勇者ですが、スライムを斬った罪で訴えられました。
「えー、では、被告人ケインの、『スライムを斬った罪』に関する公開裁判を開始します。」
耳を疑う言葉から公開裁判は始まった。周囲の人間が僕に浴びせてくる罵声を切り裂き、声を上げる。
「すみませんちょっと。」
「被告人、いきなりなんですか。」
「いや意味わかりません。どういうことですか?なんで僕は裁判にかけられてるんですか?」
「いやだから、あなたが『スライムを斬った罪』を犯したからです。」
「何言ってるんですか?」
「あなたこそ何言ってるんですか?尊い命を奪うような行為をしておいて開き直るというわけですか?」
「ちょっと待ってくださいよ、まず、僕が勇者なのってご存知ですか?」
「当然です。勇者の旅は国中で話題を呼ぶビッグコンテンツですからね。」
「僕はこの国を背負って魔王と戦いに行くわけじゃないですか。この前だって、王都で大々的なパレードをやったばっかりですよ。」
「はい。私も見ていました。素晴らしく豪華なパレードでしたよね。」
「ですよね。それで多くの人々の思いを背負って私は旅に出たんですけど、なんで今こんなことになってるんですか?」
「それはあなたがスライムに剣を振るったからです。」
「いやそりゃ振るいますよ。魔王から人類を救う旅なんですから。そりゃもう振るいまくりですよ。」
そこまで話すと、裁判官の側にいる男が、大きな声を上げる。
「なるほど!あなたは大量殺人も厭わない危険思想の持ち主であることを自白したわけですね!これはもう情状酌量の余地なしと言えるでしょう!!」
「あなたは……魔物愛護団体の方ですか。いやいや……そんな事言われたって、僕、勇者ですよ?」
「勇者だから許されるとでも!? 傲慢ですね!」
「身分がどうとかいう話じゃなくて、僕の仕事って魔物たちを倒して旅を続け、最終的に魔王を討伐して世界を救うことじゃないんですか?」
「そんなことが許されていいはずないでしょう。魔物たちにだって権利があります。命ですよ!?我々と同じ命!!なのにそんな、イタズラに彼らの命を奪う真似を……そんなの、許されませんよ!」
「ええ…?いやいや、じゃあどうやって魔王から世界を救えっていうんですか。」
「そりゃあ交渉とか。なんかいろいろしたらいいじゃないですか。暴力を振るうこと以外に、いくらでもやりようはあると思いますよ。」
「いやいや、急に草むらから飛び出して襲ってくるんですよ!?言葉が通じる相手ばかりでもないです。そんな交渉なんて、無理ですよ!」
「だからって血で血を洗うやり方で解決しようってんですか。魔物だって生きてるのに!!」
「じゃあどうやって世界救えっていうんですか!!」
「それはあなたが考えてくださいよ!!それをなんとかするのがあなたの役目でしょうが!!!!」
怒号が公開裁判場に響く。
「命を軽んじる勇者ケインを許すな!」
「魔物にだって権利がある!」
裁判場の外には、プラカードを持ち罵声を飛ばす市民たちの姿が見える。
「もう……意味わかんないですよ……。せめて代替案出してくださいよ……。そんな無責任な立場から批判ばっかりして……。」
「被害者ヅラはやめてください。あなたのせいで傷つけられたスライムは泣いています。どうして自分がこんな目に合うのか。こんなことが罷り通る社会は間違っている、と。そう訴えています。」
「スライムにそこまでの認知機能は備わっていません。」
「それはスライム差別ですか!?」
「いいえ、ただの事実です。」
「聞きました!?みなさん!」
「ああ、聞いたぞ。あの勇者、野蛮なだけじゃなく差別主義者ときた。ありえないぜ。」
「なんてひどい人なの!?勇者という名声に眩んで、おかしくなっちゃったのかしら!」
聴衆の声が一層大きくなる。
「なんでだよ、なんで僕がこんな目に……。いつもそうだ。いつもあんたたちは、無責任な立場から、そうやって好き放題言う。それも理想論ばかり……。現実的なことを考えず、綺麗事ばかり言う!できないんだよそんなことは!何もかも完璧に、汚れなく、理想的に運ぶことばかりじゃないんだよ!」
「いいですか。あなたは国家から多額の支援を得ている勇者です。そうやって自分の責任から逃げることは許されませんよ。努力が足りてないんじゃないですか??」
「そんなわけないだろ。あんたらは、頑張れば何もかも自分の思い通り行くと思ってるのか?すぐなんとかしろ、他のやり方を考えろって……。どう足掻いても理想通りいかないことはあるんだ。どうせ今まで大して努力もして来なかったんじゃないか?だから挫折した経験もなくて、必死の、全力の努力が実らなかった経験もなくて……努力に幻想を抱いてるんじゃないか??」
「言うに事欠いて我々の人格否定とは。信じられません。」
「もしそうじゃないんだとしたら、ただ自分の鬱憤を晴らしたいだけだろ。何かを批判しないとやってられなくて、僕のことを叩いて、ストレスの溜まる日々の溜飲を下げてるんだ。そうだろ?その内容が本当に正当かどうかなんて、大して調べても考えてもないはずだ。そうじゃなければこんなことにはならない。」
「はぁ……。がっかりです。みなさん、これが勇者の言葉ですよ。」
「勇者がそんなこと言っていいわけねぇだろ!」
「これは私たちに対する誹謗中傷よ!さらに罪を重ねるつもり!?」
愚衆の怒りは鰻登り。勇者に対する罵声は、一層激しさを増す。
「勇者ケイン。あなたは、人殺しを容認されますか?」
「は?するわけないでしょう。」
「そうでしょうね。しかしスライム殺しは容認されるというわけですか?同じ命なのに?」
「いや、それは違いますよ!」
「違わない!!同じ命!!なのにどうして、人間はダメでスライムは良いとなるんだ!?ありえない!!」
「違いますよ!それは違う!!」
「どう違うと言うんです?」
「人間と!!スライムは!!同じ命では!!ない!!」
「またしてもスライム差別ですか?あなたはとんでもないレイシストだ!」
「これを差別というなら私は差別主義者で結構!!しかしね、はっきり言って命の価値は平等などではない! そんな言葉を吐けるのは神だけです。全てをフラットに見ることができる神だけだ。私は、神ではない。だから声を大にして言う。僕にとって命の価値は等価ではない! 人間の命は重い!スライムの命は軽い! 僕にとってはそうだ。あなたたち個人にとってどうかは知らないし自由にしたら良いと思うが、少なくとも、社会にとってはそうであるべきだ。そうだろう裁判官さん!」
「…………。」
「裁判官さん。こんなレイシストの言葉を聞き入れてはいけません。こいつは悪魔ですよ。自分の理屈を通すために訳の分からないことを叫ぶ悪魔だ。」
「それはあなたたちだろう!魔物愛護という一見綺麗に見える理屈を、自分の鬱憤を晴らすため、自己利益を満たすためだけに使っている意地汚い悪魔だ!」
「なんて、なんて救えないんだあなたは。どうですか?市民の皆さん。」
「あの勇者の言っていることはよくないと思う。どんな理由があっても、命を無碍にするようなことは許されないよ。」
「命に貴賎をつけるのは、人間の勝手な理屈だよ。そんなもののために、魔物の命を奪って良いはずがないんだ。」
「差別主義者の勇者は即刻実刑を下すべきだ!」
「ね。これが世間の声、客観的な意見です。あなたの考えは偏っていて、差別的で、道徳心に反している。」
「……ふん。あなたたちはそうやって、無関係な場所から石を投げて、無責任な理論を振り回していれば良い。モラルを履き違えていれば良い。」
勇者ケインは、真っ直ぐ前を見つめる。
「しかし!あなたは違うでしょう!裁判官さん!どれだけ彼らが僕を非難しようが!あなたは、法の番人として、矜持を持った判断を下してくれるはずだ!そうでしょう!」
「……。」
一瞬、辺りを静寂が包む。
「被告人、被害者側、双方主張はし終えましたか。」
「……。」
「……。」
「結構。では、判決を下します。」
再びの静寂。今度は、先ほど以上の緊張感を持って。
「判決、被告人を…………
懲役10年に処す。」
「裁判官さん、お疲れ様です。こちら、事後処理の書類になります。」
「ああ、おつかれ。」
「しかし裁判官さん。さっきの裁判についてなんですが、どうして懲役10年の判決を下されたんでしょうか。私には、その……。」
「無罪に思えたかね?」
「……はい。」
「私もだよ。」
「……え?」
「確かにあの勇者の言うことは正しかったと思う。あんなのでいちいち実刑を下されては、勇者稼業は成り立たん。」
「では、どうして……。」
「観衆の声を聞いたかね。彼らをはじめ、世間の空気は、野蛮人、差別主義者の勇者を懲らしめろ、だっただろう。君もこれから判決を下す日がくるかもしれないが、覚えておきたまえ。今は、世論が司法に介入する時代なんだ。」
「いや、でも……そんなの……。」
「そうなったら司法は終わりだと、そう言いたいのかね?私もそう思う。しかし、世間の空気に逆らってしまっては、次に石を投げられるのは私かもしれない。私の家族かもしれないね。今や誰しもがお気持ちを表明し、発信できるようになってしまった。この国でも掲示板文化が盛んになったし、このように公開裁判まで行われるようになってしまったからね。だから、世間の空気には逆らわない。自分の利益を守るためだ。そう言う意味では、あの愛護団体と同じだよ。」
「愛護団体の方々も……ですか。」
「うむ。彼らが魔物愛護を叫ぶのは、そういう綺麗事を利用して寄付金を集めるためだ。今回の裁判で勝利したことで、彼らの評判は高まり、商売もよりうまく行くだろう。つまり、全部ポジショントークというわけだ。でも、それが賢明なんだよ。もしかしたらこの裁判を見聞きした民衆は、自分たちの正しさが勇者を裁いたと酔いしれるかもしれない。その酔いが金を落としたりもする。それでいいんだ。今は、顔のないコメンテーターたちに逆らえない時代なんだよ。」
「な、なるほど。」
「それに、民意を味方につければ、私が裁判長になる日も近づくだろうからねぇ。ふふ、彼には悪いが、私の昇格のための踏み台になってもらった。」
「……。」
「君も、民意には気をつけたまえ。」
それから2年後、魔物愛護の気運が高まったこの国は、魔王軍に攻められ、滅ぼされた。
めでたしめでたし。
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