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紅蓮の魔王

第二話突入。

所々で名前の上がる『鷺沼事件』、その片鱗が垣間見えます。

そして前回に比べて戦闘多め…

四十字四十行で二十ページ分。筆者にとってはこれほどまでに長い乱戦を書くのは大変な反面楽しかったです。

―紅蓮の焔が、宵闇を蛇のように、紅い舌を伸ばして舐めていた―

 人々が営みをしていたであろう街並みは、今は見るも無残に叩き壊され、所々に力無き人々の死体が転がっていた。

 瓦礫に押しつぶされて肉片となった者もあれば、釼甲の一刀によって両断された者、子供を庇おうと、自身を盾にするよう抱き込んだが、彼女諸共下半身を踏み潰された母娘。

 まさに地獄絵図。

 これほどまでに生の気配を感じることが出来ない戦いが、大和史上一度でもあっただろうか。

 …訂正。

それは戦いと呼ぶには、あまりにも一方的過ぎた。

 逃げ惑う民草が、容赦無く刈り取られた。

 一刀が切り捨てた。

 一弾が撃ち殺した。

 一蹴が踏み潰した。

 何を思って殺したのか。

 何も思わず殺したのか。

 ただ、亡骸は何も語らない。

 死の直前に感じた感情すらも写さずに。

 驚愕も。

慟哭も。

 憤怒も。

 絶望も。

 僅かでも義を持つ人間には、これ以上ないほどの惨劇だった。

『―――――――』

 そんな地獄の中、ただ一騎、佇む武者がいた。

 血の様に紅い釼甲を纏い、凡そ武器と呼べるものを持たない、釼甲としては珍しい方に部類されるであろう業物だった。

 惨劇から目を背けるように、一点だけを見ていた。

ただ視線の先にある『何か』を静かに見つめていた。

 視線を追えば、大きなクレーターの中心に、鋼の塊が落ちている。

 …大和国衛軍制式採用釼甲初号機・甲竜が、原型を留めることなく倒れていた。

 手に握られている太刀は半ばで見事にまで折れて無くなり、仕手を守る鎧はこれ以上の攻撃を凌ぐ事は叶わないほど打ち抜かれていた。

 …紅蓮の武者との戦いの末のものだった。

 装甲と呼べるものを悉く砕き、最後の一撃によって甲竜を叩き落とし、戦意を奪った。

 見下ろしている紅蓮の武者は、その心に何を思ったのだろうか。

 鋼の下の表情は、どの感情を表していたのか。

 地に落とされた武者には、それを窺い知ることが出来なかった。

『―――――か…はっ…!』

 誰がどう見ても決着はついたように見えたが、それでも倒れた甲竜の武者は諦めず、地を探るように手を動かした。

 刀身が半分になった太刀を杖に上体だけを上げるも、墜落した衝撃が大きかったのだろう、途中で痛みに負けた体が、再び地面に吸い戻されるように倒れた。

すると紅蓮の武者が背を向けようとした。

後ろ髪を引かれるような、ぎこちない動きだった。

何をしようとしているか察した甲竜の武人は、必死に手を伸ばした。

 既に身体中の筋は途切れている。

 装甲の合間から滴り落ちる大量の血液が、仕手の損傷を何より雄弁に物語っていた。

 それでも、彼はあきらめなかった。

 指一本動かすのすら激痛が走るにも関わらず、逃がすまいと懸命に手を伸ばした。

『―――』

 その姿を見て、紅蓮の武者は何かを語っていたが、彼の耳には届いていなかった。

 彼の視界は既に色を映していなかった。

 ただ、声のする方に意識をつなぎとめようとするように、紅蓮を掴もうとしていた。

 しかしそれを遮るように、複数の映像が、彼の脳裏に映った。

『私の――を…あの人を返して!』

『どうして―――――お前が―――――!?』

 それらの言葉が、彼の心を恐怖に叩き落とした。

 体を奈落の底に落とされるような、不気味な浮遊感。

 そして、鏡が割れるように、『夢』が終わった。


 「――――――――――!?」

 声にならない悲鳴を上げながら、五十嵐要は布団から飛び上がる様に体を起こした。

 辺りはまだ暗く、窓の外には月が見えていた。

 全身が冷や汗でずぶ濡れになり、呼吸は今まで息をしなかったのではというほど激しく、不足している酸素を貪るように荒々しく心臓が暴れていた。

 季節は徐々に夏へと移り変わり、次第に気温も高くなり始めているとはいえ、まだ夜中の空気は触れれば冷たく、少し気を緩めれば風邪を引きかねない程だった。

 長袖の寝巻きで額の汗を拭うが、それで収まらず次から次へと滲み出していた。

 ようやく息が整い始めて辺りを見回す余裕が生まれた。

 天領学園学生寮の一室。

 寮の生徒は全員寝静まっているのだろう、物音一つしないというのは不気味な空気を漂わせていたが、要にとっては慣れたことだった。普段はうるさく口論をしている釼甲たちも、やはり夜中は例外なのだろう、一箇所に固まって静かに眠っていた。

 影継、正宗、蜥蜴丸の三領は僅かに瞳の光を灯らせているところから、本格機動はしていない…『待機状態スリープ』のようだ。

「………夢…か…」

 先程の映像が現実でないことを確認すると、要は全身の力が抜けたように倒れ込んだ。

 時間を見てみれば、短針はまだ二の数字を刺していた。

「………鍛錬にはまだ早い…」

「悪夢でも見たか、要?」

 時間を確認すると同時に上のベッドから声がかけられた。

 視線を向けてみれば、乗り出しているために逆さまになった男の顔がそこにあった。

「…龍一…悪い、騒がしかったか?」

「いや、不気味なまでに静かだったぜ。無理矢理抑え込んでいたおかげだろうが、起きた気配だけは消し忘れたな? …よっ…と!」

 それだけ言うと、龍一は前転するように上のベッドから飛び降りた。

 足音も立てずに着地した龍一は備え付けの冷蔵庫から水の入った容器を二本取り出して、そのうちの一つを要に手渡した。

 何も言われなかったが、要は意味を理解して、蓋を開けて水を一気に飲み干した。

「…済まないな…」

「それは言わない約束…と冗談を言いたいところだが、さすがにそんな調子がもう一週間…また『あれ』か?」

 龍一の問い掛けに、要は静かに頷いた。

「…この一年は治まっていたというのに、何で今更…」

「…俺にも分からない…」

 そう言いながら要は自分の体を見回した。

 夢で感じた痛みはもう無いが、痛みを感じたことは記憶しているのか、両腕は小刻みに震えているのが嫌というほど理解できた。

「…仕合が終わって…その次の夜からだったか? これでもう一週間か」

「…よく覚えているな」

「記憶力は良い方だからな」

 言いながら龍一も自身の水に口をつけた。

確かに龍一の指摘通り、要が悪夢にうなされるようになったのは、先日の『風紀委員選抜試験』以降であり、日増しに睡眠時間が削られていっている。今では一時間眠れれば良いほうで、『悪夢』の度に飛び起きている。

そのたびに龍一がこのように、要を落ち着かせるために行動している。

《…夜分遅くに申し訳ないが…》

 心の中で感謝していると、小さく声が掛けられた。

「…影継か」

 先程までのやりとりで目を覚ましたのだろうか、宵闇に溶けんばかりの黒の鍬形虫が、音も立てずに歩み寄ってきた。

《…主の『悪夢』とやらは…もしや紅い釼甲の事だろうか?》

「…それを何故?」

 一度も話したことがないというにも関わらず、影継は確信したようにそれを尋ねてきた。それこそ、相対した釼甲については親しい龍一にすらも口にしていないにも関わらず、だ。

《…ここ最近、うなされているようだから失礼を承知して、主に『精神干渉』をさせてもらったが…もしや、あれが『鷺沼事件』だろうか?》

 影継のその言葉によって、部屋は沈黙に包まれた。

 語るにもおぞましい惨劇。

 ただ、要にはそれ以上に酷いものがあった。

「…間違いないが…俺の悪夢は『ソレ』ではない」

 強く握られる拳は震えていた。

 それは怒りか。

 それは恐怖か。

 要ではない者は、それを知る術は全くなかった。

「…気が滅入る話は一旦止めだ」

 僅かな乾きを潤す程度だったのだろう、龍一は一口小さく飲んだだけで再び冷蔵庫へと仕舞った。要は自分の体調を確認するために、容器を握りつぶした。

「…さて、講義開始までまだ六時間…」

 龍一は体を解しながら上段ベッドに置かれた竹刀を取り出した。

 その真意を理解した要も同様に、壁に立て掛けてある竹刀を手にとった。

「折角早起きしたんだ。早朝練習と洒落込もうか!」

「諒解。準備運動には丁度良い」

《互いに無理はするな。危険だと判断すれば我が問答無用で止める、異論はないな?》

 意見が合致すると、二人と一領は揃って中庭へと向かった。


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