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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
105/117

激戦 序

 その日の夕方。

 宿の従業員の了解を得て、離れにある小部屋に男が四人、女が一人机を囲んで座っていた。時計回りに鳥羽、伊賀、ソフィー、要、龍一の順番だった。

「……こちらが今回の作戦に参加してくれる二人だけど、さっきの様子を見る限り、要の知り合いなのか?」

「まぁ……少しだけだが」

 事が事だけに表立っての歓迎は必要ないと神之木に言われ、三人はこの離で待機していたのだが、鳥羽、伊賀両名は現れると同時に気軽な挨拶を要にしたのだった。その後しばらくは雑談で雰囲気を和らげていたのだった。

「では、初見の方もいるので自己紹介を。僕は伊賀喜助と言います。街の自警団の一員をしていたので腕に覚えはそれなりにあります」

「鳥羽永興だ。俺もさっき伊賀が言った自警団に一応所属はしているが、まぁ名前だけだな。ちなみに敬語はいらないぞ」

 二人がそんな軽い自己紹介をすると、三人は揃って頭を下げた。

「……ええと、申し訳ありませんが、私はこちらの話し方に慣れてしまっているので、多目にみていただけますか?」

「本当に気にしなくても構わないんだがな……その、なんだ……そうだ、英帝や北米で言う『無償協力提供者ボランティア』程度に思ってくれれば構わねぇよ」

「は、はぁ……」

 今まで相手をしたことのないようなタイプの男を相手にして、ソフィーは大分困った様子を見せていた。そんな様子を、伊賀が微笑ましく見守っていたが、ある程度区切りがよくなったところで口を開いた。

「では雑談はこの程度で切り上げるとして……一応僕たちだけで話をある程度進めておくように中将からも言い渡されているので、早速取り掛かるとしましょう」

「中将と佐々木少佐も含めてあと一人が遅れて来るそうだから、それも考慮しておくぞ」

 言うと伊賀は自身の荷物から二枚の地図を取り出し、机の上に拡げた。描かれているのは薩摩から笠井大島南端までのものと、笠井大島の詳細地図だった。

「……最初に、佐々木少佐及び調査隊が潜入した結果、本来無人島であるはずの笠井大島には今河籐十朗の和泉守兼定を含んだ相当数の釼甲が発見されました。人工的に作った洞窟の中には救世主に従属しているであろう武人・神樂も確認されたとのことです」

「数にして六十騎。一見多く感じるかもしれないが、そのうちの九割は数物釼甲の可能性が高いと判断されたようだ。確定した業物は精々四騎らしい」

《……もしや、その数物らしき物は複数色を持った釼甲ではないだろうか?》

 影継は昨日の襲撃の際に見た奇妙な釼甲を思い出した。

 釼甲の装甲は基本一色であるにも関わらず、現れた三騎は胸部・肩部・脚部それぞれの装甲の色が異なっていた。本来ならありえないことなので、非常に印象に残っていたのだった。

「知っているのなら話が早い。影継の言うとおり、発見された数物は……何というか、寄せ集め、といった表現がしっくりくるようなものだったそうだ。三竜に搭載されている情報のどれにも該当しなかったらしい」

「……そんなことがありえるのでしょうか?」

「疑問に思うことは仕方ないが、調査に向かった釼甲全てでその結果だからな。取り敢えず警戒だけは怠らないように」

 ソフィーの問いに鳥羽はそう言った。

「……一応、釼甲に詳しい者が居るので、後ほど尋ねてみます」

「それは助かります。出来れば明確化した情報は多いほうがいいですからね」

「それじゃあ、報告はこれで終わらせて、あとは作戦会議と洒落込もうか」

 そうして、この夏で最も長い夜が近付いていったのだった。

 激戦まで、残り四時間。


 ……会議が終了したあと、要は宿から少し離れた空き地に佇んでいた。

 視線は徐々に霧が晴れていく笠井大島。

 どのような気候の所為かは分からないが、大島は普段から深い霧に包まれているが、それが晴れる時間帯が存在する。

 ……夜中三時から六時の三時間。

 それ以降は再び霧が島を覆い、視界がほとんど遮られてしまうとのことだった。加えて、霧があると金声の伝播率も低くなるようで、連携が非常に難しくなる。

 そして、現在の薩摩住人の状態も考慮した結果、今晩二時に行動を開始。短期決戦に持ち込むということだった。

「……隣、お邪魔しても良いかしら?」

 しばらく一人で遠くを見つめていた要に、声がかけられた。

「……御影か。いや、少し夜風に当たりたかっただけだから、気にしなくても構わない」

「そう」

 最初の問答はそれだけだった。

 許可を得た御影は静かに要の横に並んで、彼の視線の先を追った。

「……本当に霧が晴れていくのが目に見えて分かるわね。さっきまでは輪郭すらハッキリしなかったのに」

「話によれば、二時半頃には全貌が見え始めるようだ。ただ、大島と言うだけあって相当な規模だ」

「この前行った靭島に比べれば?」

《少なくともその三倍はある模様。さらに言えば、霧が晴れても木々が視界を遮るせいで今まで一度も拠点の存在が露見することが無かったようだ》

 要の代わりに影継が答えた。

 靭島も確かに木々が存在していたが、それ以上に開けていた場所が存在していた。また、笠井大島は木の密集度が異常に高く、上空のどの角度から覗き込もうとも地表が見えないという特殊な地であるため、拠点を隠すには絶好の場所であるとの事だった。

「……? でも、そんな怪しい場所があれば、まっ先に疑われてもおかしくないんじゃないかしら?」

 影継からの情報に御影はそんな疑問を浮かべた。

《……言われてみれば、確かにそのとおりだな》

 彼女の疑問ももっともだ。

 鷺沼事件直後、大和全域で大規模な捜索が行われたのにも関わらず、成果は零。そして今回、時間がかかったとはいえ専門ではない要たちでも発見できるような事を、本職が出来ないというのはかなり不自然だった。

 佐々木少佐及び大尉が率いる調査隊によって島の詳細が判明したが、そこまでとは言わなくても、拠点所在の候補として挙がっていてもおかしくない話だった。

「……気になることは有るだろうが、今は目の前の事に集中すべきだ。恐らくは今までとは比べ物にならないほどの激戦になるだろうからな」

 そう語る要の表情は、至極真剣なものだった。

「……そうだ。一つ御影に尋ねたい事がある」

「? 何かしら?」

 そこで要は先程の会議で挙がり、昨日の昼間に遭遇した『複数色の釼甲』について話した。可能な限り詳細な情報を伝えたが、反応はあまり良くなかった。

「……ごめんなさい。どこかで聞いた覚えはあるはずだけど、すぐに思い出せそうには無いわ……」

「そうか……」

「……父様ととさまの資料にそんな記述があったはずだけど……何分数が多過ぎたから、全部読むだけで精一杯で……」

「……ちなみに、参考程度にどれだけの文量か聞いても良いだろうか?」

「少なくとも要の部屋いっぱいに詰め込んでも足りないでしょうね。釼甲に関してだけは一切妥協しない父様だったから、下手すれば大和書紀の写しが混じっていたかもしれないわね。原本に似た文もどこかで見かけたし……」

「出来れば戦闘前に、その『複数色』について知っておきたかったが……仕方がないか」

 要は再び視線を島に戻した。先程よりも島の全景がはっきりと見え、勝負の時が刻一刻と近づいていることが良くわかった。

「……御影も影継も、調子は万全だろうか?」

「えぇ」

《いつでも出撃可能だ》

 要の問いに対し、即答された。

 返答に一つ頷いた要は、ゆっくりと歩きだした。

 その右隣には御影を、左隣に影継を連れて。


 激戦開始一時間前。

 そこになってようやく神之木ともう一人の協力者が到着した。場所は最終集合場所である海岸だった。

「お疲れ様です、中将」

「お待たせしました、鳥羽大佐に伊賀中佐。本来なら自分がすべきことを任せてしまい……」

「気にするな、若いのと意見を言い合うのも結構楽しかったからな。いくつか面白い意見もあったから採用させてもらったぞ」

「そう言ってもらえると助かります」

「……それで、そちらのお二人が?」

 伊賀は神之木の後ろに付いてきていた二人を見た。それが、紹介を求めていると察した神之木はすぐさま二人を前に出した。

「えぇ。助力いただける武人の村上昴と神樂の月島心です。二人とも、学生ではありますが実力はこの自分が保証します」

「……村上昴です。よろしくお願いします」

「つ、月島……心です」

 大物三人に囲まれた所為か、二人は僅かに緊張の色を滲ませていた。それを感じ取った鳥羽がそれを吹き飛ばすかのように大笑いをした。

「よし、それじゃあ次は俺だ。鳥羽永興、大佐なんて呼ばれているが、今は街の自警団に所属しているだけの、ただのおっさんだ。そう萎縮しなくても構わないぞ」

「では僕も。伊賀喜助と言います。保育所の真似事をしています」

「今度自分も訪ねても……」

 そう切り出した昴だったが、心の鋭い踏み付け(足小指)によって中断せざるを得なくなった。さすがにこれは効いたのか、昴は足を抱え込むようにしゃがみこんでしまった。

「……うん、随分と緊張が解れたようだね」

「すいません。村上君が変なことを……」

「いえ、場を紛らわす冗談なら全然構いませんよ」

 謝る心に対して伊賀は笑いながら答えた。

「……ですが」

 しかし、すぐに纏う雰囲気が変わった。

「本当にあの子達に手を出したら、その場合はどうなるかは……」

「す、すいませんでした……」

 殺意だけで殺されるのではないかという本気を感じ取った昴は、自然そんな言葉が口に出ていた。その返答を確認すると、元の穏やかな雰囲気へと戻った。

「……打ち解けられたようなら何よりです。では、二人には例の釼甲を用意したので、準備をよろしくお願いします」

 やりとりの間席を外していた神之木が後ろに計三領の釼甲が存在していた。

 一領は赤茶の大熊。

 一領は梔子の蟷螂。

 そしてそれを運ぶのは、人の背二倍はあろうかという巨大な鋼の鬼だった。

 二メートル近くはあろう二領を両の肩にのせ、平然とする様子から独立形態でも相当に戦えることは容易に想像が出来た。

「鳥羽大佐には筑波法印坊を、伊賀中佐には無銘を。最後の装甲から大分経っているので待機形態スリープにはしていますが、状態は極めて良好です」

「……今度整備士に何か奢るとしようか。さすがに十何年もこの状態を維持するのはさぞかし大変だっただろうからな」

 大熊の身体全体を調べながら、鳥羽は感心させられていた。所々に目立つ傷はあるが、それは全て鳥羽が現役時代に付けたものであり、赤錆びも無く当時の物がそのまま目の前に出されたのではないかと錯覚してしまうほどだった。

「では、自分は少々席を外します。積もる話もあると思うので、村上・月島両名も……」

「「諒解」です」

 言い切るよりも先に二人は返事をし、指定の位置へと向かっていった。大分遠い場所なのか、二人の背は非常に小さくなっていた。

 それを確認すると、神之木も鬼の釼甲を連れて所定位置まで去っていった。國綱は相当の重量があるためだろうか、移動には非常に気を遣ってゆっくりとした動きだった。

「それじゃあ、俺らも準備を始めようか」

「諒解です」

 言うと二人は自身の釼甲に触れたあと、装甲の構えへと移り、祝詞を唱えた。

《具現装甲山天狗 悪党必罰断罪一斧!》

《ここのへに あらで八重咲やえさく 山吹やまぶきの いはぬ色をば 知る人ぞなし》

 鳥羽と伊賀が装甲の構えを取り、祝詞を読み上げると直後、二領の釼甲が光を放ち、武人二人を包み込んだ。

 次の瞬間には鳥羽は赤茶色の、大戦斧を肩に担いだ武者に。

 伊賀は六角棒を両の腰に短刀を差した梔子色の武者へとなった。

 赤茶色の武人は、例えるならば荒くれ者。

 梔子くちなし色の武人は、例えるならば忍びの者。

 花形と隠者。

 その佇まいは、並々ならぬ覇気を漂わせていた。

《クカカカカ! ひとまず装甲できないほど衰えてはおらぬようだな!》

『当然。って言いてぇところだが、戦いの勘だけは離れていた分どうしても鈍っているだろうよ』

《そんなもの、戦場で取り戻せば良い話だろうが! 【猛者あれくるうもの】の称号が伊達で無いことを証明してみせい!》

《……騒がしいですよ、法印坊》

 喧しく話す筑波法印坊に対して、無銘は静かにそれをたしなめた。

『……無銘は相変わらず大人しいことで』

《そういう主は随分と変わられたもので御座いますね。最初は別人かと勘違いしてしまいました》

 伊賀喜助が懐かしそうに語りかけると、無銘も感慨深かったのか声に僅か喜色を混ぜて答えた。

《……ですが、腕は落ちていないようで……それどころか、最後にお会いした時以上になられておいでのようで。【おくり人】は健在と言ったところでございましょうか?》

『そうでしょうか? 自分ではあまり実感は無いのですが……』

 鋼に包まれた己の腕を見ながら喜助は答えた。

《それは腕を振るう機会がなかったためでしょう。まぁ、防人としてはそれが一番望ましいことではあるのですが、やはり釼甲としては不謹慎ながらも少しばかり寂しいと思いますね》

『とにかく、やるべきことは全力でこなすぞ。伊賀元中佐』

 鳥羽は大戦斧を、こらえきれないと言わんばかりに振り回しながら。

 我が子たちの未来を守るために。

『えぇ、宜しくお願いします。鳥羽元大佐』

 伊賀は曲芸じみた二刀捌きで握りを確認しながら。

 今度こそ、大事な物を奪われないために。

 戦場へと赴いた。


「…………」

《……まさか、あの者とこのような形で決着をつけるとは思わなかったな》

「でしょうね。私としても不本意です。が、こうなった以上はこれ以上の被害が無いよう、早急に片付けるべきです」

 鬼の横、笠井大島を見据える女性は冷静な口調ではあるが表情は苦々しくそう答えた。

 大和國衛軍少将・神之木美命。

 名前の通り、景斎の伴侶であり、相棒であり……同時、今河籐十朗の親友だった女性である。

「……確かに、籐十朗は強さを求める人間ではありましたが、だからと言って悪道に身を落とすほどまでとは、想像できませんでした」

《人も大分変わっていたようだ。かつての同僚を目の前にして、あれだけの殺意を向けるとは、尋常でないことは確かだ》

「……しかし、一つ気になることがある」

 視線を一切揺るがすことなく、景斎は呟いた。

「……あれは確かに人間無骨に今河籐十朗ではあったが……何と言うべきか、まるで別人のように感じられた」

「……誰かに操られている、ということでしょうか?」

《断言は出来ぬ。そもそも、籐十朗殿には神技を施された様子は全くと言っていいほど無かった。甘い希望は持たぬ方が賢明だ》

 僅かながらの希望も、國綱によっていとも容易く断たれた。

 その返答を聞いた景斎は一瞬、目を瞑って溜め息を吐いた。

 次の一瞬、彼の口から歯軋りする音が強く響いたのだった。

《……確かに、かつての同胞を討つというのは気が進まぬかもしれぬが、あそこまで変わり果ててしまえば、我らに打てる手段は……》

「……なら、覚悟を決めるとしよう」

 言うと、景斎は装甲の構えを取った。

 顔を抑える手は、心無しか震えている。

 憤怒か。

 悲愴か。

 後悔か。

 無念か。

 表情以上に、身体が感情を表していた。

 そして、祝詞が唱えられる。

「……我、今河籐十朗を仇敵と見倣し、これの死すまで留まらぬ事を宣言する」

《以上諒承! 逝く道、戻ることを赦さず! その呪を持って、全力の解放を許可する!》


《人は鬼 鬼は人

 人無き鬼は鬼に在らず

 鬼無き人は人に在らず

 見敵必殺の滅鬼、いざ参る》


 彼の装甲と同時、薩摩海岸及び笠井大島各所から動きが見られたのだった。



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