《幕間》
小ネタです。クスリとでも笑っていただければ幸いです。
「お帰りなさいませ、要さん!」
「…ただいま…か?」
寮の自室に戻ると部屋の中央に置かれた机で龍一がアンジェに何かを教えているところだった。疲弊した龍一は机に突っ伏しており、手だけで要の帰宅に応じていた。
「…龍一に何があったんだ?」
「えっと、ですね…実は先程まで獅童さんに英語を教わっておりまして…」
「成程、龍一の気持ちは良くわかった」
「まだアンジェ冒頭しかお話しておりませんよ!?」
「英語という単語が出てきた時点で何があったかは充分に予想できる。この三ヶ月間、アンジェに全科目を教えたのは誰だ?」
「えっと…要さんです…」
何も言えなくなったアンジェは子兎のように体を小さく丸めた。
同時に龍一も回復したのか、ようやく顔を上げた。ただ疲労を隠すことなく顔に出していた。
「…要…」
「何だ?」
「俺…今まで要の苦労、何も解っていなかったな…これだけ難しいことを毎日して、平然としたお前がつくづく凄いと感じた…」
「…アンジェは英語だけが何故か駄目だからな…他の教科ならそこまで疲れるようなことは無いが…」
「あうぅぅう…面目ございません」
「さて、教師交代だ。龍一はもう休んで良いぞ?」
「済まん、俺はもうこれで一日を終わりにする…夕飯はいらないから、起こさなくて大丈夫だ…」
「そこまでか…」
龍一は覚束無い足取りで二段ベッドの上に登り、横になるとすぐに寝息を立てて寝入ってしまった。普段就寝前に筋力トレーニング一通りをしてから眠るのを知っている要にとっては思わず驚いてしまうほど珍しいことだった。
「それじゃあ、俺が居ない間に何処まで進んだか教えてくれ」
「はい…ここから、ここでございます」
アンジェが示したのは教科書で一ページにも満たない数行という非常に少ない量だった。
その進み具合に要は頭を抱えざるを得なかった。
「…一度基礎からやり直してみるか…」
「申し訳ございません…」
涙ながらにアンジェは頷き、要が本棚の奥から取り出した中学時代の教科書で夜の講義が始まった。要・龍一の部屋から灯かりが消えたのは、日を跨いでからだった。