言えば大和国衛軍属将校は最低限銃弾を切り落とせるぐらいの技術が無ければ生き残れないという話があるからな…」
龍一の言葉に突如周囲がざわめいた。
唯一国衛軍の将校を輩出している天領学園に属する以上は憧れの的になるからだろう、辺りにいる全員が話を聞いていた様子だった。
「ほぇぇ…やはり軍人さんはそれくらい出来なければいけないのでしょうか?」
「…正確に言うと、それだけの実力を持つ人間が上を占めているということだ。銃弾切りが出来ても白兵戦・集団戦では勝てないような武人は不要だからな」
「…でも…五十嵐君…仕合でやってなかった?」
「磁気障壁で弾速を落としていたから数には数えられないだろうな…うちの爺さんは集中砲火されても全て切り落とすことを簡単にやってのけていたからな」
「無茶苦茶なお爺様でございますね!?」
信じられないのだろうアンジェは思わず声を張り上げて答えた。それは遥も同様な気持ちだったようで、呆れたような、驚いたような微妙な表情をしていた。
「…良くも悪くも少数精鋭なんだよな~…あそこは化け物の巣窟か? リヤも俺たちより年下なのに上の階級だからな…」
「そう言えば、少し気になったのですが……要さんたちの所属する『防人部隊』とは一体どのような方々の集まりなのでしょうか?」
「……一定年齢以下の武人・神樂の養成部隊、というのが一番妥当だろうな」
「大和の軍役は成人……つまりは十八才以上にのみ認められているんだ。ただ、そこから初めて訓練開始、じゃああまりにも遅すぎる……そこで、素質のある人間を早い段階で鍛え上げる、というものだった」
「……? 『だった』?」
「首藤の疑問は正解だ……『ある事件』を契機にほぼ解体状態。一応防人部隊に所属しているのは今のところ俺と龍一と……何人か、だ」
一瞬だけ要は言い淀み、結局明言をしなかった。
アンジェも遥も気付いてはいただろうが、その時に要の表情が僅かに痛々しく歪んだのを見逃さず、聞くに聞けなかった。
《…蜥蜴丸殿もそちらで探してみては如何だろうか? ここよりは余程優秀な人材が集まっているようだが…》
《他人の手垢の付いた武人は正直面倒じゃ。それよりも癖のない若造を鍛え上げる方が儂の方針じゃからな》
「…これは、武人が見つかるのが相当先になりそうだな」
龍一も食べ終わり、湯呑を傾けた。既に煎れられてから二十分以上経っているのでぬるくなっていたのだろう、別段痛がる様子もなく飲み干した。
「さて、全員食べ終わったことだし…」
「おっ! 話題の武人科生徒はっけーん!」
丁度立ち上がろうとしたところを突如後方から押さえつけられ、要は半ば無理矢理に座らされた。
「…申し訳ありませんが、用件がある場合、出来れば穏便に行なっていただけないでしょうか? 自分もそこまで寛大な人間ではないので…」
「あっははは! ゴメンね、折角見かけたから逃がさないようにしただけなので大目に見てくれると助かるね!」
悪びれた様子を一切持たずに、少女は答えた。
肩に置かれた手を離されると、要は相手の顔を見るために上体だけで振り返った。
枠無しの四角メガネと額を隠すようにヘアバンドを着けた、少し小柄な少女だった。彼女は立っているにも関わらず座っている要とほぼ同じ高さに目があった。
「…どちら様でしょうか」
当然要に見識はなく、お決まりの質問を投げかけた。
少し低目の、僅かに怒りの混じった声だということは、要の友人は理解できたが、彼女はそれが全く分かっていないのか、それとも理解していて保っているのかは分からないが、勢いを変えることなく明るく答えた。
「どもども、初めまして! 報道委員会所属一年・加賀三春でっす! 以後お見知りおきを?」
「……………初めまして…それで、そちらの用件は? 手短にお願いします」
性格が合わないことを理解したのか、要は諦め混じりの気の抜けた返事をした。
しかし彼女は留まらなかった。
「実は先週の仕合を解説した学内報道紙が今日出来たので、話題の君にも一部渡して来いと命令されてね! 私としてはいつ出会えるかどうか分からない人のために持ち歩くのは嫌だったんだけど、上の命令断っちゃうと記事書かせてもらえなくなるからね…」
「時間がないので用件だけを」
さすがに要も我慢できなくなったのか、声に力が入っていた。
表情が全く変わっていないことが逆に周囲を怯えさせていたが、その視線をまともに受けている三春は飄々としていた。
「噂通り堅い人なんだね~…はいどうぞ!」
反省の色などひとつも見せることなく彼女は新聞のようなものを手渡してきた。要は黙ってそれを受け取ると、一面の大文字を見た。
「それじゃあ私はやるべきことはやったので失礼するね! これからも報道委員会を宜しくね~」
「…出来ればこれ以上の関与は止めていただきたい…と、もういないのか」
要は紙面から顔を上げると同時に渡された報道紙を机の上に放り投げた。
それを手早く龍一が拾い、おもむろに拡げた。
「…あぁ~、これはひどいな…」
第一面を見た龍一の感想はそれだった。拾ったその手に力が入ったため、僅かに歪んだ。
「……これは?」
「アンジェも失礼致します…」
内容が気になった女子二人も龍一の後方に回ってのぞき込んできた。遥は龍一の肩に顎を載せて、アンジェは体一つ分の間を空けて要の後ろに控えながら。
見出しは酷いものだった。
「…『五十嵐要、戦闘不能者に容赦ない留め』…?」
そして何時撮られたのだろうか、貼られた画像は『電磁抜刀』を放ち終わり、若竹の釼甲が切り裂かれている場面のものだった。
前文には『先日行われた風紀委員選抜試験において、属員福原氏の釼甲に異常が発生した。それに対して挑戦者である五十嵐要は神技を用いた一撃を何の躊躇いもなく放った。この一件により、彼が極悪無道の非情な人間だということが垣間見えた』と綴られていた。
さすがに見ているのも辛くなったのか、アンジェは目を逸らし、遥は要同様無造作に手放した。
内容を理解したと判断した龍一が口を開いた。
「最後の一撃についての憶測だな。問題はこれをあたかも事実に基づいたような報道をしているということなんだが…」
「…アンジェ、要さんにお話していただいたのですが…あれは被害を最小限にするために絶対必要だった処置では…?」
その紙切れにはもう視線すら向けずにアンジェが龍一と要を見た。
表情は僅かに曇っており、二人は心配そうに記事に載せられている本人の顔を窺ったが、相も変わらずの無表情でどんな気持ちでいるのかが彼女たちには全く想像できなかった。
「そのとおりだが、事情を知らない奴が見れば戦意喪失している相手に追撃ちを加えたように見えた、ということだ…全く、これだから広域報道に携わる人間は信用ならないんだが…」
呆れたように龍一は報道紙を丸めて後ろに高く放り投げた。
ゴミは綺麗な放物線を描き、見事に食堂に設置された屑入れへと入った。
「…ナイス、シュート…?」
「要さん、今からでも報道委員の方々に訴え出ては…?」
「正直面倒だ」
「バッサリ切り捨てられてしまいました!?」
驚きの声を上げるアンジェに対し、要は平常通りの無表情だった。静かに。今度こそ席を立ち上がり、朝食を載せてあったトレイを持って返却口へと向かった。
アンジェはそれを追って要の後方に着いてきた。
納得いかないといった表情を浮かべながら付いてくる彼女を横目で盗み見て、要は口を開いた。
「…一度広まった噂は簡単には静まらない…ましてや今回は誰もが目を通すような広報紙だ。今更元を正しても広がった話題は集束しない…むしろ俺がこれを必死に否定しようものなら、今までの俺の立場上、悪化することは目に見えている」
「あっ…!」
アンジェはその言葉でようやく気づいたようだった。
五十嵐要はつい二週間前まで天領学園に通う男でありながら釼甲を扱えない『無能』としてさげずまれていた。
そんな男が学内でも有数の実力者の象徴である『風紀委員』を、結果的に打ち破ってしまったのだ。それを快く思わない生徒は知り合いを除けば学園内のほとんどに上るだろう。
「…今回は波風を立てないためには大人しくしていることが得策というわけだ」
「…要さんは…」
悟ったような要の言葉に、アンジェは無意識的につぶやきをこぼし始めた。
「…それでよろしいのでしょうか?」
「……………」
「今回の件…獅童さんにもお聞きしたのですが…仕合は福原さんが一方的に仕掛けてきたものだと…穏便に済ますために仕方なくお受けして…勝っては妬まれ、負ければ恐らく今まで以上に風当たりが強くなっていたとアンジェは思います…何一つとして要さんが…」
「負傷者八十五名…」
「えっ…?」
突然の数字にアンジェは俯いていた顔を上げた。
返却口にトレイを載せて、要は食堂出入り口へと歩いていった。慌ててそれを追いかけようにも、間を阻むテーブルの所為で遠回りをしなくてはならなかった。
数十秒ほど追いかけてようやく追いつくことができた。
「天領学園風紀委員の選抜試験は学園の創設の翌年から始まっているのだが、年に少なくとも一度は今回のような『暴発』事件が起こっている。創設から今年で二十年になるが、これで『爆発被害による』怪我人が出なかった年は一度も無かった。その合計が八十五だ。幸い死傷者は出ていないが…」
そして、その場で要はアンジェを振り返った。
「今回は怪我人を一人も出すことなく終わらせることが出来た…『防人』である俺としてはそれだけで充分だ」
慣れない笑顔を浮かべて、要はアンジェを見た。
心の底から出した本当の言葉だったのだろう、不必要な心配をしていたアンジェは思わずその目を真っ直ぐに見返すことが出来なかった。
「………………そう…でございますか…」
「…まぁ、心配してくれたことには感謝する。けれど、龍一含めて防人はそこまで心は弱くない…いつもどおりに接してくれれば大丈夫だ」
「! かしこまりました! アンジェ、精一杯普段通りに接してみせます!」
「いや、だから……まぁ、アンジェはそれが普段通りだったな」
要の言葉によって普段の明るさを取り戻し、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「それではアンジェは食堂の掃除に移るのでここで失礼させていただきます!」
「あぁ、頑張れ」
要が励ましの言葉を送る前にアンジェはその場を颯爽と去っていった。
「さて、俺もそろそろ講堂に…」
そこでふと気が付いた。
「…龍一と首藤は?」
要は辺りを見回したが、それらしき人影はなかった。
―同時刻―
「…龍君」
「ん?」
「…どうして…アンジェさんを追わなかったの?」
「いや、何となく追わない方が良い選択だと思ったから…」
二人は要たちに遭遇しないように別のルートから講義室へと向かっていた。
「…?」
意味がよくわからなかった遥は小さく首を傾げていた。それを見て龍一は少しだけ考えるように頭を掻いた。
「そうだな……遥はアンジェに悩み事を指摘されたことは無いか?」
「……何回か……ある」
何故か龍一から視線を逸らしながら答えた。その反応に疑問を持ちながらも彼は続けた。
「…まあ、しばらく接してみて分かったが、アンジェは人の心の機微に敏いようなんだ。それに加えて、どんな小さなことであろうと真剣に向き合う……それで少しでも要の悩みを払拭できれば、と思ったんだが……」
「……五十嵐君の……悩み?」
「それは………後で全員に纏めて話すさ。何度も説明できるような話でもないからな」
そう言いながら軽く笑い声を上げていた龍一だったが、その瞳は閉じられていたが故に、感情を察することが出来なかった。