表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/117

模擬戦闘『乙竜 対 丙竜』《壱》

 光陵学園の大訓練場は別名『決闘場』と呼ばれる。

 広大な学園の土地の内三分の一を占めており、国内でそれ以上の規模を持つ訓練場は恐らく大和国衛軍の総合火力演習場とかつて大戦場となって現在もその状態を維持されている関ヶ原位だろう。

 五限開始から十五分。生徒一同が見下ろす先には二領の釼甲が今にも太刀打ちしようとしていた。

「要、お前は乙竜と丙竜どちらが勝つと思う?」

 要の後方から頭を出して龍一が尋ねてきた。

 要はその質問をされてから一度決闘場にたつ二人の武人を見て、少しだけ考えたがすぐに答えが出た。

「…始まってもいないことを尋ねられても…と言いたいが、俺は乙竜…たしか風紀委員が装甲しているほうだと予想するな」

「成程、意見が違えば明日の昼食を賭けようと思ったが…残念同じか…」

 軽く残念そうに後ろ頭で手を組んで仰け反った。

「要と獅童は始まる前にわかるのか? それに丙竜のほうが最新型の釼甲だろう?」

「はー…あれが大和釼甲の乙竜と丙竜でございますか~。実物を見るのは初めてなので、アンジェにはどっちがどっちなのか…」

 隣で少し緊張した面持ちをした椛が二人に問い掛けた。その隣に座っているアンジェは初めて見る二領の釼甲に感心した様子だった。

 椛の質問は釼甲を詳しく知らない人間なら至極当然のものだ。

 大和国衛軍制式採用釼甲、二代乙竜と三代丙竜。

 初代機に甲竜があり、全てが数物の釼甲である。

 それぞれに特徴があり、どれが優れている、とは断言できないが、現在釼甲での戦闘は多数を相手にできる事を重要視されているために丙竜のほうが他の釼甲より鋳造されているのは事実だ。

 更に言えば、丙竜は最も改良される事が多く、ここ数年でかなり重武装になっている。

「…近接攻撃に特化した甲竜、遠近両用ではあるが特に目立った特徴がない乙竜、そして近接攻撃は申し訳程度に備え付けられた脇差のみという遠距離特化型の丙竜ということは知っているな?」

「あぁ。それに、丙乙甲の順で戦場での戦績が良い、ということも知っている」

「…うん、間違ってはいない。間違っていないけど…」

 傍から聞いていた龍一はどう説明しようかを悩んでいた。

 基本的な性能は代を重ねるごとに強くなっている、というのが数値上のものである。そのため素人では後継機である丙竜が有利と考えるのが普通である。

男二人は決闘場の中央に視線を移して続ける。

「それはあくまで『多対多』の状況下に置いての話だ。群れと群れをぶつけ合う現代合戦戦法をとる場合は遠距離で攻撃できる丙竜は非常に大きな戦力だが、白兵戦に置いてはむしろその遠距離で攻撃出来るという利点が欠点になりかねない」

「…それは…なぜだ?」

「丙竜に備え付けられているのは先程要が言ったとおり、脇差一振りと連発式機関銃ガトリング肩部駆動式砲台ショルダーカノン…対して乙竜には太刀、脇差と遠距離攻撃には短機関銃サブマシンガン…混戦状態になれば丙竜の重火器はとてつもない驚異だが、一対一の白兵戦では小回りが重要になるから、比較的軽装備である乙竜の方が有利なんだ」

「他にも判断材料はあるが…まぁこれは言わないほうが良さそうだ」

 そう言って要は獅童の右の席に視線を移した。

「本当にお願いしますよ、五十嵐君に獅童君…私の講義を先取りしないでくださいといつもお願いしているでしょう?」

 いつから居たのだろうか、獅童の横で佐々木がため息まじりで呟いていた。

「分かっています」

「あら、先生は何時の間に?」

「五十嵐君と獅童君が説明を始めた辺り…ですね。相変わらず二人相手に教えるのが嫌になるほど説明上手で…」

 御影が不思議そうに尋ねると、佐々木は躊躇うことなく応えた。

 苦笑いしながらも佐々木は真っ直ぐに戦いの場となる場所を見つめた。

「補足をしますと釼甲は地上を走るよりも空を飛火で飛んだほうが遥かに速いので、基本の戦いは空中戦になります…性能は数値の上では確かに丙竜のほうが勝っていますが、火力に重点を置いたがために自身の装備による重量で、速力の点で言えば乙竜の方が勝っています」

「…それで、白兵戦では乙竜のほうが有利、ということですか?」

「それもありますが他にも判断理由は…そうですね、実際に見たほうが早いでしょうね。ほら始まりますよ?」

 佐々木が指を指した決闘場では既に一合太刀打ちし合い、それを合図に二領の釼甲が同時に空へと駆けた。先行しているのは装備が軽い乙竜の武人であり、丙竜の武人はそれを追うように騎行していた。

 互いの飛火の火力から、どちらも速力全開で騎行していることが椛にも分かった。

「…性能が数値だけでは判断できない、というのは本当だったのですね…」

「戦いは様々な要素が絡んでくるために、一点から見るだけでは分からない事の方が多いのですよ。複数の視点を組み合わせて、ようやく朧気な実像が現れる…これは神樂の方にも当てはまるので覚えておいてくださいね…と、丙竜が機関銃を出しましたね」

 後行の丙竜は取り出した物で先をゆく釼甲に狙いを定めて引き金を引いた。

 次の瞬間、絶え間無い破裂音が空に響き渡り、鋼の塊が先行する乙竜に容赦無く襲いかかった。

 だが、敵の仕手もそのことは想定内だったのだろう、右へ左へと揺れることで機関銃の標準を合わせないようにし、弾丸を避け続けた。多少の被弾はあったが、どれも騎行に重度の障害を与えないような部位ばかりだった。

「…あの弾丸の雨を、あれだけの動作で避けるなんて…それも後方を確認せず!?」

「武人の男子の腕もあるのでしょうが…どちらかと言えば彼をサポートしている神樂によるところが大きいですね」

 驚きの声を上げる椛は今にも立ち上がりそうな勢いだったが、それを要が抑えた。

 そんな様子に気付きながらも佐々木は静かに説明を続ける。

「乙竜の仕手の名前は知りませんが、その神樂はこの学園の風紀委員長で、神技の使い方に関しては一級品です…それに加えて、かなり精確かつ迅速なサポートが彼の実力を十二分に発揮させています」

「…神樂は神技を出せば良いのではなかったのですね…」

「それが分かっていただければ今日は十分です。どうしても戦闘中は死角の状況確認がしにくくなりますので、全域を視認できる神樂のサポートは必須になります」

「…そういう意味ではアンジェあたりが最適な気もするが…」

「気を配ることには自信がありますが、神技の無いアンジェでは足でまといになるのが目に見えます…」

 申し訳無いという表情をしながら、アンジェは律儀に答えていた。釼甲による戦闘にかなり興味があるのだろうが要によって話題に出されたことで、先程まで釘付けになっていた視線を、無理矢理はがしてまで答えた。

「…ところでスプリングスノーさんは五十嵐君から学園の講義内容を教わっていましたね…調子はどうですか?」

「はい! 毎晩の授業が楽しくて仕方がありません!」

「そうですか。せめて私の講義でも受けさせることが出来ればよかったのですが…残念ながら他の石頭共の反対意見が多くて…」

「…佐々木教諭、今なら無理して皮を被らなくてもいいんじゃ…?」

「…そうだな、さすがに四六時中この話し方は疲れるから…と」

 龍一が指摘するとすぐに佐々木は姿勢と口調を崩した。

 教服のポケットに入れていたタバコの箱から一本だけ引き抜いて、流れるような動作で口にくわえて火を点けた。

 佐々木のその姿を見慣れぬ女子陣は少し驚いた様子だった。椛とアンジェは思わず顔を見合わせ、二人の意見を代弁するように御影が尋ねた。

「そっちが本当の顔、ということかしら?」

「正解。要と龍一は知ってるから大丈夫だが…二ノ宮とスプリングスノーは驚いただろう?」

 悪戯に成功した子供のような表情をしながら、佐々木は煙を吐いた。

「……随分と鬱憤が溜まっているようだな。いつもならタバコは吸わなかったと思うが…」

「そりゃあ、一日で釼甲・影継の仕手発見の報告書十枚、御影の編入試験を全部自分で作って手続きしてって…一本ぐらい本人たちの前で吸っても罰は当たらないだろ?」

「そりゃそうか…ってもしかして他の教科の試験問題も作ったのか、教諭?」

「だから石頭共と言ったんだ。ほとんど全員揃って、あるはずの暇を定時だなんやらで拒否して…手を貸してくれたのが大英帝国語のウィルソン教諭だけって…」

「「…すいませんでした」」

 原因となった二人は潔く頭を下げた。

 さすがにそれだけの苦労を知って何も言わないほど人間が出来ていない訳ではないので、二人は揃って佐々木に向かって謝った。

「まぁ、見たところ全て上手くいっているようだから、二人に関しては気にしなくて良いぞ。それよりも御影は英語もそこそこの点数をとっていたことに驚いたが…」

「西洋釼甲について調べるために自然覚えていただけね。お陰様で文章を書く問題はさっぱりだったでしょう?」

「成程、言われてみれば確かにそうだったな」

「…アンジェ、四百年以上前の人間のほうが自国語を良く知っていることについてどう思う?」

「お恥ずかしい限りでございますね…」

「という訳で、今日から英語にも力をいれて教えよう」

「お、お手柔らかにお願いします…あ、要さん、少し状況が変わりました」

 その声に従ってアンジェの指差す方を見てみれば、丙竜が少しおかしな動きをしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようやく開始します! 活動報告を一読の上、是非参加してみてください。
神羅装甲 影継・人気投票
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ