影の護人《後》
しばらくの沈黙が続いた。
話題を失った御影は要の怪我を見て尋ねた。
「……怪我の度合いは?」
「骨は粉砕骨折、筋肉は細切れ状態程度だ。大した事ではない」
「ちょっと! それは充分な重傷よ!? 安静に…ってそんな状態で救護室から歩いてきたって言うの!?」
「慣れているからな」
「か、影継! 最大稼動で要の怪我を…!」
《既に全力で取り掛かっておる。この程度で騒ぐでない練造主》
「変なところで似てるんじゃないわよ、貴方たち!?」
《…失礼してもよいじゃろうか?》
すると間を見計らったかのようなタイミングで、金声が二人に響いた。
「? どちらで…」
「要はそこで大人しく休んでいなさい!」
立ち上がろうとする要を押さえて、御影はドアへと向かっていった。
扉を開けると、そこには若竹の釼甲がいた。
《夜分に失礼するわい》
「…蜥蜴丸か? こんな時間にいったいどうしたんだ?」
《儂の馬鹿主…いや、元主と呼んだほうが良いのだろうか…とにかく、来度は御仁に多大な迷惑をかけたことを詫びに来た》
話しかけながら蜥蜴丸は部屋の中へと入ってきた。少し動きがぎこちないことに気が付いた要は、蜥蜴丸の異変を察した。
「…蜥蜴丸、尻尾は?」
《福原と飯島嬢の自然治癒の為に、一時的に貸しておる。何、甲鉄修復に関して言えばどのような釼甲にも負けはせんわい》
「その姿は伊達では無い、ということね…」
御影は驚きを含んだ声で呟いた。
「…で、用件は?」
《暴発を留めるために、御仁が身体に甚大な損傷を負ったと思うてな。詫びと礼を兼ねて御仁の修復に協力させていただきたい》
言うよりも速く蜥蜴丸は要の足元へ近付き、大きく口を開けて、怪我した左足を丸呑みした。
「ちょ、ちょっと!? 一体何を…!」
御影が慌てて止めに入ろうと手をかけようとしたが、それよりも早く蜥蜴丸は口を離した。飲み込んだ際にギプスも外したのか、脚から離れた蜥蜴丸の口からは非常に硬いものを砕くような音が鳴っていた。
要の足はほとんど元通りとなっており、状態を確かめるように怪我していた場所を叩いたり、立ち上がって部屋の中を歩き回ったりした。
「…驚いたな。まさかここまでの回復能力とは…」
《儂の数少ない長所じゃな。負傷しようが、何があろうとも「仕手に万全を期させる」…それがこの老耄の信念じゃ》
蜥蜴丸はそう言って頷いた。
「…しかし気になったが…元主、とはどういうことだ?」
《言葉通り、福原がこれ以上戦いたくないなどとほざきおって、勝手に契を無かったことにしたのじゃ…お陰様で儂は野良釼甲になってしまったが…》
《…それは何と言うべきか…申し訳無い》
言葉通りの気持ちだったのだろう、影継は蜥蜴丸に対して軽く頭を下げた。
《気にしなくてよい、影継殿。むしろ儂はあの馬鹿から放たれて少し清々しているところじゃ。あのまま仕えておったら戦場で犬死するのが目に見えておる。それならばこれを機に新たな主を探すのも一興じゃ!》
《では、我も貴甲の主探しに微力ながらも協力させていただいても宜しいだろうか?》
《おぉ、それは有難い!》
「なら、それまではここを拠点にでもしてくれ。狭いが釼甲庫に入れられるよりは自由に動けるだろうからな」
要は部屋の床を指差した。
これで二人と三領という、他の部屋に比べれば異様な密度になってしまうが、それでもスペースはまだ充分にあるので、そう提案したのだった。加えて主無しの釼甲は影継がそうであったように、協力者無しでは釼甲庫にて厳重に管理されてしまう。そうなってしまえば、蜥蜴丸の主探しは非常に遅くなる。それらも考慮した上での物だった。
《…御仁も、協力感謝する。それではどれほどの期間になるかは分からぬが、こちらで世話になる》
その真意が伝わり、感謝の意を表しているのだろう、低い位置にある頭を、顎が地面に着くのではないかと思うほどまで下げた。
若竹の釼甲は、数多の戦場をくぐり抜けた、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
《ところで儂はどこに寝床を構えれば良いのじゃろうか?》
だが、それも短い時間の出来事だった。
顔を上げた蜥蜴丸は得物を狙うような目で部屋全体を見回し、文字通り縦横無尽に這いずり回った。自分の身体に合うような場所を探しているのだろう、適当な空間に身を置いては《ここではない》といってまた別の場所へ、ということを繰り返していた。
《…今のところ空いているのはそこの机の下のみだ。申し訳ないが我慢していただきたい》
《布団横の空いている場所は…》
《我の場所だ。これだけは断固譲らん!》
堅苦しい挨拶を終えた二領は、気心のしれた友人との掛け合いのようなやり取りを繰り広げた。
「完治祝に来たぞ、要!」
「アンジェたちがお部屋から出て僅か十分…《黒いアイツ》も真っ青な驚異の回復力で御座います、要さん!」
「いや、アンジェ。その例えはどうかと思う…」
「あ、貴方たち…聞きつけるのが早すぎない?!」
《それは当然だろ? さっきから扉に耳つけて聞いていたんだから…》
「…何時から?」
「ん? 蜥蜴丸…だったか? が部屋に入って行くのを見かけてからだな」
先程置いていった飲料を開け、各人に注ぎながら龍一が答えた。
御影はその程度なら大丈夫だろうと安堵して息を吐いた。
《おぉ、綺麗所が揃っておるのぅ! どうじゃ? 儂に封神されてみるのは?》
「お断り……蜥蜴?」
「丁重に断らせてもらおう…ところでこの釼甲は確か風紀委員の…?」
「申し訳ございません。アンジェは極普通のメイドなので御力には…」
《はっはっは! 見事に振られてしもうたの!》
《まぁ諦めて別の神樂を探せということだ!》
《応! 励まし感謝するぞ、正宗殿》
「お前たち、時間が時間だからもう少し静かにしろ…蜥蜴丸も、今日のところはそこで勘弁してくれ」
騒ぎ始めた全員を宥めるように要が声を上げた。
傍から見ていた御影は、あまりにも平穏すぎるその光景に頬を緩めた。
「この部屋、騒がしくなりそうね」
和気藹々とした様子で話を始める一人と二領をみて、御影はそんなふうに零した。
芽吹きの季節は終わり、新緑が深緑へと育つ、夏が訪れる。
以下、神州千衛門影継の簡易性能表。
自律形態:鍬形虫
機体色:純粋な黒
兵装:太刀、鎧通し
飛火:単発持続推進
性格:非常に温厚であると同時に厳格
特徴:自律形態でも飛翔・戦闘が可能
自律形態:蜥蜴
機体色:若竹色
兵装:太刀、脇差、狙撃銃(後付兵装)
飛火:双発持続推進
性格:明朗快活ではあるが落ち着きもある
特徴:他の追随を許さない回復能力を持つ
※専門用語解説
甲鉄練度…釼甲の装甲の硬度。ただし単純に高ければ良い、というものではない。甲鉄練度が高ければ高いほど損傷の修復に時間がかかる。低ければその真逆。短期決戦型は高めに、長期戦型は低めに作られていることが多い。
以上一話完結です。一ヵ月長々とお付き合い有難う御座います。
現在筆者は今後の作品をより良いものにしたいと考えているので、時間があれば是非、感想や良かった点、悪かった点問わないので、遠慮無く聞かせてください。
それでは、また来月に。




