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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
103/117

踏み込めない一歩 及び 集う者

 

「……静かだな」

 ほぼ同時刻。

 宿の一室で、龍一は窓に腰掛けながら遠くの山を眺めていた。

「……龍君、そこは……落ちたら、危ないよ?」

「分かっている。けど、ここが一番、風が吹いて涼しいんだ」

 目を閉じ、日差しと風を受けながら龍一はそんなことを言った。さすがに大和南部の夏は暑いが、幸い湿度もそれほど高くなく、風もほとんど止まることなく吹いているので不快感はあまりないようだった。

「……そうなの?」

 心地好さそうにしている龍一を見て興味が湧いたのか、遥は彼を真似して窓の空いている場所に腰掛けようとした。だが、彼女の身体がかなり小さい方だとはいえ、狭い窓辺に二人も座れるわけもなく、無理に座ろうとして危うく遥が外へ落ちるところだった。

 幸い、龍一がそれを受け止めたため、惨事は起こらずに済んだが、風を満足に受けられない遥は怒ったようだった。

「はははっ、注意した側が落ちたら訳無いな」

「……むぅ……」

 龍一のからかいに対して遥は頬を膨らませたが、それを見ても彼は楽しそうに笑い続けていた。

「……龍君、交代……」

「悪いな、俺も暑い場所にもどるのは勘弁だ」

「……ずるい……」

「……それじゃあ、これなら解決出来るが、どうだ?」

 言いながら彼は遥の了解を得ずに、彼女のその小柄な身体を軽々と持ち上げた。

「……!?」

 咄嗟のことに遥は驚きを隠せず、反射的に手足をばたつかせたが、それも虚しく龍一の為すがままにある場所に置かれてしまった。

「ここなら問題解決だろ?」

 そこは龍一の膝の上だった。

 小さな遥の身体はそこにすっぽりと収まってしまい、さらには転落防止の為に胴を優しく抱かれていた。

「あ、本当だ。涼しい……」

 そこに来て彼女は初めて龍一の感じていた風を受け止めることができた。僅かに潮の香りが混じり、自然肩の力が抜けていた。

「そうだろう? ただ、ここ以外だと気流の問題でもあるのか、風が通らないから暑く感じるみたいだ」

「そうなんだ……」

 言いながら彼女はそこが気に入ったのか、先程の龍一同様目を閉じて心地好さそうに風を感じていた。

 そしてそんな状態でしばらく二人とも黙っていた。

 何を話すわけでもない。

 何をするわけでもない。

 ただ、その心地よさをひたすらに味わっていた。

 それは風によるものか。

 はたまた、別の理由か。

 とにかく、彼らもそうして心身共に休めた。

「……眠くなってきた」

 その状態で十分ほどたった頃、不意に遥がそんなことを言い出した。龍一が見てみれば、彼女は弱く瞼を擦りながら眠気をどうにかしようとしていたが、二日間の緊張が、そして昨日の騒がしさが無くなった為か、非常に眠たそうだった。

「あー……そう言えば、昨日は夜まで結構騒がしかったって言っていたな?」

 龍一の言葉に遥は小さく頷いた。

「それなら、今寝ても構わないぞ? 俺もしばらくはここで涼むからな」

「……いいの?」

「ま、ちょっと寝づらいかもしれないけど、それで良ければ……」

 龍一が言い切るよりも先に遥は頭を彼の胸に乗せ、すぐに寝息を立て始めた。余程眠かったのだろう、彼が試しに身体を揺すってみても起きる様子は微塵も無かった。

「……また、言えなかった、か……」

 彼女の寝息を聞きながら、龍一はそんな風に零した。

 確かに、龍一は最適解を『見る』ことは出来る。しかし、それを実際に行動に移すかどうかは本人次第。しかも、現れる結果が必ずしも良いものとは限らない。

 そのため、龍一はこの事に関してだけは、異様なまでに慎重になり、何も行動できずに終わるという事が全てだった。

 ……獅童龍一の作戦は、これで計六十八回、実行前に失敗していた。

《……ままならないな》

「言うな……」

 天井裏から聞こえる正宗の金声に対して答える龍一は、どこか覇気が感じられなかった。


 その日の夕方。

 三日前に要たちが降りた駅。

 そこに、二人の男の姿があった。

「……ったく、相変わらず薩摩の暑さと言ったら……」

「そうでしょうか? 僕としては蒸し暑くない分、過ごしやすいと思いますが……」

 一人は乱暴な口調に、筋骨隆々な中年男性であり、もう一人は少し背の高い、丁寧な口調の男性だった。共に黒の大和軍服を身に纏っていた。

「……しっかし、またこうしてこれを着ることになるとは想わなかったな」

「僕もですよ。ですが、中将から直接要請となれば、断る理由はありませんし」

「そうは言うけどよ、最近うちの弟子がようやく店の味を覚え始めたんだよ。んで、夏休みだからこれを機に集中的に仕上げようと思っていたところだったっつーのによ」

 そう言って中年は南西に浮かぶ、霧のかかった島へと視線をやった。

 目に映るは笠井大島。

 ……大和救世主が潜んでいる島である。

「……あんな奇妙な島、普通なら中将どころか佐々木辺りが知っていてもおかしくなさそうだがな……」

「えぇ。しかし、先程受け取った佐々木少佐からの報告が無ければ僕たちも危うく無駄足になるところでしたね。薩摩の防衛長官は一体何をしていたのやら……」

 そういう彼らは、あくまで非常時における特殊人員であり、平時においては市井の中で生活している。今回は、報告通達以前に移動を開始しており、途中で確定情報を得て引き返さずに済んだ、ということだった。

「その時はうちのガキどもに土産でも買っていくさ。このあたりの明太子でもあればそれなりに満足させられるだろ」

「僕の家だと、少し子供が多いので出来れば甘いものが良いですね。けど、それも全て終わってから考えたほうがよさそうですよ。捕らぬ狸の皮算用、では格好悪いですから」

「そうだな。ただ、うちは臨時休業で長くても二日間しか閉められないから、困ったもんだよ」

「僕は長兄が意外としっかりしているので、まぁ三日なら持ってくれるでしょう」

「羨ましい限りだな」

 そんな雑談をしながら彼らは目的の場所へと歩いていた。

「……ですが、ここで悩みの種を取り除いておかなければ、そのお弟子さんに店を継がせることはできないかもしれませんよ?」

「だな……まぁ、取り敢えずやるべきことだけは全力でつくしてやらぁ」

「同感です」

 山を降りると西日を遮っていた木々が無くなり、彼らの顔が照らし出された。

 中年の名は鳥羽永興りょうご

 若き男は伊賀喜助。

 一度戦線を退いた男達は、先行している後輩たちと合流するために歩く。

 着々と、戦いの準備は整っていった。


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