第8話「もう1度」
雨野は自分の手にできた小さな水たまりを見つめていた。
何を思ったのか、その手のひらを少し舐めてしまったのだ。
しょっぱい。
怒りや悔しさを覚えた時に感じる味だ。
彼女は今、怒りか悔しさを感じているのだろうか。
「ねぇ、僕が傘をさしたこと、怒ってる?」
黙っていたって分からない。
だからといって安直に聞きすぎたかもしれなかった。
彼女の目がさらに赤くなり、雨ではない水が頬を伝っていくのが分かるほど大粒の水が流れ出す。
「違うの…私、素直になれなかった自分が嫌で。」
「どういうこと?」
彼女が雨野の方をじっと見つめ、口を開こうとしているのが分かったが、上手く言葉が出ないように見えた。
「ゆっくりでいいよ。無理に聞いたりはしないから。」
「…かい。」
「何?」
「もう1回、私に傘をさして欲しいの。」
雨野は驚いた。
さっき、振り払われたままの傘をまたさして欲しいなんて願いをされるとは。
夢にも思わないことだったが、折り畳み傘を拾い、彼女の上にさした。
彼女はゆっくりと微笑んでくれ、それを見た雨野は、また彼女の頬に手を伸ばす。
手のひらで雨と涙を拭き取る。
その時、初めて濡れていない顔の彼女を見た。
濡れていても、濡れていなくても綺麗で可愛い。
そんな感想しか出てこないほどに愛おしいと思えてしまった。
「入らないの?それとも、私と入るのはいや?」
返事はせずに、行動で示した。
彼女との距離が1番縮まる。
お互いの太ももと肩が触れ合い、最初とは思えないほど心は穏やかだった。
こういう時は少しドキドキするものなのではと思うが、それ以上の感情が2人の間に生まれてしまっていたのだ。
「ありがとう。やっと気づけた。私、寂しがりだったみたい。」
「それは僕も一緒だよ。だから、レイに会うのがすごく楽しみだったし、できる限り一緒にいたいって思ってる。」
雨が降る中、相合傘をしながら雨野とレイは抱き合った。
段々と雨が弱まり、ハグをやめる頃にはピタリとやんでいた。
時間は過ぎ、そろそろ帰る時間になる。
「ねぇ、明日もここに来てくれる?雨じゃなくてもいいからさ。」
雨の日にしか会えないと思っていた雨野からしたらとても嬉しい頼みだ。
答えはもちろんYESと答えた。
「でも、なんで雨じゃなくても会ってくれるの?」
「私にとっての必要だったものが変わったから…かな。」
何も言わずに理解して心の中で喜びを叫んだ。
家に帰ってもこの興奮を抑えられるか分からない。
でも久々に感じた喜びだった。




