二人目の編入生《参》
雲ひとつない空に浮かぶ太陽は容赦無く屋上にいる六人と二領を照らしていた。
その場にいる人間は五十嵐要、二ノ宮椛、アンジェリーク・真白・スプリングスノー、獅童龍一、首藤遥、綾里御影という順番で輪になっていた。
円から少し離れた、龍一の後方には相州五郎入道正宗が。
その中心には神州千衛門影継が落ち着き払って周囲の人間を見渡した。
《貴殿達が主の御学友か?》
「朝に一回会っているが改めて…二ノ宮椛だ」
「名前が長いのでアンジェは気軽にアンジェとお呼びくださいませ!」
「…遥…首藤、遥…よろしく…」
「他のクラス…で良かったわよね? の人は初めまして。今日からこの学園に通うようになった御影よ」
《名乗りが遅れて申し訳無い。我は神州千衛門影継と申す》
全員が自己紹介を終えて、最初に声を上げたのはアンジェだった。
「は~… こちらが要さんの釼甲でございますか~… 格好から鍬形虫でよろしいのでしょうか?」
《…主、此方の珍妙な意匠を纏う女子は如何なる者であろうか?》
「あ。アンジェはこの学園で仮メイドを務めさせていただいております。影継さんの時代では…女中のようなものだと思っていただければ…」
要が答える前にアンジェが影継の疑問に応えた。
《…成程、諒解した…しかし、仮…ということは主を持たない、という解釈で宜しいだろうか?》
「はい。こちらでご主人様になる御方を探しております」
《ふむ。我も四百年待って要殿のような良き主を持てたのだ。貴殿も主の学友なら良き主人に巡り会えるだろう》
「あはは、気長に待ってみます」
楽しそうに話すアンジェを横目に遥は御影に話しかけた。
「…これが、さっき話していた…貴方の作った…釼甲?」
「えぇ。自分でもかなりの傑作だと自負しているわ」
「…確かに、ここまで人間らしい反応をする、ということも驚き…」
遥の驚きも仕方の無いことだった。
主流となっている数物釼甲の人工知能は精々仕手の命令を『その通り』実行することであり、自主的に行動することは不可能だと言われている程だった。
現在様々な研究機関が、更に人間に近い人工知能を開発しているが、どうしても鋳造してしまえば自己判断機能が大幅に低下するという問題に頭を悩ませている。
そういう意味で、初めて見る業物釼甲の『人間らしさ』に遥は驚いていたのだった。
「…だけど、私が…一番驚いたのは…」
遥は、今度は反対側に座る龍一に視線を移した。
言いたいことが分かったのであろう龍一は目が泳いでいた。
「……龍君が釼甲を…それも、大和の人なら誰でも知ってるような…正宗の仕手だった、のが…」
「えっと…弁解の余地は…」
「…無い…」
許しを乞おうとしている龍一に対して遥は容赦がなかった。
拗ねたように顔を逸らして、遥は自分の弁当へと手を付け始めた。相変わらずの大きさに初見の御影は驚いていたようで、思わず小さい体の遥とその手にある巨大な物の間に視線を往復させた。内心は恐らく「こんな体の小さい子が?」だろう。
《黙っていて悪かったな、嬢ちゃん!》
「…ううん。悪いのは…龍君だから」
「完全に俺だけ悪役か…まぁ仕方がないっちゃ仕方がないな…」
諦めたように嘆息しながら龍一は自分の膝元に置かれた弁当に口をつけた。
「お、旨いな、この玉子焼き…」
素直な感想を呟くも誰も答えることはなかった。
変わったことと言えば、龍一に背を向けた遥が少しだけ顔を綻ばせていた事だけだった。
アンジェが用意した弁当は四つで要、御影、椛、龍一に配られる予定だったが、先述通り龍一の分は遥が用意したので、余った弁当は自身で食べている。
「それで、要…今朝のことについて詳しく話してもらおうか?」
「あら、あたしと要が仲の良い知り合い…」
「済まない御影。ややこしくなるから黙っていてくれ、この出汁巻き昆布をやるから…」
「はい、ありがとう」
御影がそれ以上言う前に要は彼女の弁当の空きにさっきあったものを素早く乗せた。
それを見た御影は満足そうに昆布に手を付けた。
御影の注意が逸れている間に昨日のことを、簡略に必要なことだけを話すと、椛は半信半疑といった風に眉を顰めた。
「…仕手がいない釼甲が装甲状態で数百年? その中に綾里が…? とてもではないが信じられないな…」
「…と言われても、誇張は一切ないから信じてくれ、としか言いようがない…それでも駄目なら佐々木教諭に聞いてくれ。あの人も気絶はしたがその場に居合わせ…」
「…いや、信じよう」
要が言い切る前に、椛はそう言った。
「…今、何を…」
予想外の反応に要は驚いて思わず聞き返してしまった。
「要がそうまで言うのだから事実なのだろう。昔から嘘が嫌いな要が、こんなことで嘘をいうとは思えないからな」
「…助かる」
「私としては、綾里が私の知らない間に作った…その…か、彼女…などで無いだけで充分だ」
「……いや、俺には彼女どころか女友達すらまともに居ないぞ?」
自分の交友関係に軽く悲しみを覚えながらも要は椛、御影と遥を見た。
…彼女達を含めて付き合いのあるもしくはあった女子は四人。
龍一のような親しみやすい性格ではないので、要にとって今はこれが限界だった。
あまりの少なさに自分に対して情けなさを感じざるを得なかったが…
「う~ん…でも要は見た目整っている方だし、少し態度が硬いけどそれは芯が通っているという意味では女子に好かれても可笑しくはないわよ?」
「非常に喜ばしいことではあるが、正直まだいらない…というのが今の感想だな」
「ぐ…」
「? どうかしたか、椛? 喉に詰まらせでもしたか?」
小さなうめき声を聞き逃さず、要は椛の方へとむいた。
「い、いや、何でもない…!」
「ふふふふふ…」
椛の反応に、御影が楽しそうに笑っていたが、その一方で要は御影と椛の関係が拗れる事を危惧していた。
「…ところで、御影さんが影継に相応しい武人さんを見るために釼甲に宿っていた、ということは分かったのですが…どうしてそこまでしようと思ったのでしょうか?」
影継とのじゃれ合いに満足したのか、アンジェが三人に割って入ってきた。
「造った人間独特の疑問…といったところかしらね。一応装甲解除は相応しい人間にしか出来ないように設定したけど、それ以降影継の力に気を大きくして悪用する可能性も零とは言い切れなかったから、ね」
「…えっと…折角美味しく見栄え良く出来たお料理を、毒を盛るために利用される…という感じでしょうか?」
「…非常にアンジェらしい例えだな」
「申し訳ございません、アンジェは皆さんほど賢い頭は持っていないので…」
そう言ってアンジェは恥ずかしそうに笑った。
「そう言われれば確かに気にするのも仕方無い話だな。事実『救世主』の武人による『死の行軍』でどれだけの人が殺されたことか…」
椛は忌々しげに呟いた。
その単語が出た瞬間、要だけではなく食事に集中していた龍一も、誰にも僅かに反応をした。
二人の反応に誰も気付くことなく、女子たちの会話は続いていた。
「…『救世主』? それによる『死の行軍』? …全く聞いたことがないのだけれど…」
「…『救世主』は、力によって世界を本来あるべき姿に戻そうとする組織……『死の行軍』は、世界各国で『救世主』が起こした戦い…と言っても、攻撃したのは戦う力を一切持たない人ばかり…どちらかと言えば、殺戮事件…」
遥も話していて気分の良いものではないのだろう、俯き加減にそれらを説明していった。
「二年前に鷺沼という町で、突然の宣戦布告…生存者は鷺沼市全住人の五%にも満たない…百三十人…」
「大和政府の発表ですと、国衛軍中隊が駆けつけてようやくそれだけ助けることが出来た、という事でございましたね…世界各地で起こった『死の行軍』では唯一軍隊が間に合い、生存者有り、の戦い…事件だったとアンジェはお聞きしています」
さすがのアンジェも重々しい雰囲気を察したのか、明るい雰囲気など微塵も感じさせない、悲しい表情をしていた。
「大和生まれのお母様も、この知らせを聞いた時は、ご友人が生存しているという知らせが来るまで部屋に籠って泣いておりました。お父様もかなり心を痛めておりました…」
「…そう、か」
アンジェの言葉に要は重々しく口を開き、それだけ呟いた。
つぶやきには悲しみ、後悔、そして僅かだが、何故か喜びの色も混じっているようだった。
数秒ほど沈黙が続くと、話題を変えようと椛が思い出したように要に問い掛けた。
「そ、そういえば、要! 源内師範と千尋さんは元気にしているか?!」
「源内? 千尋?」
突然表れた名前に御影は首をかしげた。
「要のお祖父さんとお姉さんだ。子供の頃に何度かお世話になった人たちなのだが…」
「……………」
「? ど、どうかしたのか、要?」
努めて明るく話す椛に対して、要は非常に困った表情を浮かべていた。
御影は昨日の食堂での会話を思い出して、その質問がとてつもない爆弾だということに気が付き、それを止めようとしたが、それよりも先に要がゆっくりと衝撃の事実を告げた。
「…源内の爺さんは少し前に息を引き取って、姉さんは行方不明になっている…」
「…………えっ?」
淡々と告げられる事実に椛は思考が追い付かなかった。
「何が有ったか、については出来れば聴かないでくれると助かる。正直自分の中でも整理しきれていない部分が多くて、な…」
「う、あ、す、済まない……」
「いや、謝らないでくれ。このことを話した人はほとんどいないのだから、椛が知らないのも当然だ」
泣いて謝ろうとする椛を手で制して、要は少しだけ表情を和らげた。
「椛の方は、おじさんやおばさんともう喧嘩はしていないよな? 椛が爺さんから剣術を習おうとしておばさんと大喧嘩したのが今でもよく覚えている…」
「そ、そんな昔のことを今ここで言うな!」
「え、二ノ宮は剣術を習っていたのか?」
意外そうな表情をしながら龍一が会話に混じってきた。
既に昼食は食べ終わったのか、元通りになるよう袋で包んでいるところだった。
「そうでございましたか! 椛さんは運動神経が良いので何かやっていたのではないかと思っていましたが…まさか剣術とは!」
「あ、いや、ほ、本当に少しかじった程度だ。自慢できるほどでは…」
「…でも、椛さんは…一回武人科の人相手に勝ってた…」
「お? 遥は二ノ宮の腕を知っているのか?」
「しゅ、首藤!? それは…!」
慌てて止めに入ろうとする椛であるが、距離が離れているために何もできなかった。
「…私が武人科の人…二人に絡まれたとき…間に入って、返り討ちにしてくれた…」
「よし、遥。その生徒の特徴を教えてくれ。今すぐ遥に手を出そうとしたことを後悔させてくる」
《お、掃除の時間か?》
「止めろ龍一。正宗に手を掛けるな、殺しに行くつもりか。そして正宗も楽しみにするな」
笑顔で憤る龍一を何とか押さえつけて落ち着かせるが、それにかなりの時間を要し、そうこうしているうちに時間もそろそろ昼休みが終わるという頃合いになっていた。
「っと…そろそろ戻らないと間に合わなくなるな」
「あ、もう残り十分になっておりますね…では食べ終わったお弁当箱は全てアンジェが預からせてもらいます」
「あぁ、ご馳走様でした」
「ご馳走様、美味しかったわよ」
「あぁ、しかしアンジェは本当に料理が上手いな」
「いえいえ、椛さんのお料理も美味しいですよ。ですが、お言葉は有難く受け取らせていただきます」
「…アンジェさん、昨日は、ありがとう…」
「はい、はっちゃんもよろしゅうございました!」
「………うん」
女子陣は会話に花を咲かせながら素早く屋上を去っていった。
残されたのは男二人に二領の釼甲。
「…俺は時々女子の団結力の凄さを思い知らされるよ。今だって時間を言っただけで揃って片付けていっただろ?」
《何時の時代の女子も変わらぬものなのだと我も理解した》
《しかし仲良き事は良きことかな、だろ?》
「まぁ、上手く行くならそれで良し…だ」
心配の種だった二人は何とか上手く行きそうな事を感じて、要は満足そうに笑った。
「さて、俺たちもさっさと降りるとしますか。さすがに長い時間陽に当たりすぎて首が熱い…」
《承知》
《諒解っと》
龍一の声を合図に、屋上に留まろうとする者は居なくなった。