漆黒 対 紅蓮 《雌雄決戦》
さあさ、いざ始まらん紅と黒の剣の舞。
剣戟を鳴らし、武を決す。
心技体、全てを込めて勇を鼓す。
雌雄決する武の宴、悔いの無きよう、篤と御覧あれ。
BGM
・《FLAGS》 T.M.Revolution
・《Naked Arms》同上
・《疼-UZUKI-》 VERTUEUX
《これより修羅を開始する》
《死に逝く愚者に名は要らぬ》
真の好敵手相手に言葉は要らない。
《鋼の志は如何なる障害にも折れる事無し》
《啜れ砕け喰らえ貪れ》
闇すら呑み込む漆黒か。
闇を照らし出す紅蓮か。
歓喜の色を隠すことなく、二人は高らかに叫ぶ。
《我、天照らす世の陰なり!》
《今宵の虎徹は血に餓えている!》
己の真なる武を。
西には太刀を構えた漆黒の釼甲を。
東には正拳を構えた紅蓮の釼甲を。
陰と陽。
影と焔。
呑み込むか、照らし出すか。
影継を纏った武人は上段に。
虎徹を纏った武人は半身に。
『晴嵐流十二代目当主・五十嵐要。いざ尋常に……参る!』
『富嶽流十三代目当主・片倉甲。来ませい!』
漆黒の武人が踏み込むと同時に切りかかり、紅蓮の武人もそれを迎え撃つように一歩と共に正拳突きを放つ。
高速の斬撃は阻まれるが、弾かれることは無かった。
拮抗。
鍔競り合いならぬ、武競り合い。
漆黒は打ち破らんとさらに力を込めるが、甲も負けじと身を押し出す。
『シッ!』
押し返した事で僅かに漆黒が揺らいだ瞬間を見逃さず、紅蓮は反対の拳を体の捻りだけで放つ。
だが、漆黒も単純にやられるだけでは無い。
攻撃を察知した漆黒は踏み込んだ右足を瞬時に引き、自身に有利な間合いを確保。同時に太刀を持っていた右手を腰の鎧通しに当てて即座に抜刀し、拳の下に潜り込ませる事によって軌道を上方に逸らす。
腕の交差によって解放された太刀を、今度は横薙ぎに払う。
しかし、紅蓮はこれを腕の引きだけで受け止めた。
『グゥッ!?』
苦悶の声を上げたが、彼も即座に意識を防御から攻撃へと転換する。
受け止めた太刀を左腕で絡ませ脇に抱え込むことで、自由を奪うと同時に足場を安定させ、左半身を引き戻すように右の蹴りを見舞う。
脚部を狙った低い回し蹴りを、漆黒は太刀から手を離し、左足を引くことで辛うじて回避した。それだけで、紅蓮は次の要の動作を予想し、その場から太刀を投げ捨てて飛び退いた。
そして、次の瞬間には先程まで紅蓮が居た場所に鋼が空を切って通り抜けた。
漆黒の行動は、引いたと同時に両の手を野太刀にかけ、着足した瞬間に切りかかる、というものだった。
間合いは当然、太刀や鎧通しの方が……言うまでもないことだが、拳より遥かに長い。長さ故に速度が落ちるというのが本来であるが、その鋭さは他の刀に負けぬものがあった。
《因果、招く!》
『電磁領域―手繰―』
太刀が手放された瞬間を逃さず、漆黒は磁界を展開し、宙に浮いたそれを手繰り寄せて掴み取った。
同時に着地した紅蓮は、それを僅かな隙と見て飛火を噴かし、空いた距離を一気に詰めた。
《次いで……因果、狂わす!》
『電磁領域―弾―』
しかし、それも漆黒の想定内だった。
駆け寄る紅蓮を近付けないため、瞬時に不可侵領域を拡げた。
見えない壁に直撃し、斥力によって勢いを殺され、弾かれる。
はずだった。
『渚砂、熱量を全域展開!』
《諒解!》
掛け声と同時に爆発的な熱量が一気に流れ出し、周囲が肌も焼きかねない気温へと変化した。
『ぐ、おぉ!』
紅蓮は反発力によってその場で膝をついたが、それだけで電磁領域をやり過ごすと再び、即座に漆黒の懐へと踏み込んだ。
左拳を鋭く胴へと目掛けて叩きつけるが、それを漆黒は野太刀の腹で受け止めた。
《!? ほとんど効果が出ていない?! どうして!?》
《我と虎徹の装甲を瞬時に加熱したためだ! 練造主の神技『磁気操作』は対象の磁性を強化するものであるが、装甲自体をかなりの温度で加熱されてはその磁性が弱まる……敵方、相当出来る!》
《そちらも、かなり有効な時に【磁力反発】なんぞ放ってくれたもんだ。俺の主級で無ければ圧死してもおかしくない使い方しやがって!》
二度目の武競り合い。
今度は要が押していたが、甲も猪武者ではない。
体勢の悪さで押し負けると分かれば即座に右足を引き、前のめりになった漆黒を迎え撃つように右拳を突き出した。
『二度も同じ手を食らうか!』
敵の意図を読み取った後の要の行動は迅速の一言に尽きた。
紅蓮が足を引いた次の瞬間には野太刀から右手を離し、拳を握りそれを一直線に叩き付けた。
拳と拳の交差。
あまりにも衝撃が強すぎたために、二騎は同じ距離を同じ速度で弾き飛ばされた。
互いに姿勢を立て直す。
間、二十メートル。
鋼の塊が吹き飛ぶにはあまりにも長すぎる距離だった。
『ハハハッ! これを受け止めるようになったか! 少し初動が雑だが、悪くない!』
『素人の猿真似だ! 多少の粗には目を瞑れ!』
仕合であるにも関わらず、二人は軽口を叩きあっていた。
次に要が放つは、晴嵐流合戦礼法―東風―
対する甲の技は、富嶽流合戦武法―時雨―
一撃必殺を主とする両武法では珍しい、手数を重視した攻撃だった。
しかし、一撃の重さは漆黒が勝る。
攻め手の多さは紅蓮が勝る。
再び距離を詰めれば、切りかかり、殴りかかるという手数勝負へと変わった。
太刀での袈裟斬りを左手甲で受け止め、懐に踏み込むと同時に右拳を叩き込む。
叩き込まれた拳を脇に差した鎧通しで流し、勢いを殺された太刀を引くと同時にそれで突く。
それを紙一重で躱せば、二刀術と体術の衝突が始まった。
紅蓮も、漆黒も。
鋼の下で、歓喜の色を滲ませていた。
装甲に刃が、拳が当たれども、どちらも留まることを知らなかった。
血沸き、肉踊る。
今の二人には、その言葉しか当て嵌らなかった。
再び刃と拳が衝突する。
どちらも渾身の一撃だったためか、両の機体は互いに弾かれ、距離が開いた。
『影継、機体状況を!』
『虎徹、機体状況を!』
《左肩部及び腹部装甲に中度の損傷! 戦闘の続行に支障なし!》
《胸部及び右脚部装甲に中度の損傷! このままで問題はない!》
『『諒解、ならばこのまま勝負を続行する!』』
己の釼甲の報告を受け、両者は構え直す。
先程の激突が、嘘のように静まり返った。
微風すらも聞こえる、心地よい静けさだった。
《主、さすがにあの男相手に陸戦は少々分が悪い。踏み込みが強い分、あの三本の刀から放たれる多種多様な攻撃範囲・出処は、足元の安定した陸地では脅威だ》
『そんなことは百も承知している。かと言って素早さだけで押し切れる相手じゃないことは理解できているだろ?』
《…………》
虎徹からの警告に、甲は笑みを浮かべながら答えた。
あまりにも嬉々としている主を相手に、紅蓮の釼甲は何も返すことが出来なかった。
《……主。敵方は正確に遠心力の少ない刀の根元目掛けて拳を振るっているというのは理解できているな?》
『当然だ。必要最低限の力で最大の効果を得る……闘いにおいては必須の能力、それを片倉甲は備えている。生半可な攻撃ではこちらが負ける』
漆黒の釼甲は相手の才を認め、主へそれを告げるが、それ以上に紅蓮は漆黒を認めていた。
《……要、騎行へと移るけど、異論はないわね?》
《行くよ、甲! 武人として決着を付けないとね!》
『『当然!』』
封神した神樂の声に、二人は声を揃えて答えた。
共に疾駆を広げ、飛火を噴かせる。
爆発音の直後に漆黒と紅蓮が交錯し、鋼の衝突音が宵闇に響き渡った。
紅蓮の方が一枚上手であり、攻撃の衝撃を利用しそのまま高度の確保へと移行していった。
《敵方、上昇体勢に移行。装備が少ない為か加速力は向こうが一枚上手だ》
『だろうな。だが、こちらも手段はある! 御影!』
《諒解、磁装展開!》
御影の言葉と同時、漆黒の釼甲に青白い光の線が揺らめいた。
『電磁騎行!』
掛け声をあげると同時、急に漆黒は加速し先行く紅蓮に負けぬ速度で追いかけ始めた。
遅れた漆黒でありながらも、高度は僅かな間で紅蓮と同等になっていた。
《……! 相手の高度かこっちと同じになったわよ!》
『さすがに二度も同じ手は通じない……か。なら、騎行術で差をつける!』
言うと同時に紅蓮は素早く上下反転し、その体勢のまま『下方へ上昇』して漆黒と向き合った。
―スプリットS―
短時間とはいえ背面飛行を行うため非常に難しい騎行術の一つであるが、それを紅蓮は難なく行なった。
富嶽流合戦武法―豪雷―
降下の勢いを利用した、前方回転による踵落としを放つ。
だが、幸い漆黒も電磁駆動による速力を乗せた反撃で紅蓮を弾き返した。
『……! 虎徹、即座に出力を上げろ! これは高度優勢を取られれば……負ける!』
《承知!》
それだけで要が空戦における技量も上昇していることを察知し、最適な作戦へと移った。
《……敵さんの腕力はやっぱり相当なもんだね。それに、神技の使い方が本当に上手い……甲が褒めるだけの事はあるみたいだね》
『数物の甲竜で虎徹とほぼ互角に渡り合ったんだ。今までの兵卒とは比べ物にならない……! このまま押していくぞ!』
紅蓮はその身を垂直に、まっすぐ空へと駆け昇った。
その反対側、漆黒も体勢を立て直して紅蓮に続いていた。
《敵方の先程の騎行……相当熟練の技術があると見た》
『通常の騎行術に加えて反転・捻り・垂直旋回による加減速操作なども片倉は技術として備え、更に言えば虎徹は最高速度と加速性能が優れている。二年前の戦いではそれに惑わされ、結局空戦では一撃も当てることが出来ず地に堕とされたが……これでようやく同じ土俵だ! 一気に畳み掛ける!』
《諒解したわ!》
要の意気に合わせるように、彼女はさらに神技を強めた。
実力はほぼ互角、ならば勝敗の鍵は高度の優劣。
それ故、二騎は一目散に空高くを目指した。
昇陽よりも速く。
時には刃と拳を交差させ。
弾かれ、己より上を取らせまいと競り合う。
次第、笠井大島は彼らの視界に小さく映る程度になるほどの高みへ到達した。
既に雲も眼下に回っていた。
沈みかけた満月を遥か下に見下ろして。
『虎徹、渚砂! これで勝負を仕掛ける!』
《諒解!》
僅かに先行していた紅蓮が神技発動の為、その身に莫大な熱量を孕む。
《……! 電磁領域―手繰―》
それを確認した御影は、独断で神技を発動。
意識を神技発動に集中させた瞬間を見逃さず、磁力により『漆黒を紅蓮に』手繰り寄せた。
限界を超えた速度に黒の刄金は軋み始める。
だが、武人もそれを理解しながらも無理を通した。
《……高度……優勢!》
機体に莫大な負担がかけられたためか、影継の声には雑音が混じっていたが、それはどこか喜びの色が入っていた。
『良い判断だ、御影! 良く耐えた、影継! あとは全て俺に任せろ!』
眼下に拳を構える紅蓮に対し、漆黒は自身最大の武装に手を掛ける。
『晴嵐流合戦礼法―“雪崩”が崩し―』
『富嶽流合戦武法―“鬼喰”が崩し―』
天の嵐が吹き荒ぶ。
大地の虎が這い上がる。
『電磁斬刀―窮―』
『焔獄拳―禍―』
電磁誘導による、音速を凌駕する速度での野太刀の射出。
全体重を乗せ、重力に逆らいながらも限界まで加速された正拳突き。
雷と焔。
同在するはずのない物による衝突。
『『オオォォォオオォ!』』
二人の男は咆哮を上げた。
本能のまま争う、獣のように。
野太刀にも、手甲にも罅が入る。
漆黒も紅蓮も、既に身体の限界は訪れ始めている。
しかし、決して両者は留まらない。
二人の武人に『退く』という言葉は存在しなかった。
鋼が軋む。
刃金が悲鳴を上げる。
そして、数瞬の衝突の末、鋼の砕ける音が響いた。
紅蓮の手甲が砕けたのだった。
拳は止まり、刃は走る。
一瞬の出来事でありながらも、甲には長い時間に感じられた。
全身に駆け巡ったのは、全力による、正々堂々の勝負による、清々しさだった。
『……さすがだな、晴嵐流』
手甲を砕いた野太刀は、鋼の抵抗をものともすることなく切り裂いた。
……二年越しの決着は、漆黒の勝利という形となって終わった。