模擬戦闘『乙竜 対 丙竜』《弐》
「…あの様子だと飛火に一撃をもらって騎行に支障がでた、というところか?」
「正解。肩部駆動式砲台を使用した際に丙竜が衝撃で速度を落とした。砲弾を避けつつ乙竜が丙竜の上部を飛んで、すれ違い際にひと振り見舞ったというのが詳細だ。途中丙竜が幾らか氷の神技を放っていたが…どれも大きなダメージにはなっていないな」
「…だとしたら、もうほとんど決着だな」
既に先が見えたのか、武人二人は戦闘から視線を外した。要だけが最後まで見届けようと空を駆ける釼甲を見ていた。
「さて…少なくともここで一手返すことが出来るが…どうするかが見ものだ」
飛行が不安定な丙竜に対して止めを刺すために、乙竜が飛火を全開にして向かっていった。短機関銃は既に不要になったため、手に持っているのはひと振りの太刀。
上段に構えたそれを、敵の顔面に向かって素早く振り下ろす。
ただ、要の予想通り、丙竜の仕手もただ黙ってやられる訳ではなかった。
最後の悪足掻き、という印象は否めないが、先程要と龍一が『申し訳程度』と批判した脇差を抜き払い、迫る乙竜へと切っ先を向けた。
《雪花散らして露祓う
無垢なる氷刃、敵を討つ!》
それは神技全力開放の祝詞だった。
丙竜の武人と神樂の声が重なり、決闘場にいる全員に響きわたる。
祝詞が唱えられると、突き出した脇差が突如大幅に伸び始め、その長さは乙竜の太刀にも勝る刀身になっていた。
《成程、散り際に丙竜の戦法ではなく大和武人本来の戦い方に変えたか…見事》
物陰に隠れながら観戦しているであろう影継からそんな言葉が漏れた。
周囲もその言葉を聞き取ったのか、椛・アンジェは影継がどこにいるのか辺りを見回して探し始めたが、それらしき影は無かった。
「釼甲の金声よ。指定した人間にだけ聞こえる暗号通信のようなもので遠くからでもかなり鮮明に聞こえるから、探しても無駄だと思うわ」
「えっと…テレパシー…念話のようなものでございましょうか?」
「似ているけど少し違うわね。念話は素質がなければ出来ないけれど、金声は釼甲が認めた相手なら…大体一里(およそ4km)位離れていても聞こえるようになるわ。と言っても、人間から釼甲は仕手となった武人しか出来ないけどね」
《驚かせた様なら申し訳無い》
「いえいえ、大丈夫でございますよ」
顔の前で手を振りながらアンジェは答えたが、その様子に御影は呆れた様子で応えた。
「いや…だから影継の仕手…つまり要以外は何言っても聞こえないんだって…」
「あ…」
《いや、アンジェの身振りで何を語っているか容易に想像できたので気になさらず》
一方的な通話だというのにも関わらず会話がある程度成立していた。
そしてそのやりとりの間でアンジェは影継の居場所を突き止めたのか、決闘場大壁の上に向かって頭を下げた。
《…まさかこの場所にいると分かるとは…アンジェは忍か何かか?》
「…俺は一般人だと記憶しているが…と、丙竜の一撃が当たったな」
要が話すとおり、氷の刃が乙竜の肩部にまともに当たり、一度体勢を崩しかけたが、すぐに立て直して勢いを殺すことなく返し手のひと振りをぶつけた。
そこで試合は終わったのだろう、両釼甲はゆっくりと地上に降りて互いに装甲解除をした。武人神樂を合わせた三人がかなり疲弊しており、丙竜の仕手に至っては膝をついて息を荒くしていた。
その中で唯一平然としているのが、乙竜に同乗していた女子生徒だった。
「……彼女が、佐々木教諭の話していた風紀委員の?」
「正解。二年の神樂科ではかなり有名でかつ相当な実力者だ…今回のような模擬戦闘で毎回出場しているが、彼女が息を切らしているような場面は見たことが無いな…」
椛の質問に対し、佐々木は紫煙を吐き出しながら応えた。
凛然と立つ少女は観戦していた生徒の歓声に答えるように全体に向かって手を振る余裕さえも見せた。
少しウェーブのかかった長髪を揺らしながら手を振り、ゆっくりとその場から乙竜を装甲していた男子と共に去っていった。
「……………?」
そんな彼女の表情を見ながら、要は顎に指を当てて首を傾げた。
「? どうかなさいましたか、要さん?」
その気配をまっ先に感知したアンジェが尋ねてきた。
「…いや、どこかで見たことがあるような顔だったんだが…それが思い出せなくて…」
「…そういえばあの人の名前は」
「知らん。二年の石頭共が話題にしていたのを聞きかじっただけだから詳しいことは、な」
龍一の疑問を両断(ただし未解決)して、佐々木はタバコの火を握りつぶして消した。
「…名前は多分知らないから、聞いても分からないだろう…気のせい、ということも有り得るだろ…う?」
言葉を続けている最中に要は横から鋭い視線を当てられていることに気付いてそちらの方を見た。
そこにはどこか不機嫌そうに睨みつけている椛がいた。
「…済まない。椛がそんな表情をする心当たりが一片たりとも無いのだが…」
「…女友達は作っていない、と聞いたが、顔は知っているんだな、と思っただけだ。他意はない」
明らかに他意のある態度を取りながら、椛は席を立った。
講義の代わりに一試合観戦する、ということだったので、周囲の生徒も未だ興奮の冷め切らない様子で教室へと向かい始めていた。
既にほとんどが決闘場観戦席から離れ、残っているのは要のグループとその他試合の感想を言い合っている生徒くらいだった。
椛の後をアンジェと御影が続き、龍一は遥を迎えに要たちの居た場所から離れ、佐々木はいつの間にか居なくなって、要一人が残された。
「…俺もそろそろ戻るとしよう…」
立ち上がって真っ直ぐに決闘場の出入口へと向かった。