武装 恋慕
「……危うく灰に埋もれて窒息死、というところだったな」
「何であなたは平然としてるのよ!? というよりも灰以上に落盤にぶつかりそうになったことを危険に思いなさいよ!」
要は黒を基調にした軍服を、御影は真紅の鍛冶師服を煤で汚しながら口論をしていた。その様子を、少し離れた場所で渚砂と甲が眺めながら話していた。
「……えーっと……お礼はもう少し後の方がいいかな?」
「かもな。もうしばらくは続きそうだし、妥当な判断だろ。それより渚砂、身体に不調は無いか?」
火柱の上がった場所は、人が三人分の直径を持つ穴が出来上がっていた。覗き込めばいくつもの灰をかぶった巨大な岩が、四人のいた場所に落ちているのが見える。
それだけの窮地を打破するだけの熱量を消費したためか、甲は草の上に腰を下ろし、数回の深呼吸をした後、渚砂の調子を尋ねた。
「……んー……ちょっと頭がフラフラするけど……それ以外は問題ないかな?」
《一応、治癒は施しておいたが、どうやら寝過ぎによるものだから気にしなくても良いぞ》
「そうか。それじゃあ、もう休め……と、言いたいところだが」
「……反省は必ずする。だが、今はもう一つ、やらなければならないことがある」
そして、武人二人は静かに立ち上がり。
どちらともなく、互いに歩み寄り、真正面から向き合った。
「……二年前では、俺は業物、お前は数物で不平等」
指を鳴らしながら、笑みを浮かべて甲は進む。
「先日の遭遇では、こちらのみ神樂の居る状態で不公平」
腰に太刀を差し、草木を踏み締めながら要は進む。
「そして互いに縛るものも無し。と、ようやく条件が整った、ってところだな」
「……まぁ、実を言えばこれは私闘に当たるので、知られれば俺は後々罰せられるのだが……些細なことだ」
「なんだったら、俺が任意同行に抵抗したことにしておくか? それなら正当防衛でお咎めはなくなるだろうよ」
「それも一つの手段だろうが……俺はあくまで一武人として正々堂々と勝負を申し込みたい。そのために罰を受けるというのなら本望だ」
「……そこまで言ってくれるのは嬉しいが……お前って世渡りが下手なほうだろ? バカ正直で、誤魔化すことをせずに一番損する性格だよな?」
「……否定できそうもないわね?」
「否定するつもりは毛頭ない。偽って益を取る位なら、真を持って死す方が億倍ましだ」
御影の問い掛けに、要はそう即答した。
そんな清々しさを見て、対戦相手の甲は心底面白そうに笑いを抑えていた。
「……ま、俺はそういう男は嫌いじゃないさ。それじゃ、ご期待以上のものを見せてやるとするか」
そんな二人の表情を見て、神樂二人は溜め息を吐いた。
「……やっぱり、男子ってバカばっかりだよね」
「ええ。全くもってそのとおりだと思うわ」
渚砂がそう言うと、御影は深く頷き同意を示した。
「……けど、ここだけの話、惚れた女の弱み、なんだろうね。あたしは甲が全力を出せるように、最後まで付き合うよ」
そして今度は、武人二人には聞こえないような小声で、御影にそう断言した。
彼女の返事を聞かず、渚砂は片倉甲の下へと向かった。
「…………」
渚砂の返答に、御影はしばらく俯いていたが、胸に手を当てて一つ深呼吸をすると、顔を上げて歩き始めた。
「……済まない、御影。最後に一つだけ、付き合ってもらえるか?」
その男は尋ねた。
今までにはない、心底楽しそうな、無邪気な少年のような笑顔を見せた。
……それは、長い付き合いである千尋や椛ですら知り得ないであろう、彼自身も初めて見せた表情だった。
ようやく、彼女が独占できた、彼のもの。
それにより、彼女の心は何かが注がれるように満ちていく。
同時、彼女はようやく気付いた。
彼の生き様に、心底惚れていたことを。
二人の出会いから早三ヶ月。
最初は自身の練造した釼甲の主、程度の認識だった。しかし、それからの三つの戦いを経て、彼女は彼を知っていった。
そして、一つ知る事に、彼女は一歩彼に惹かれていった。
だから、返す言葉は決まっている。
「えぇ。喜んで、あなたの最期まで」
「……ありがとう」
返事は淡白なものだった。
けれども、力強く相手を見る姿から、その言葉にどれだけの気持ちがこもっているのかが察せられた。
……そして、武人二人は申し合わせていたのではないかと疑いたくなるほど同時に、装甲の構えを取った。
次回推奨BGM 《》内は曲名、外はアーティスト名。
・《FLAGS》 T.M.Revolution
・《疼-UZUKI-》 VERTUEUX