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影の護人《前》

「お疲れさん。いや~福原が封神しているのを見たときは少し焦ったが、まぁ何はともあれ、無事勝利してよかったな。これなら俺も特訓に付き合った甲斐があるってもんだ!」

「うむ、途中苛立ちもしたが、大きな怪我もなく済んで良かったな! …それよりも獅童、要の特訓について詳しく話してもらおうか?」

「え、あれ? いや…勉強会終わったあとに三時間ぐらい組手をやっていたんだが…聞いてなかったか?」

「よし、報告義務の放棄は確か軍則で厳しい罰があったはずだな…」

「お、落ち着いて話し合おう! …って聞く耳なしかチクショー!」

 木刀を手にとった椛に対して、龍一は応戦するために竹刀を取った。

 木と竹のぶつかる、乾いた音を聴きながらも、遥は御影を労っていた。

「…御影も…お疲れ…」

「あ、ありがとう…? だけど、まだ自分でも実感が湧かないのよ…私の神技であそこまでの威力が出るなんて…」

「凄まじかったですからね! アンジェあの時耳がキーン! でございました!」

 選抜試験終了後、要の友人は揃って彼の部屋で宴を始めていた。

 どこから持ってきたのか、炭酸飲料・清涼飲料・菓子がこの場にいる全員で食べきれるのかと疑いたくなるほどの量が運び込まれ、一人と一領を除いて全員が勝利に酔っていた。

「………主役抜きで盛り上がっている宴会についてどう思う、影継?」

《…良いのではないか? あまり褒められたものでは無いが…》

 扉を開けた要は、目の前に広がる光景に思わず立ち尽くしてしまっていた。既にメンバーの大半は出来上がっており、後から参加した彼はその盛り上がりに追いつけていなかった。

「おぉ、要? 遅かったな、先に始めて…って、その足はどうしたんだ!?」

「ん? …あぁ、これか?」

 椛が驚きながら指摘するのに対して、当の本人である要は別段気にした様子もなく答えた。彼の左足は痛々しいギプスが着けられており、少しではあるが血が滲み出ていた。

 普通に歩くにも支障が出ているようで、左手で松葉杖を突いていた。

「最後の一撃の反動で、な。釼甲があるから完治するのにそう時間はかからないようだ」

「あの時聞こえた砕骨音は要だったの!? 通りで退場するときに足を引摺っていたのね!」

「要さん、今すぐお座りになってくださいませ! アンジェに出来ることであれば何でもお申し付けくださいませ!」

「この大馬鹿者が! お前はもう少し自愛の精神を持て! 怪我が治るまでは安静にしていろ!」

「………そんなに慌てるような物じゃ無いのだが…ここは甘えておくか」

《そうしとけ、五十嵐の旦那。他人の好意はそう無碍にするもんじゃないぞ》

 何時の間にか後ろに回っていた正宗が、自身の角で要の膝を突き崩し、後ろに倒れ込んだ要を背に乗せてそのまま布団へと運んでいった。

 慣れた手際に驚きながらも要は抵抗することなく、布団の上でそのまま身を休めた。

《…まぁ、そういうわけなので…申し訳ないが、主の宴は後日落ち着いた時にでも…》

「それなら仕方がないな。ここで騒いで傷に響いてはいけないし…」

「…撤収…」

「要さん、お飲み物はこちらに置いておきますので、よろしかったらお飲みになってくださいませ…」

「それじゃ、正宗。俺は晩飯でも食いに行くからついてこい」

《諒解した》

 影継がそう頼むと、ほぼ全員がその場を後にした。

 部屋に残されたのは、要、影継、そして御影の二人と一領だった。

「…御影は行かないのか?」

「…少し、貴方と個人的に話をしたくてね…」

 いつもより穏やかな雰囲気を纏いながら、御影は布団の横に腰を下ろした。

「…影継の仕手が、貴方のような武人で、本当に良かったと思うわ。それこそ、四百年間影継に封神したことが大正解だったと思えるほどに」

 そう言って、御影は微笑みを浮かべた。

 見るもの全てを魅了するような、美しい笑みだった。

「…四百年前…要なら、その当時がどんな時代だったかはすぐに分かるはずよね?」

「…丁度、関ヶ原大戦の起こった時代だな」

 要の答えに、御影は静かに頷いた。

 関ヶ原大戦。

 史実に残される大和内における最大の合戦であり、大和全勢力を東西に二分し、互いに甚大な被害を残した対戦である。

 それまで太刀打ちのし合い、技と技・心と心の錬磨し合いであった合戦は、銃火器の技術が異国から流れ込んだことによって単純な火力のぶつけ合いへと移り変わってしまい、大和武人としての教示を持つ者は次第に姿を消していった。

「鍛冶師であった父に連れられて見た戦場は、ただひたすらにどす黒い欲望に満ち溢れていたわ…自身の立身出世や権力保護のために、敵の誇りをも容赦無く踏み躙り、ただ互いに殺戮し合う…見ているだけで吐きたくなるような…そんな戦いだったわ」

 御影の言うとおり、関ヶ原大戦は各地を守護していた大名による権力争いを戦争に持ち込んだ典型的な悪例だった。東西に別れてはいたが、両軍とも内部でのいざこざも絶えず、時には味方であるはずの者すらも容赦無く殺したという記述も残っているほどである。

 真実は要にとって定かではないが、少なくとも彼女…御影はその戦いを目の当たりにしていたようだった。震える拳を強く握り、俯く顔は怒りに少しだけ歪められていた。

「当然、そんな時代の中で求められる神樂は殺傷性能の高い神技を持つ女性……扱ってみて分かったとは思うけど、私の神技は普通の使い方では『人を殺すために優れていない』…そんな理由で、当時は嫌というほど迫害されていたわね…酷いときは釼甲で斬り付けられたこともあったわね」

 自嘲気味に語る御影に対し、要は無意識的に手を伸ばしていた。

「…でも、そんな中でも私にとって大きな救いがあったの…って、要。その手は?」

「…気にするな。続けてくれ」

 何事も無かったように手を引っ込めて、その手で痛みを和らげるように傷をさすった。

「…? まぁ良いわ…それで続きになるけど…要は関ヶ原大戦を終息させた武人を知っているかしら?」

「いや…いることは知っているが、名前は未だ不明だと聞いている。確か一人で『争いを大きくした将』を討ち取った『どちらの軍にも属さない』武人…」

 非常に大規模な争いであったがために、記録が完全ではなく所々欠落がある。故にその部分は人々の口伝によってのみ現代まで伝えられてきた。

「そう…一陣の風のように現れて、終戦後は一切表舞台に出ることの無かった、当時最強の武人が…」

 その瞳は何を見ているのか。

 要には分からなかったが、先程まで憂かない様子だった御影は、突如明るい表情へと変わった。

「太刀一つで道を切り開き、自身はどれだけ傷つこうとも、無駄な血は一切流さず…幼い神樂だった私は、そんな姿を見たせいか…一瞬で釼甲鍜治師の道を進もうと思ったのよ。あの人のような武人を助ける釼甲を打とう、と」

 思い出を語る御影はどこか照れ臭そうに、それでも話を続けた。

「今日の仕合…というより最後の一撃を観て、何となく影継が、私が選んだ相手が『貴方だった』理由が分かった…貴方は『あの人』にとてもよく似ていたのよ…」

「…俺はそんな大層なことは…」

「あとで試算してみて分かったけど…あの『電磁抜刀』、集中を切らしたりでもして太刀筋を間違えれば、発動は出来ても貴方の腕が使い物にならなくなっていた事が分かったわよ?」

「……!?」

「電磁抜刀は確認できた速度では音速を遥かに超えていたわ…暴発に回った熱量を完全に消費するためにはそれだけの威力が必要不可欠だったことも分かっているけど…そんな一撃を『決闘場にいた全員を』守るために、『自身が傷つくこと』を躊躇わず放てた貴方はその人と似ていたのよ」

「…そこまでの危険性があるとは思って…」

「…そこにある貴方が書いた『理論兵器』、悪いけど読ませてもらったわよ?」

「なっ!?」

 御影の口から出た単語に、要は思わず布団から跳ね起き、御影の指さす先を見た。

 本棚の中にある、一つだけ背表紙に何も書かれていない本に向かっている事を理解して、要は何も言えなくなった。

「磁気の反発・吸引力を利用して刀身を浮かせることによって摩擦を極限にまで下げ、筒…今回は鞘を代用して、磁極変換をすることで加速させる。問題点はと言えば、少しでも軌道がずれれば加速されすぎた白刃を抑えるものが無く、自身を傷付ける…正直にいえば、『電磁抜刀』の危険性についてはこれで知ったわ。貴方ほどの年齢でこれだけの兵器理論を確立していることも驚きだったけど…さて、これで『知らなかった』という言い訳は無しよ?」

 悪戯を成功させた子供のように御影は笑っていた。

 逃げ道を断たれた要は、諦めたように溜め息を吐きながら口を開いた。

「…『お前は、人の為に修羅と成れ』…」

「…?」

「俺の祖父が、死ぬまで言っていた言葉だ。…子供の頃から叩き込まれたことが、自然体を動かしていただけだ」

「成程、良いお爺さんだったのね?」

「孫に一切の容赦ない、大人げのない老人だったが…恐らくそうだったのだろうな」



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