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宣戦布告《福原》

「お前が五十嵐君で間違いないか?」

 決闘場の出口に差し掛かったところ、突如要は後ろから声をかけられた。

 声のした方向に体を向ければ、『風紀』の腕章を着けた男子生徒がそこに立っていた。

 記憶にある顔と合致する人間がいなかったのか、要は少しだけ警戒したような表情で応えた。

「…失礼ですが、あなたは?」

「おっと、名乗りが遅れたか…? 俺は福原浩ふくはらひろし、見てのとおり風紀委員所属だ」

 そう言って福原は腕章を見せつけるように突き出した。

 紛うことなくそれは学園の風紀委員が学内領活動時に限り常時装備を義務付けられているものだった。

「それで、もう一度聞こう。お前が五十嵐君で間違いないか?」

「…その通り、ですが、天下の風紀委員様が自分に何の用でしょうか? 規則違反などをした覚えもするつもりもありませんが…」

「いや、匿名の生徒から君がぶつかったにも関わらず謝らない…むしろ逆に手を上げようとしてきた、という連絡があったものでね…」

「……あぁ、昨日の…」

「自分でも理解しているのなら話は速い。風紀委員として君を粛清させてもらう!」

 大分内容が歪曲されていることを話そうとしたところ、福原に遮られた。

 問答無用に左拳を振り上げ、胴を目掛けて正拳突きをしてきた。

 避けようともしない要の腹に拳が入り、少しだけ衝撃で要が後退した。

「フッ…」

「もう一丁…!」

 次いで福原が右の拳を振り上げたその瞬間だった。

《止めい、この馬鹿あるじ!》

 どこからともなく声が二人の耳に入った。

 同時に福原は拳を要の眼前で止めた。

 要は声のした方向に顔を向けると、若竹色の爬虫類の形をした何かが廊下の陰から表れた。

「何だ? 釼甲が主人に刃向かうつもりか?」

《数物のような命令を聞くだけの物と同一にするでない。儂とて己の意志はある。我道に背く行為はたとえ主であろうとも看過せんわい》

 そうして爬虫類の釼甲は主人であろう福原を退かすことによって要に向き合った。

《儂の馬鹿主が手を上げたことに詫びよう。お尋ねするが、飯島可怜の名に聞き覚えは?》

「…先日、神樂科一年の紫亜女子にぶつかった際、幾つか話をした女子が確かそのような名前だったと…」

《…来度はその嬢の言い分を聞いて参上した限りじゃ。が、見たところ嬢が言うようなことをする武人には見えぬ…五十嵐とやら、貴殿の言い分があればお聞かせ願えるだろうか?》

「おい、貴様! 何を勝手に…!」

《黙れ屑、儂の話の最中に口を開くな》

 よくわからない主従関係に疑問を抱きつつも、要は口を開いた。

「……自分から言うべきことは何もありません」

《…それは飯島嬢の言が全てということか?》

「どのような話をされたかは知りませんが、少なくとも昨日の一件には自分にも原因の一端はある、ということです。退学・休学等の厳罰は抗議しますが、それ以外ならばできる限り…」

「だからこうして粛清を…!」

 福原が憤った様子で要につかみかかろうとしたところ、突如上方から福原に立ち塞がるように何かが降り立った。

《主への無礼…これ以上我が許さん》

 天井から降りてきたのは、今まで様子見をしていたが我慢の限界に来て怒っていた影継だった。

「……!? お前は確か釼甲を扱えない男だったはずでは…! 話が違うぞ!」

《現状を受け入れろ、この馬鹿主。此方の御仁も何かしらの事情があったのだろう。加えて儂はこの御仁あの飯島嬢の話していたような武人には到底見えん》

 更に憤る福原とは対照的に、冷静沈着な若竹色の釼甲。

 釼甲がしばらく福原を宥めていたが、どうしても会話が噛み合っていなかった。

「俺の女に手をだした事を見過ごせ、というのか!」

《一つの視点に囚われず、客観的に事実を見ろと言うておるのじゃが…仕方無い…》

 向きを改めて要に向けた釼甲は、金声で要に話しかけた。

《申し訳ないが、これから少し儂に話を合わせていただきたい。詫びは後ほどもう一度…》

 真意を掴めずも、真剣な様子であった釼甲を無碍にできず、要は視線だけで諒解した。

《………?》

 影継も聞こえたのだろうか、小さく声を上げていた。

《主はこの人間に制裁を与えられぬことが不満というのならば…どうじゃろうか、ここは武人らしく決着を着けてみては如何か?》

「…何?」

 突然の釼甲の提案に福原は思考が僅かについて行っていないようで、疑問の声を上げた。

 そんな主人を無視しながら話を続ける。

《都合の良いことに、現在主が所属している風紀委員とやらは人材不足で引き抜きをしている真最中じゃろう? 名目は『風紀委員選抜試験』ということで…》

「そこで遠慮無くたたきつぶせ、ということか?」

《…早い話がそうなるのぅ…他の人間もそれで粗方納得はするじゃろうし》

 嬉々とし始めた福原の様子を見て、ようやく要も納得がいった。

「…自分はそれで何ら問題はありません。日時や内容は…」

「よし、ならば明日にでも装甲して試合を…!」

「申し訳ありませんが、決闘場はこの一週間利用予約がいっぱいなので…来週のこの時間辺りならば空いていますが…?」

 意気込む福原に水を差すように佐々木が表れた。

「……………」

「……………」

《……………》

《……………》

 その場にいる全員が黙り込んでしまった。

 嫌な沈黙が数秒流れた。

「…来週ならば、自分にも余裕があるのですが…」

《御仁にはつくづく気を遣わせて申し訳無い》

 沈黙に耐えかねた要がそう言うと、若竹色の釼甲は心底申し訳無さそうに金声で要に謝った。

「…分かりました。それでは申請をしてきますので、二人は帰って大丈夫です…では」

 踵を返して、佐々木は決闘場事務室へと歩いていった。

「き、決まりだな! なら一週間後に『選抜試験』を行う! それまで首を洗って待っていろ!」

 それだけ言い残すと、福原浩は去っていった。

 自分の釼甲を残して。

「…追わなくて良いのか?」

《…それよりも先に謝らせていただきたい…来度こたびは儂のある…馬鹿が迷惑をかけたのぅ》

「言い直したほうが悪化しているな」

《より相応しい呼び名に変えただけじゃ。気にするでない。それよりも済まないのう、馬鹿が御仁を巻き込んでしまって…》

 そう言って若竹の釼甲は頭を下げた。

 顔が地面に近いため、目立たない動きではあったが、注意深く見れば僅かに顔が上下したことが分かった。

《…貴甲、もしや蜥蜴丸とかげまる殿では?》

 思い当たる節があったのか、影継は若竹の釼甲をじっくり見て釼甲の銘を口にした。

 それが正しかったのか、老人口調の釼甲は影継の方に一度視線をやった。

《…申し訳無い、貴甲とはどこかでお会いしただろうか?》

《…いや、我の記録情報にあった釼甲の図と貴甲が一致したので尋ねたのだが…》

「蜥蜴丸…俺の記憶が正しければ大秋山村に住んでいた福原平衛門が携えて化け物狩りをしたという妖甲だったが…」

《儂を知っているとは…御仁はその若さでかなり博識のようじゃな…しかし、懐かしい名前が出たものじゃ…》

「その自律形態は…蜥蜴、か?」

《その通り…名が体を表したのか、体が名を表したのかは今では昔のことで忘れてしまったがな…》

 要の問い掛けに、蜥蜴丸は自虐気味に笑って答えた。

 しかし、蜥蜴丸の忘却も仕方の無いことだろう、蜥蜴丸が練造されたのは壇ノ浦合戦お後、一時は英華を極めた平家が落ち武者となって逃亡に逃亡を重ねていた頃の…つまりは約九百年も昔の話だ。

《…しかし貴甲のような妖甲が何故あのような武人らしからぬ人間の釼甲となっているのだろうか?》

《…大恩ある平衛門殿に酬いようと、長年福原一門に従った結果じゃな。どこかで区切れば良いものの、それが平衛門殿に背く行為になろう気がして、今日まで抜け出せずに仕えてしまった結果じゃ》

 悲しそうに、亡き戦友を思っているのだろう、蜥蜴丸は何となしに空を見上げていた。

 暫しの沈黙が続いた。

 その間、要と影継は静かに次の言葉を待っていた。

《…貴甲の銘は…? 近付きの印に是非》

《神州千衛門影継…まだ世に出たばかりの若輩故に、至らぬ所が多いだろうが、蜥蜴丸殿には是非御教授願いたい》

《ははは…老骨に期待するだけ無駄じゃよ……世俗の事ならば、仕手に教わることが最善…儂が教えられることはと言えば、精々心構え位じゃろうて》

 …蜥蜴丸は楽しそうに笑いながら答えた。

 数百年の時代の波に揉まれた古釼甲と、陽の光すら浴びなかった新釼甲。

 傍からみれば、そのやりとりは祖父と孫の関係のようにも見えた。

《…では、儂もそろそろ行かねばならんので、これで失礼させてもらうとするかのぅ》

《…それでは、七日後…貴甲との仕合、心待ちにしよう》

《あぁ、儂も久々に骨のある釼甲と仕合えるのは楽しみじゃ》

「仲裁、感謝します。蜥蜴丸殿」

 要は誠意を表すために、頭を深く下げた。

 その様子を横目で見ながら、蜥蜴丸は呟いた。

《…出来れば、御仁があの馬鹿を打ちのめしてくれることを願おうか…》

 風に吹き消されるほど小さな声は、要と影継には届かなかった。

 要が顔を上げた時には既に若竹の釼甲は姿を消し、一人と一領だけが残された。

 新緑が風に揺れて静かにざわめいていた。


 読んでいただいた方々に感謝の意を込めて、短いですが一時間後に小ネタを挟みます。ネタ成分多目のヒロイン・アンジェとの小さなやりとりです。

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