風紀委員選抜試験《終幕》
《!? 敵機暴発及び武人の活動停止! …これはもしかして!?》
『釼甲の熱暴走と武人の熱量欠乏の同時発生だ。神技を続けて発動しようとした所為で仕手の熱量が不足した挙句、釼甲は過大供給される熱量に耐え切れずに暴発したということだ』
落下する若竹の釼甲を見て、要は静かに答えた。
釼甲は装甲した仕手の身体・自然治癒能力を高めることができ、飛火と疾駆によって空を駆けることも可能であるが、エネルギーの供給源が無限でなければ、釼甲も『物体』である以上、当然限界はある。
熱暴走は、連続的に神技発動を繰り返す…すなわち莫大な負荷を与え続けることによって起こる現象であり、釼甲が短時間に過大供給される熱量を対処しきれず、限界許容量を超えた瞬間に今の蜥蜴丸の様に暴発してしまう。
対して熱量欠乏は、武人が釼甲を稼動させる以上、常に武人から釼甲に熱量が供給される必要があるのだが、熱量…つまり原動力が尽きてしまうと一切行動ができなくなってしまう。
どちらかひとつでも起こってしまえば致命的であり、実戦ならば恰好の隙となり間違いなく殺されていただろう。
煙を上げながら若竹の釼甲は真っ直ぐに地に向かって落ちていった。
ただ、要は気を弛めることなくその若竹の釼甲を視線で追っていた。
何か、起こることに対して、備えるように。
《…とにかく、これで仕合終了というわけね…》
呆気ない戦いの終わりに御影が息をついたその時だった。
《御仁、五十嵐殿。聞こえるじゃろうか!?》
慌てた様子の金声が要たちに響いた。
口調から蜥蜴丸だと判断することが出来た要は落ち着いて反応した。
『蜥蜴丸殿か…聞こえているが、もしや…』
《あぁ、恐らく御仁の想像通り…熱暴走によって儂の暴発がもう一度起こりそうなのじゃ!》
《貴甲の暴発予想範囲は!》
《……恐らくこの決闘場全体が爆風に巻き込まれるじゃろう…》
《ちょっと待ちなさい…それって下にいる皆が…!?》
御影の意識は下で何も分からず様子を見ている生徒たちにむいた。異常を察して何か事を起こそうとする者は居らず、このままでは爆発が起こり、惨状が展開されるのは火を見るよりも明らかだった。
そして当然、福原・飯島も…
『影継、今すぐ蜥蜴丸の落下地点に回り込む! 飛火を全力で噴かせろ!』
《承知!》
それに対する要の行動は速かった。
飛火による推進力に加えて、大地の重力による加速は釼甲に莫大な負荷を与えた。
軋む鋼の音がかすかに響くが、少しでも弱めれば墜落に間に合わない…
大惨事を回避するために、要は一切の躊躇いなく飛火の火力を上げた。
一歩間違えれば、自身が砕けることも厭わず。
全速力で駆ける影継は先程までの戦闘に比べて圧倒的に速く、数秒で予想落下地点に到達することが出来た。
《要!? 何やっているの! 被害が出ないよう別の場所に吹き飛ばせば…》
『鋼の塊である釼甲がそう易易と飛ばせる訳がない! 加えて飛ばした先に誰か居れば甚大な被害が出るのは必至…ならば手段は一つ…行き場の無くなったエネルギーを生命保護装置で完全に消費させる!』
釼甲には基本仕手の命を最優先に護るための装置が備え付けられている。それが生命保護装置であり、仕手の熱量を消費することで武人の生命を『熱量がある限り』守る。
ただし、武人は釼甲という頑丈な鎧に覆われている以上、致命的な攻撃を加えることは至難の業であり、尚且つ装置が『その一撃が武人の命を脅かすもの』だと明確に判断しなければならないという絶対条件がある。
行き場の無くなった熱量を、全て消費させるような一撃を要求されるのだ。
《…!? けれど、私の神技じゃ一撃の威力なんてたかが知れているわよ! それどころか、全く攻撃向きじゃない神技よ?! そんなので一体どうやって…!》
そう、彼女の神技『磁気操作』は普通に発動すれば防御・牽制・囮として優れているが、攻撃に関してはほとんど役に立たない。
そのことは御影が神技のことを要に話したときに、充分に理解しているものだと思っていた。
要は御影の言葉の節々に何かを感じ取っていた。
無力感。
おそらく彼女は、この場面で自分の力が役に立たないと決めつけているのだろう。声は徐々にしぼんでいき、最後の言葉は聞こえないほど小さかった。
だが、要はそんな雰囲気を吹き飛ばすほど、力強く、堂々とした態度で、御影に語りかけた。
『…御影、神技の全権を俺に委ねろ』
《…え?》
要の真意が全く分からず、御影は無意識的に聞き返していた。
それを理解しながらも、要は言葉を続ける。
『…磁気操作…使い方を変えれば、どんな神技にも勝る、攻撃の手段に成り得ることを俺がここで証明してやる!』
要は言うと同時に、鞘に収めた太刀に右手をかけた。
左手は鞘に添える。
腰は低く、標的に対し半身に構える。
それは、まごうことなき居合の構えだった。
『―磁気収斂―』
見えない「何か」が鞘に集まり、大気が震える。
まるで何かに怯えるかのように。
まるで何かを怖がるかのように。
『晴嵐流合戦礼法―“覇竹”が崩し―』
間合いに入った若竹の爆弾に対し、構えた太刀を、一瞬で抜き払う。
『電磁抜刀―轟―』
名に恥じぬ轟音を響かせながら、その一太刀が振るわれた。
―電磁力の引力・斥力による、白刃の射出―
剣筋は音速を凌駕する、光速。
例え視認出来たとしても、放たれれば最期。
避けることも、受けることも許されない、神速の一刀だった。
鋭い一閃は鋼の塊を紙切れの如く容易く切り裂き、福原・飯島両対戦相手が釼甲から放り出されるように転げ落ちた。
爆破は一切なし。
上下に両断された蜥蜴丸は自律形態へと戻り、ゆっくりと彼の武人と神樂の元へ歩み寄った。両者共に生存しており、勢い余った太刀が福原の横腹を切り裂いていたが、傷は浅く、流れている血の量が少量であることから死ぬことはまずないだろう。
立っている人間から、倒れている人間から、そして釼甲の状態から、勝敗は誰の目から見ても明らかだった。
《………………え?》
御影も、当事者であるにも関わらず理解が追い付いていないのか、間の抜けた声を上げるしか出来なかった。
影継の鍔鳴りが静寂に響いた唯一の音だった。
そんな不気味な沈黙の中、一人の男の声が上がった。
「…これにて、風紀委員選抜試験を終了…勝者・五十嵐要!」
よく透る、佐々木の声によって、一つの激戦に幕が下りた。
―五十嵐 要―
所属・防人部隊(大和非正規国衛軍)及び天領学園
階級・中尉・一年五組
戦績・一戦一勝零敗(現在判明している時点において)




