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風紀委員選抜試験《壱》

 天気は良好、風雲はなし。

 澄み切った空の下、決闘場は異様な熱気に包まれていた。

 というのも『無能・五十嵐要』の風紀委員選抜試験という、何も知らない人間からすれば前代未聞の仕合が始まるからであった。

 場の中央には既に、事の張本人である五十嵐要が静かに佇んでいた。

 目をつぶり、腕を組み、堂々とその場に揺らぐことなく立っていた。

 そんな要に対しては、語ることすら汚らわしい言葉が投げつけられていた。

《…にしても、この野次馬の数は一体…》

 暴言の雨の中、静かに立ち尽くす要を眺めながら、正宗は龍一に金声で語りかけた。

「要の対戦相手となる…なんだっけ、福原というやつが大仰に告知した結果というべきだろうな。昨日には既に学園中の注目の的になっていたぞ」

《純然なる仕合として、か?》

「いや、一方的な合法的虐殺として」

 龍一がそう断言すると、正宗は気分悪そうに嘲笑した。

《はっ、胸糞悪い! 大和武人として、大和神樂として恥ずかしいと思わないのかね? 先達が聞けば怒り狂うことは間違いないだろうな》

「仮にも『防人』を目指す人間がすることでないことは確かだな。要の親友としては今すぐこの場で切り捨てたい気持ちで満ち溢れているが…」

「ここで騒ぎを起こせば更に要の立場が悪くなるだろう。本気でも物騒なことを言うな」

「お、ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」

 声のした方向に龍一が顔を向ければ、いつもの面々がそこに居た。

 どこかで合流したであろう遥も、場の雰囲気に少し怯えながら龍一の前に表れた。

「…お邪魔します…」

「よし、遥は俺の隣に座れ。ここが一番よく見えるぞ」

「…本当だ…」

「それじゃあ私たちも失礼して…」

 そう言ってやってきた全員が席に着いた。

「……くぁぁあ…」

「? 龍君、寝不足?」

 龍一が大きな欠伸をすると、遥が龍一の体調が心配になったのか、覗き込むようにしながら尋ねてきた。

「ん? …あぁ、ちょっとこの一週間睡眠時間を削っていたからな…この仕合が終わったらゆっくり休もうと思う」

「…うん…気をつけてね?」

「諒解」

 龍一が遥の頭を撫でていると、時間を確認した椛が苛立たしげに口を開いた。

「…まだ相手は来ていないのか?」

「みたいね。約束の時間はとっくに過ぎているのに…」

「…宮本武蔵?」

「さっきから続いている暴言で精神的に参らせるつもりかもしれないという意味では正解だ。並みの人間なら仕合に支障がでてもおかしくないからな」

「あぅぅ…さっきからアンジェの方も心が折れそうでございます…これを全身に浴びている要さんはもっと辛いのでは…」

「…だとしたら、この仕合…要が不利になるのか?」

 心配になった二人は少しだけ身を乗り出した。

 五日間、自分との約束のせいで訓練の時間が無くなったと思っているアンジェ。

 手伝おうにもほとんど拒否されて何もできなかった椛。

 二人の内心は申し訳なさでいっぱいだろう様子がありありと滲み出ていた。

「まぁ、そんなことで心を乱すようだったらとうの昔に自主退学しているだろうよ」

「…ところで結局、神樂は無しの仕合なのかしら?」

「そうだと言っていたな。昨日の夜中に蜥蜴丸という名前の釼甲がわざわざ連絡に中庭にまで来ていたよ。なんだか要と俺に対してはやたら好意的だったが…」

「………蜥蜴丸さん…ですか?」

「地方では結構有名な武家の釼甲だったわね。一度だけ影継を錬造する前に話をしたことがあるけど、かなり客観的に評価のできる名甲、というのが私の印象ね」

「……御影さんは知っているのですか?」

 興味をもったのか、遥は御影に尋ねた。

「確か…当時の仕手は福原家当主藤四郎という人だったかしら…? 少し自我の強い仕手だったけど、それを蜥蜴丸が上手く操縦する…といった感じだったわね」

「しかし俺の正宗の事を知っていたといい…御影ちゃんは神樂としては非常に珍しいタイプだな…」

「私の神技は扱いづらい事で有名で、こっちが協力したいと思っても、武人側から断られる事が多くてね…父親の釼甲錬造を見て、これしかないと思ったのよ。勉強のために大和中の釼甲は一通り学んできたわ」

「そういえば御影の神技は、一度も見たことが無いな」

「制御自体が非常に繊細なものな上に、当時は目に見えないものだったから理解されなかった…とだけ言っておくわ…っと、ようやく敵のお出ましね…」

 御影が指を指した方向には、その通り既に若竹色の釼甲を纏った男が中央に向かってゆっくりと歩いていた。

 二メートルはあろう鋼の塊と、要が真っ直ぐに対峙する。

『良く尻尾を巻かずに現れたな。度胸があるのかただの無謀か…取り敢えず褒めておこう』

「…一応礼は言っておく。それで…本当に仕合は『神樂』無しの白兵戦で相違無いな?」

『その通りだ。勝敗に関して言えば、どちらかが降参するか、明らかに釼甲が戦闘を続行不能になるほどの損傷を受けた場合のみ…異論は?』

「無し…と、訂正。互いに殺傷はしない、俺からの提案はそれだけだ」

『命乞いか?』

「警告だ」

『減らず口だけは一流だな? …ならば、構えろ』

 言うと同時に福原は太刀を下段に構える。

 それに応じるように影継が突如空から降り立った。

 予想外の釼甲の登場に、会場は騒然となったが、要からしてみれば雑音にすらならなかった。

 要は『装甲の構え』を取る…


《これより修羅を開始する

 鋼の志は如何なる障害にも折れる事無し

 我、天照らす世の陰なり!》


 装甲の祝詞を唱えると、影継は光と共に分裂し、その鋼で要を覆った。

 次の瞬間には、陽光すら飲み込むのではないかと思ってしまうほどの、漆黒の釼甲がそこに居た。

 会場は信じられない光景を目の当たりにして、更なるざわめきを生んでいた。

 数物釼甲すらも纏えない男が、見たこともない業物釼甲に身を包んでいるのだ。

『それじゃあ、仕合開始だ!』

 要が構える前に福原は自身の太刀で、要の胴を容赦無く狙った。

 地から昇り来るような鋭い突きが、要の喉を貫こうとした。

 だが、漆黒の武者は戸惑うことなく左腰に差した鎧通しを抜き、福原の一刀を受け流した。

『なっ…!?』

 勢いの止まらない切っ先は黒鉄を穿つことなく、そのまま虚空を突き、無防備な胴を曝け出してしまった。

『ヲォオオォ!!』

 漆黒の武者はその隙を逃すわけもなく、振り払った脇差の白刃の向きを変え、鋭い袈裟斬りを叩き込んだ。

『ごがぁ!?』

 あまりの衝撃に数歩退かざるを得なくなった姿勢を無理矢理立て直した。

 想像すらされなかった展開に、周囲の観客はざわめきを通り越して沈黙していた。

《…奇襲をするな、とは我も言わない…だが、相手を間違えたな》

『ま、待て…! つい最近まで釼甲を扱えなかった人間が、どうしてここまで動くことができる!?』

 確かに釼甲は装甲した武人の身体能力を飛躍的に向上させることができる。だが、並みの人間であればその『急激に上昇した身体能力』に慣れるためには相当の時間を要する。

『たかが一年坊に…この俺が一撃を食らうと!?』

『…あぁ、そうか。一つだけ自己紹介で言い忘れていたことがあったな…』

 鎧通しを八相に構えて、漆黒の武者は自身を明らかにした。

『大和非正規国衛軍―通称『防人部隊』所属中尉、五十嵐要…推して参る!』

 名乗り上げると同時に構えた鎧通しで再び福原に襲いかかる。

 踏み込みから無駄な動作無しの袈裟斬りは、鋭く福原に襲いかかった。

『クッ!』

 飛び退くことで福原は初撃を紙一重で避けることが出来たが、漆黒の武者は第二撃を繰り出そうとしていた。

『蜥蜴丸! 飛火を点せ!』

《諒解》

 背についた二つの飛火が火を噴き、下からの切り上げを、飛び越えるようにして避け、そのまま宙へと飛び立った。

 空を斬った鎧通しを再び構え直して、若竹の釼甲が逃げていった方向に視線を向けた。

『影継、俺たちも追うぞ!』

《承知!》

 掛け声と同時に一つの飛火に火が点り、若竹の後を追うために爆音を響かせながら宙へと舞った。

 二つの鋼による戦いは、大半の観客の予想を裏切った序幕によって始まった。

 唖然とした観客は何も言えなくなっていたが、その中で一人口火を切ったものがいた。

「初撃は上々…だな。後は余程の事が起こらなければ勝ちは確定、と」

 龍一が後ろ手で仰け反りながら視線で漆黒の釼甲を追っていた。

「あわわわ…! それに不意打ちを受け流して反撃とは…圧倒的でございます!」

「…隙が…全くない…」

「ま、待て! 要が軍人!? 中尉!? それに『非正規国衛軍』!? 龍一はそのことを知っていたのか!?」

 御影除く女子三人は混乱の極みに達していた。

「ん? そりゃあ知っているも何も…要は俺の上官に当たる武人だからな」

「あら、ということは龍一も軍に所属している、ということ?」

「早い話、そういうことだ。俺は少尉の未熟者だけど、な」

 突然の話で、その場にいる全員が言葉を失っていた。

「さて、身の程知らずに格の違いを見せつけてやれ」


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