死別―親友―
『……相変わらず、惚れ惚れする太刀筋……だな、景斎よぉ……』
『…………』
広間は静まり返っていた。
室内は台風でも起きたのかと疑いたくなるほど荒れており、原型を留めているものは大小問わず存在していなかった。
それは、武人二人も同様である。
靭島での迎撃戦を演じたときも。
九州上空で複数騎を相手したときも。
傷一つ付かなかった山吹は、目も当てられないほど損傷していた。
左腕部からは血がとめどなく流れ、右肩部・左脚部装甲には大穴が生じ、そこからは景斎の肌と傷が覗いていた。
『……けど、本気で来てくれて……嬉しかったぞ……』
『……何故……』
嬉々として語る籐十朗の言葉を遮り、景斎は静かに口を開いた。
『……何故、お前は狂わなければいけなかった……?』
『……心の弱さ、じゃないか?』
『…………』
『あの二人が死んだとき……俺もお前も、天城も一緒に……泣いたな』
『大の大人がみっともなく、な』
震えていた。
崩壊する拠点だけではなく、彼の声も。
『……多分、俺はそこに……付け入られたんだろうよ』
穿たれた腹を抑えながら、籐十朗は語った。
唯一色の異なった装甲は、籐十朗の腹を通ったのか赤く濡れ、広間の隅へと落ちていた。
《……我も、力を求めるあまり、警戒が疎かになっていた。主だけを責めないでくれ》
《大和槍の釼甲最強・人間無骨……いや、兼定が何を……》
國綱は問い掛けるが、その答えが返ってくるよりも前に土色の装甲は砕け散った。
「……あの源じいの孫は元気にやっているか?」
『……あぁ、少しばかり硬いところはあるが、真っ直ぐに育っている』
「かははっ……それでこそあの二人のガキだ。片倉甲に合わせてみたら面白いだろうな」
《……片倉……甲?》
「あぁ……今時珍しい、自己犠牲の出来る俺のお気に入りだ……鷺沼と他国の撃退には関与させたが、殺人だけはさせていない……」
『……そうか』
「……なぁ、景斎よぉ……」
そろそろ出血による限界が来たのか、籐十朗の声は弱々しくなり始めていた。
『……何だ、籐十朗』
「分かってるくせに、死ぬ直前の男に聞き返すとは、相変わらず鬼だな、お前は…」
『……直接聴かなければ、確信できないから、な』
平静を装ってはいるが、かつての親友であるその男は、景斎の心を良く理解した上で口を開いた。
「……甲と、そうだな、ついでに大和の今後を頼む……」
それだけ言い残すと、彼は最後の力を振り絞って山吹の身体を押した。
生身の、しかも手負いの状態でありながらも、籐十朗は超重量の武人を遠くへと押しやった。その反動で、彼の身体も後方へと飛んだ。
「……手を煩わせて悪かった、が、汚すようなことまでさせるわけにもいかねぇからな」
そう言った彼の表情は。
悔いの全くない、満面の笑みだった。
次の瞬間。
人より三回り大きい岩石が、見事に敗北した武人に落ちたのだった。
岩石の下からは、おびただしい量の血液が流れている。
《……生体反応、無し》
『…………………………今河……籐十朗の討伐……完了』
《……ここから……脱出しましょう。ここで下敷きになっては、彼の心遣いを無駄にしてしまいます……》
『……諒解』
僅かに返答が遅れたが、景斎は静かにそう答えると、飛火を噴かせ、崩壊によって生じた穴から抜け出した。
『……安らかに眠れ』
―枯れた鬼の目から、涙が流れた瞬間だった―