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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
101/117

傷痕 弐

 宿の従業員に話を聞きながら要はアンジェを探していた。

 話によれば、宿に戻ってきてからずっと落ち着きがないようすで、宿の中をウロウロと歩き回っているとのことだった。汚れた服も着替えないほど余裕が無かったのか、今もまだ破けた服のままだという。

 要が彼女を見かけたのは、もう一度最初から探し直そうとした時、つまり女子部屋を訪れた時だった。

 部屋にはアンジェ含め四人が輪を作って、少しばかり沈黙に覆われていた。

「あ、要君。ソフィーちゃんの容態はどうだった?」

 出入口に向き合う形で座っていた千尋が気付くと、直ぐ様声を掛けてきた。

 それによって全員が要の方へと振り返った。

「……一命は取り留めた。ただ刃に毒が施されていたため、解毒に時間がかかるかもしれないと……」

「……!」

 要の報告を聞くと、俯きがちだったアンジェの肩が小さく震え、彼女はさらに背を丸めていった。

「もしかして、神技か何かだろうか?」

「恐らくは。ただ、応急処置が適切だったから、大事には至らないそうだ」

 全員を何とか安心させようとするために、そう言ったのだが、安堵の息を吐いたのは四人だけだった。

「……アンジェが……」

 か細く震える声だった。

 少しでも物音があれば、かき消されてしまいそうな、酷く弱々しい声だった。

「アンジェが居なければ……ソフィーさんはあんな怪我を負うことは……」

「真白! そんなことは……」

 自分を責めるアンジェに対して椛が声を上げたが、それが耳に届いていないのか、彼女は静かに言葉を続けた。

「いえ……何も出来ないアンジェを……何の役にも立てないアンジェなんかをかばったせいで……皆さんにこんな迷惑を……」

 徐々に弱くなっていく声を聞いて、座していた四人はかける言葉が見つからず、揃って下を向いてしまった。

 ただ一人を除いて。

「……今回、救世主拠点である笠井大島の情報を得られた場所を覚えているだろうか?」

 腕を組み、仁王立ちをする要が、静かに問い掛けた。

 突然の質問に対して、誰も反応が出来なかったが、彼はそれも構わず話し続けた。

「富嶽流の道場……その場所は俺と姉さん、そしてソフィーだけでは恐らく聞き出せなかっただろう」

「……そんなことは……」

「……話せば情けないことだが、あの時の自分は『救世主の根城』を探すことだけに捕らわれていて、とてもではないが別の切り口から攻めるという事は微塵も思いつかなかった」

 アンジェの制止を無視して要は静かに語った。

「……龍一のように、最善を常に導き出せるわけでもない。昴のように、何事においても経験が多いわけでもない。爺さんや神之木さんのように、戦闘に特別秀でているわけでもない。自分は、紛れもない半端者だ」

 そんなことは、と誰かが言おうとしたが、それは千尋によって止められた。

「時には間違うこともあるだろう……いや、むしろ違えることの方が圧倒的に多い。だから、その時には誰かが道を正して欲しい」

 言葉は力強くありながらも、彼女たちには彼がどこか弱々しく見えた。

 |皐月(五月)には、御影と龍一に。

 |水無月(六月)には、椛と昴に。

 |文月(七月)には、千尋と神之木に。

 そして、今回はアンジェとソフィーに。

 何度も失敗を重ね、そのたびに助けられた上で、彼はここに存在しているのだ。

「……責も業も全て自分が背負う。だから全員、この未熟な自分に力を貸して欲しい。この通りだ」

 言うと要は静かに膝を着き、深々と頭を下げた。

 それこそ、額を畳にぶつけるほどに。

「…………」

 その行動に全員がしばらく黙り込んだ。

「そんなことをしなくても、私は今までも、これからもずっとそのつもりです」

 その沈黙を破ったのは、予想外にも部屋の出入口から聞こえた声だった。

 全員が振り返れば、そこにはソフィーがいた。

「……な……まだ完治していないのだから大人しく……!」

《御仁、安心せい。既に儂が完全に解毒したわい》

 要が勢い良く立ち上がって駆け寄ると、ソフィーの影から若竹色の釼甲が姿を現した。

《……蜥蜴丸殿。もしや……》

《影継殿の想像通りじゃ。此度こたびより、儂はソフィーリヤ嬢を仕手とし、共に戦うことをここに誓おう。以後、宜しく頼もう》

 そう言うと蜥蜴丸は僅か頭を下げた。

「……ソフィー、それは本当だろうか?」

「はい」

 要の問い掛けにソフィーははっきりと答えた。そこには迷いなど微塵も存在し無かった。

「……そうか」

 その返事を聞いて、要は一人と一領を交互に見やった。

「……蜥蜴丸は少しばかり口煩い釼甲だが、それも年寄りの節介だと思っておくように。それに少しばかり頑固なところはあるが、はっきりと自分の意見を述べることができれば尊重されるから、覚えておくように」

《……なんだか愛玩動物を譲る時の注意事項のように聞こえるのう》

「大差ないだろう?」

《否定はせん》

 そこで男一人と一領は同時に笑った。

 完全に無事で有ることを確認できて少しばかり余裕ができたのだろう。そして、もう一人、この光景を見て安堵の息を吐いた人間がいた。

 ひとしきりそのやり取りを見たソフィーは、要に断ってその人物へと歩み寄った。

「心配をさせてすいません、アンジェさん」

「い、いえいえ! むしろアンジェの方が謝るべきでございます! アンジェがいなければ怪我をさせることも、毒で苦しむことも……」

「ですが、こうして無事だったので、気にしなくても大丈夫です。それに先程マスターが言ったとおり、あなたがいなければ何も見つけることが出来なかったので、『いなければ』なんてことは言わないでください」

「そ、そんなことは……」

「あー……悪いけど、話が進まなそうだからその辺りでいいんじゃないかしら?」

 きりがないと判断したのか、二人の間に御影が入ってその仲介をした。

「アンジェがいなければ場所は見つからず、ソフィーがいなければアンジェが無事じゃなかった。二人ともいたから今の状態がある……でしょ?」

「……そういうことだ。そして姉さんが即座に対処したから、あれ以上に被害を出すことなく退けることが出来た……誰か一人でも欠けていれば、最悪の事態が起こっていただろう」

「さりげなくしっかり評価してくれてありがとうね、要君」

「……さっきまで相当取り乱していた男の言葉とは思えないわね……」

「……ちょっと待て、御影。どうしてそれを知っている?」

《……あの時には獅童以外の生体反応はなかったはずだが……?》

「電磁欺瞞でちょっとのぞき見を、ね。声をかけようとしたら龍一が先に真剣そうに話しかけていたから出づらくて……」

 さりげない神技の日常利用に軽く驚く要だったが、それ以上に自身の注意力が散漫だったことを反省していた。

「……まぁ、それは置いておこうか。私も要君がしっかり決めたことならいくらでも手を貸すよ」

 逸れた話を戻すように千尋がそう言う。

「ただ、間違えた場合は要が『全部の責任を負う』というのは納得がいかないな。そういう時くらいは連帯責任で、次の為に活かすべきだろう」

 それに次いで、椛が語った。

「私はさっき話した通りです」

 ソフィーが要を振り返りながら言った。

「……及ばずながら、手伝わせていただきます」

 僅かに迷った様子を浮かべながら、最終的に断言したアンジェ。

「……礼を言わせてもらう。皆、ありがとう」

 再び、要は静かに頭を下げた。

 一瞬ではあるが、彼の表情が柔らかかったのは全員が気付いていた。


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