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第9話:『道なき峠の、笑う女』

湊が目を覚ました時、辺りはすっかりとばりが下り、街の灯りからも外れた寂しい峠道にいました。

運河での逃走劇で力を使い果たした二人は、人目を避けるように山あいの旧道を西へと進んでいましたが、そこは「渡辺綱の末裔」のような人間よりも、さらに古く、禍々しい存在が好む場所でした。


旧道のトンネル手前、凪が突如として足を止めました。 背中の毛が逆立ち、喉の奥から聞いたこともないような低い警戒音が漏れます。


「……凪? どうした」


湊が黄金の瞳を凝らすと、霧の立ち込める道の真ん中に、ぽつんと立つ**「女の影」**が見えました。 古びた白装束を纏い、腰まで届く長い髪で顔を隠した女。しかし、湊の瞳には、その女の正体が「人」ではないことがはっきりと視えていました。


女の背後から、無数の黒い影が触手のように伸び、周囲の木々をじわじわと腐らせていたのです。


「……みィつけた。美味しそうな、竜宮の匂い……」


女が顔を上げた瞬間、その口が耳元まで裂け、中から幾重にも重なった鋭い牙が覗きました。それは、かつてこの峠で命を落とした旅人の怨念が固まって生まれた妖怪**『骨女ほねおんな』**。


「その『小箱』の残り香、私の渇きを癒すのにちょうどいいわ……!」


女が地を蹴った瞬間、その姿が霧に溶けるように消えました。


「凪、上だ!」


湊の叫びと同時に、凪が湊を抱えて後方へ飛び退きました。直後、彼らがいた場所の地面が、鋭い骨の刃によって深く切り刻まれます。


「ヒヒッ、速いわね。でも、その『鬼の体』、動くたびに悲鳴を上げているわよ?」


妖怪の言う通りでした。凪の呼吸は荒く、運河での無理な跳躍のダメージが蓄積しています。黒い鱗の間からは、青黒い体液が滲み出していました。


(くそっ……俺が、やらなきゃ!)


湊は「鉄の断片」を握りしめましたが、視界が酷く歪みます。黄金の瞳の使いすぎで、脳が焼けるような痛みに襲われていました。


骨女は、湊の衰弱を見逃しません。 「坊や、その綺麗な瞳……私がくり抜いてあげましょうか!」


無数の骨のつぶてが、湊の死角から襲いかかります。凪が盾となって湊を庇いますが、鋭い骨が凪の肩を貫き、鮮血が舞いました。


「ガアアァッ!!」


「凪!」


湊の怒りが、限界を超えて沸騰しました。 その瞬間、ポケットの中の**「真鍮の鍵」**が、凍りつくような冷気を放ちました。


(……そうだ、これは『浦島』の力。海の底の、絶望の冷たさだ)


湊は無意識に、鍵を空中に突き立てました。 すると、湊の足元から、現実を侵食するような**「漆黒の海水」**が溢れ出し、一瞬にして峠の路面を飲み込んでいきました。


「な、何よこれ……体が、動か……っ!?」


骨女の動きが、水中で動いているかのように緩慢になります。 これは湊が意図せず発動させた、竜宮の領域――『深海しんかいの檻』。


「凪、今だ!!」


湊の声に呼応し、凪が残った力を振り絞って跳躍しました。 黄金の瞳が、骨女の胸の奥にある、唯一の急所である「枯れた心臓」を射抜きます。


「……そこだッ!」


凪の拳が、水圧に抗うようにして骨女の心臓を粉砕しました。 「ア、ァ……あアアア……ッ!」 断末魔とともに、骨女の体は崩れ落ち、ただの古い人骨へと還っていきました。


同時に、辺りを満たしていた海水も霧のように消え去ります。


「はぁ……はぁ……」


湊は地面に手をつき、激しく吐き戻しました。 深海の力を引き出した代償か、指先の感覚が氷のように冷たくなっています。


「……大丈夫か、凪。ごめんな……俺が、もっとうまく使えれば」


凪は肩の傷を厭わず、湊の冷え切った手を、自分の温かい口元で温めようとしました。


二人を襲うのは、渡辺綱の末裔だけではない。 「竜宮の宝」の匂いを嗅ぎつけた、欲深く飢えた妖怪たちもまた、暗闇から牙を剥いている。


「先を急ごう……。このままだと、吉備に着く前に……俺たちが持たない」


湊は、自らの瞳の「黄金」が、以前よりも少しだけ濃くなっていることに気づかないまま、再び歩き始めました。

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