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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
108/117

激戦 四

《……三本とも命中。お見事、とでも言った方が良いのかしら?》

『それは目標より一尺離れた場所に当てた俺に対する皮肉か?』

 薩摩本島の沿岸。

 そこに向かおうとしていた武人を撃ち落とした空色の武人がそこに居た。

《いいえ、素直な感想よ。|八里(約三十二キロメートル)以上離れた相手に的中させるなんて滅多に無かったから》

『つまり数人はこの距離以上で命中させていた、ということか。まだまだ精進が必要だな……』

《反省は後で良いので、今は目の前の事に集中してください、村上君!》

 焦ったような心の声を受けて空色は後方へ大きく飛び退いた。

 次の瞬間には、先程まで昴がいた場所には大振りの一刀が振りおろされ、砂埃を高々と巻き上げられた。

『ちっ、さっきからちょこまかとよぉ!? すばしっこさだけは相変わらずか!』

 砂に埋まった大剣を引き抜きながら黄緑の武人は鬱陶しそうに声を上げた。

 陣場恭弥であった。

 奇妙なことに、六月の戦いの再現が行われていたのだった。

『武人だったら武人らしく正々堂々と戦ったらどうなんだよ、あぁ?!』

《どの口が言っているのかしら? とてもではないけど熱量欺瞞で密入国者よろしく忍び込んできた鼠の言うべき言葉では無いと思うのだけれど?》

「それには概ね同意ですが、村上先輩も雷上動ももう少しだけ緊張感を持って欲しい! ここを破られたら……!」

 焦りを見せ始めた椛に対して、依然として平然としている空色の武人だった。

『言いてぇこと言ってくれるじゃねぇか? けど、てめぇとは今まで二回やりあったが、どれも、一度としてこの装甲を破れなかった……無駄だと分かったら、退け』

がんとして断る』

 恭弥の問いに対する返答は、即答拒否だった。

『無駄という理由だけでこの場を退けば、俺は一生誰にも顔向け出来なくなる。退くのは……死ぬまで足掻き続けた後で充分だ』

 答えを聞いた恭弥は、鬱陶しそうに息を吐き、舌打ちをした。

『……チッ。根性論おつかれさん……空いた実力差なんて、その程度でどうにかなるもんじゃねぇってことを知らねぇのか? 弱者は虐げられ、強者が生を謳歌おうかできる……それを証明してやっただけなのに、揃いも揃って俺を大和から追い出しやがって……』

『……そうか、ようやく思い出した』

 苛立たしげに語る陣場に対し、昴は警戒を解くことなく、構えながら問い掛けた。

『……陣場恭弥。三年前に自分の両親を殺害し、判決が下される前日に行方不明になった男、か……』

『ん? あぁ、ご明察……よく覚えてたな、んなこと』

『……同い年の人間がそんな犯罪を起こせば、嫌でも忘れはしないだろう』

 ……それは、一時期ではあるが大和の一つの大きな話題となった事件だった。

 当時、十三才の少年が自身の両親を無残な方法で殺したという事件だった。犯行直後すぐに捕まりはしたが、その後の供述では決して「鬱陶しかったから殺した」という主張を変えなかった。裁判でもその主張をし、くだされたであろう判決は『國民権完全剥奪』というものだった(現状では終身禁固刑に次ぐ重罰)。

 だが、その刑を法廷で下される前日に、何者かの助力が有ったのか陣場恭弥は脱走。その後一年ほど捜索や指名手配などが行われていたが、それも止めざるをえなかった。

 ……言わずもがな、鷺沼事件の発生である。

 結果、その後処理、救世主の捜索のために人員が割かれ、凶悪犯罪者とはいえ、一人に対して人員を当てられなくなる。また、人々は一つの犯罪よりも、多くの命が奪われた事件に意識が向かい、自然彼の存在は薄れていった。

《……姿を消していたかと思えば、まさか救世主などという犬畜生にも劣る集団の犬に成り果てていたとはね。人道を踏み外した人間の末路として、これは傑作かしら?》

 雷上動が呆れたように呟いた。

 が、それに対して陣場は、高らかに反論した。

『何を言っているんだ? 例え誰であろうと、弱者は淘汰とうたされて、強者が生き残るのは世の常だろうが! 俺はこれ程までに素晴らしい集団はない……そう思ってここにいる! 何一つとしておかしいことはないだろうが!?』

《……そんな理由で、救世主に属している、というのですか?》

 以前一対一で仕合った時のように、怒涛の攻撃を軽々と避ける中、心が静かな怒りを込めて問い詰めたが、それを諦めたように昴が制した。

『無駄だ、月島。この手の相手は理屈が通じるような相手ではない。単なる獣と同類……』

『あぁ、そうだよ! ここならば恨み辛みのある大和に煮え湯を飲ませられると聞いて、喜んで手を貸してやったさ! ……って、ん? 月島……?』

 空色が二刀で大剣と鍔競り合いになると、恭弥はふと何かに気付いたような声を出した。

『……もしかして、鷺沼の生き残りの女か?』

《……!? 何故それを……!》

『やっぱり、か。だとしたら、てめえも父親同様大したことは無さそうだな?』

 その単語に、心は激しく揺さぶられた。

《……ど、どういうこと……です、か……?》

 あまりにも想定外過ぎる事に彼女は至極動揺している様子で、声もとぎれとぎれだった。そんな反応を楽しむかのように、恭弥は続けた。

『なに、簡単な話だ。てめえの親父……月島辰馬、だったか? そいつを斬ったのは俺だって事。馬鹿だよなぁ、釼甲も装甲せずに、デュランダルこれをどうにかしようと奮闘していたぜ? まぁ、女二人逃がす足止めにはなったけどよ』

 その時のことを思い出したのか、恭弥はカラカラと笑い始めた。

《…………っ!》

 それを見て、心は当然怒りの炎が燃え上がり、怨嗟えんさの声を吐こうとした。

『それ以上、その口を開くな』

 しかし彼女の声よりも速く、昴が行動を起こしていた。

 素早く連続で打ち出した矢は、音も立てずに黄緑の四肢装甲の隙間に入り込んだ。

『あ? この程度が通用するとでも……』

『【時間遅延】』

 攻撃を受けて反撃しようと恭弥は動き出そうとしたが、それは見えない何かにくくりつけられたかのように、両腕両足を全く動かすことが出来なかった。

『な、なんだこれは!?』

『矢を媒介にしてお前の装甲に【時間遅延】を施しただけだ。これでしばらくは思うように動けないだろう』

 言いつつ、空色は横へと歩き、位置を確かめながら移動を始めた。

『はっ! けど、てめぇらの攻撃は俺には通用しねぇよ。重力も耐える。弓矢は通さない。できるのは精々時間稼ぎくらいだろうよ?』

「クッ……!」

 その言葉を聞いて、後方で構えていた椛が悔しそうに呻いた。

 それなりの釼甲相手ならば、重力を増幅させることで動きを止め、それを雷上動で撃ち抜くという事が出来たが、このデュランダルが相手となれば話は全く異なった。

 以前、普通の攻撃では傷一つ付かず、正宗の神器が一つ【朱槍】でようやく貫けた装甲の硬さはこの場にいる三人はよく理解している。だから椛は、恭弥の言うとおり少しでも時間を稼いで、攻撃力の高い武人を待つ、という手段に出ようとしていたのだった。

『……雷上動、あれならどうだろうか?』

 しかし、昴は恭弥の言葉を無視して、黄緑の武人の丁度後方にある、岩壁を指さしながら尋ねた。

《そうね。あそこなら撃ち方次第で威力を十二分に出すことは出来そうね》

『よし、なら【大弓】を出せ』

《諒解》

 次の瞬間、空色の武人の背から、人の身の丈二倍近くはあろう何かが羽を開くように拡がり、昴はそれを手にとった。

 通常の二倍の長さはあろう矢を構え、やじりを迷うことなく黄緑へと向ける。

《……む、村上君! それは……!》

『今は何も言うな。こいつだけは俺が仕留める……!』

 弦を限界まで、本来目前で止まるはずの手は、両腕を目一杯広げた場所にまで引かれた。

《我射る一射は稲妻の如く》

『雷上動神髄【雷光轟天らいこうごうてん】』

 昴が弦から手を離すと、矢はゆっくりと、目に見える速度で進み始めた。

 否、【時間遅延】によって遅くなった矢を、弦が無理矢理押しているのだった。

 何分の一の速度にまで落とされたはずの矢は、絶えず弦から加えられる力によって、徐々に、徐々に速度を上げていき、完全に打ち出された時には普通の矢と変わらぬ速さになっていた。

『……っ……! 【解除】!』

 そして、その言葉を合図に、矢は突然加速し始めた。

 打ち出されるまでの間、力を加え続けられたそれは、爆音を立てながら、大気を引き裂きながら突き進み、目に見えぬ速さで黄緑へと襲いかかった。

『なっ……!?』

 驚く暇も与えられず、鏃が装甲にぶつかったかと思えば、次の瞬間には背中を思いっきり叩きつけられていた。

『か……はっ!?』

 痛みで身体が崩れ落ちそうになったが、何故か膝を着くことが出来なかった。

 そして、目の前に何枚もの石礫が舞い落ちた。

 まさか、と思って最後の力で上を見れば、滝のような石の雨が降り注いできた。それから逃げようと試みたものの、矢は装甲を、身体を突き抜けて後方の岩盤に深々と刺さっていた。

『あ……』

 気付こうが、気付かまいが、彼は何も為すことが出来なかった。

 数秒後。岩雪崩いわなだれは大きな音を立てて、黄緑の武人を下敷きにした。

『……終了……か』

 それからしばらく恭弥が動かないことを確認すると、昴は左肩を押さえながら砂の上で大の字になった。

「す、昴君! 大丈夫!?」

 装甲が解除されると、心が慌てて昴を抱き起こし、彼の痛む場所を見た。

 患部は赤く腫れ上がり、見ている側も痛くなるような有様だった。

「だ、大丈夫……だ。しばらく放って、おけば……治る程度、だ」

「無理して話さないで! 二ノ宮さん、すぐ昴君が休める場所まで……」

「わ、分かりました! ですが、この場所はどうすれば……がら空きにするわけにも……」

『それについてはご安心を』

 椛が誰もいない状態になることを不安に思っていると、武人が数騎現れた。

『ここから先この場所は、私たちが引き受けます。なので、あなたがたはそちらの怪我人を安全な場所へ』

「え、えっと……どちらさまで?」

 突然現れた武人に、心は動揺を隠せないでいた。

 それを見て、先頭に立っていた丙竜の武人が頭を下げて口を開いた。

『失礼しました。我々は大和國衛軍のものです。先程こちらも抗戦していたのですが、ようやく沈静化することに成功したので、こちらの応援に駆けつけました』

「……え?」

「あぁ、言い忘れていたか……今回、薩摩だけでなく、九州全域の沿岸部に軍が配置された、とのことだ……」

「で、ではどうして最初から薩摩にいなかったのだろうか?」

「救世主の常套手段、だ……薩摩の方向から、ではなく北から、東から、という方角から攻めることで、居場所を誤魔化してきただけだ」

 椛の疑問に対して、肩を押さえ、痛みながらも昴が答えた。

『案の定、日向・筑前には総計八十騎が攻撃を仕掛けてきました。我々はこれを全て撃墜することに成功しました。そして先程佐々木少佐に、現状最も注意すべき場所は、笠井大島に最も近い薩摩沿岸と指定されたので、応援に来た次第です』

「「…………」」

 知らぬうちに敷かれていた策を聞き、椛と心は唖然としていた。

『お方々への報告は以上になります。これ以降この場所は我々が預かるので、今は充分に休息をお取りください』

 そう言って隊を率いているであろう武人は敬礼をし、手早く部下に命令をして陣場恭弥の身柄確保を実行していた。無駄のない連携により、黄緑の装甲は解除され、恭弥に一通りの応急処置を施したあとは一人が恭弥とその釼甲を両脇に抱えて去っていった。

《取り敢えずお疲れさま、主。このまま私が宿まで運んでも構わないけど?》

「……痛みが治まるまで寝かせてくれ。さすがに【雷光】直後に揺さぶられるのは……」

《そう……それじゃあ月島、お願いできるかしら?》

「はい」

 雷上動の声を聞き、心は間も無く昴の頭元に膝を付いた。

「?」

 痛みの所為で身動き一つ出来ない昴は、それをただ見守っていたが、次の彼女の動作で思わず声を上げそうになった。

 昴の頭を軽く浮かせると、心はその隙間に膝を滑り込ませたのだった。

「こ……い、いや、月島……? な、何を……」

「いくら砂浜が柔らかいとはいえ、枕が無ければ休まらないと思って」

「そ、それくらいは大丈夫だ! 雷上動も止めるように……って、あいつは何処に行った!」

 唆した犯人がいた場所に視線をやったが、そこに一領と一人の姿はなく、おおまか彼らの見える範囲に人影は無かった。

「駄目です。怪我人は大人しくしてください」

 慌てて頭を上げようとする昴を押さえつけながら、心はぴしゃりと言い切った。

 無論、そんなことをされれば全身に激痛が走っている昴に抵抗する術などあるわけもなく、仕方なくそれを受け入れた。

「……それに【雷光】を使ったのなら、相当疲れていますよね?」

 押さえつけていた手は、彼の額を、髪を撫でた。

 彼女の言うとおり、かなり疲労しているようで既に目蓋も下がり始めていた。

「……済まないな。それじゃあ、しばらく……やす……」

 昴が言い切るよりも先に意識は落ちた。

 静かに彼の寝息が響く。

 彼女が先程まで感じていた怒りは微塵もなかった。

「……昴君」

 静かに語りかけながら、彼女は髪を撫でていた手を頬へと移した。

「……私の代わりに怒ってくれて、ありがとう。今まで私を支えてくれて、ありがとう」

 彼女の感謝の言葉は、誰の耳に聞こえることなく波にかき消された。

 ―薩摩沿岸部、村上昴・陣場恭弥両名の戦いは、三度目になってようやく決した。

 密かに存在した因縁を断ち切って。


……今回で二番目に長い戦いになりました。実際に流れた時間的には短いはずなのですが、やりとりが多くなってしまい……

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