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二人目の編入生《弐》

「…………予想は出来たはずだ。対策も充分に練られたはずだ」

 講義開始十分前。

 五十嵐要は珍しく頭を抱えて机に肘を立てていた。

「………要に何かあったのか?」

「いや、俺は知らないな? さっき佐々木教諭が『あの女の子』を連れて入ってきてからこんな感じで…」

 様子のおかしい要を、椛と龍一が気にかけるも、二人の声は要に届いていなかった。

 要は目だけでその『女の子』の方を見た。

「それでは、少し時期としては微妙になりますが…転入生を紹介したいと思います」

 要にとって見覚えのある、赤味のかかった黒髪と、昨日まで自分が持っていた髪留めを揺らしながら教壇に立つ少女。

 少し低めな身長に対して、大人顔負けの体の凸凹。

 学園の制服はサイズが小さいのではないかと疑ってしまうほど胸囲が主張しており、長いスカートを左足だけ『全て』覗けるほどの切り込みが入れられていた。

 男子陣はその美貌にざわめき立っており、女子陣は親の仇を見るような視線で彼女を睨んでいた。本人は一切感じ取った様子は無い。

 何かを探すように辺りを見回しているが、要と視線が合うと微笑みを浮かべた。

「おい、もしかして今俺の方に向かって笑わなかったか?」

「馬鹿、お前じゃなくて俺だろう、常識的に考えて」

「体は小さいけれど、出るところは出ている…行ける!」

 案の定要の前後の男子は自分のことだと思って勝手な口論を小声で繰り広げていた。

 わざわざ止める気も起こらず、仕方なしに顔を上げると突如隣から身も震えるような殺気が立っていることに要は気が付いた。

 気配の元である右隣に視線を向ければ、鋭い眼光で椛が要を睨んでいた。

「要」

「…なんだろうか?」

「私の勘違いでなければあの女子はお前を見て微笑んだように見えたのだが…知り合いか?」

 有無を言わせぬその気迫に押されて、要は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「知り合いと言えば知り合い…だが」

「…? 珍しくはっきりしないな? それとも何? 要が隠していた彼女?」

「!?」

 龍一が煽ると要ではなく椛が反応し、的確に要のつま先を容赦無く踏み付けた。

「~~~~…!」

 痛みによって声にならない声を上げながらも、姿勢・表情をほとんど変えない要は見事というべきか、他の生徒に一切気取られることはなかった。

「…何をするんだ、椛」

「ふん!」

 若干痛みに声を震わしながらも、何事もなかったように椛に問いかける要であったが、彼女は謝る気が無いのか、視線を前に戻してしまった。

「それでは…自己紹介をお願いします」

「分かりました」

 佐々木に促されると、素直に従って前へ出た。

「おはようございます。今日から皆さんと一緒にこの学び舎で学んでいくことになりました、綾里御影です。不慣れなことも多いですが、よろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げると、それに何故か感激した男子は喝采を浴びせた。

 御影は少し困ったように笑いながらそれに応えた。

「それで御影さんの席になりますが…基本は自由なのであい…」

「それじゃあ、要の隣でお願いします」

 その一言で教室内の空気が一気に変わった。

「…要…って誰だっけ?」

「知らないわよ、私の知り合いにはそんな名前の人はいないし…」

「指名された奴…男だったら…」

 そんな空気を無視するかのごとく、御影は目的の場所まで真っ直ぐに歩いてきた。

 御影と要の距離が一歩一歩近づくに連れて、椛の殺気が膨れ上がっていき、要の目の前に到着した頃には周囲の生徒が無意識的に怯え出す始末だった。

 悠然と立つ御影に対して、椛は敵意丸出しに睨んで威嚇していた。

 睨み合う二人を見て要は自分の胃がキリキリと痛み出すのがよくわかった。

 原因が分かっても対処法のないものほど厄介なものはなく、痛みで顔を少し歪ませながら、要は行先を見守るしか為す術は無かった。

「えっと…要の隣に座りたいから、二人の内どちらかが動いてくれると助かるんだけど?」

「普通なら空いている席で十分だろう? 何故わざわざ既に座っている人間を動かしてまで要の隣に座ろうとする?」

「見知らぬ人が多い中に身を置くくらいなら、知り合いの隣に座ろうとするのは普通のことじゃないかしら?」

「だとしても、だ。空いている席は要の後ろにもあるのだから、そちらに座れば良いだろう、綾里とやら?」

「…要、お前あんな美人とどこで知り合ったんだ?」

「…昼には話す。少し長くなりそうだから、な…」

 終わりの見えない口論に頭と胃を押さえながら、何とか要は龍一の問いに答えた。

 そんな要の苦労を知らず、二人は己をぶつけ合う。

「そんな狭量な事を言っているから所々が大きくならないんじゃないかしら? 特に胸とか…」

「貴様の物が規格外なだけだ。私だって一般人以上…Dはある!」

「…でぃ…? よく分からないわね。それって私の三十寸(凡そ90cm)より大きいのかしら?」

「待て待て待て… 二人とも勢いでとんでもないことを暴露しているぞ?」

「……え?」

 要の声で椛がようやく周囲に目を向けてみれば、全員様子がおかしかった。

 何故か前かがみになっていたり、鼻息を荒くし始めたり、要に恨みの篭った視線を送る男子陣。

 対して自らの『もの』を見下ろして嘆息したり、この世が絶対的に不公平だということを突き付けられて絶望して机に突っ伏す女子陣。

「~~~~~…!!?」

 それを見て、ようやく自分が何を言ったのかを理解した椛は顔を鬼灯のように赤くした。

 反対に御影は大して気に留めた様子もなく、平然と椛を退かそうと四苦八苦していた。

「ん~~~… どうすれば退かせるかしら…」

「あの、綾里…さんだっけ? 俺が後ろの席に移るから、あんたはこの席を使ってくれ。見ていてあまりにも二ノ宮が不憫だ…」

「悪い、龍一…」

「まぁ、気にするな。…っと、いう訳で失礼するぜ」

 席を退いた龍一は机を飛び越えて、これから隣になるクラスメイトに軽く挨拶をしてから、要の後ろの席に座った。

「今日から隣だ、よろしくな」

「え、あ、はぁ…?」

 明るく挨拶をした龍一に対して両側の二人は驚きで開いた口が塞がらない様子だった。

 高低差一メートルはあろう段差+机を助走なしで飛び越えたことに、龍一の隣に座っている男女は驚きを隠せなかったようで、視線を彼と彼が先程までいた場所を往復させていた。

 身体能力に関して言えば同学年で龍一と肩を並べられる人間はいない、と言われているのも二人は知っていたが、いざ目の前で見せつけられると驚きもあるが、それよりも信じられない、といった感情の方が大きかった。

 だが周囲に同意を求めようとしても、他の生徒の意識は御影と椛の方にむいているので、二人は何も言えずに黙ってしまった。

 それはさて置き、空いた席に御影は躊躇うことなく座り、要に軽く微笑んで前をむいた。

「…御影の名字は綾里だったのか?」

「いいえ? 無いと不自由するからって佐々木教諭に言われたから適当に思い当たった名前を取ってつけただけよ。私の鍜治場があった村の名前ね」

「…成程」

 要はその答えで静かに頷いて彼女同様前に向き直った。

 一部始終を見ていた佐々木はようやく話が纏まったと分かると、時間を確認して教壇に立った。

「それでは、個人的な質問は休み時間にお願いして、講義を始めたいと思います」

 どこか疲れたような、昨日より覇気のない声によって一日が始まった。

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