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第7話:『竜宮の再定義』

「海に突き落とされた島子――つまり温羅うらが、深海の底で絶望し、数百年かけて『異形』として生還した物語。それがいつの間にか、御伽話に書き換えられた。乙姫は、彼女を救った神ではなく、彼女の怨念そのものだったのかもしれないわね」


栞の説明を聞きながら、湊はポケットの中にある**「小箱」**の重みを感じていました。


「……じゃあ、俺があの箱を開けたのは」


「そう。数千年守られてきた『人間でいるための平穏』という禁忌を、あなた自身の意志で破ったの。凪くんの中に眠る温羅の血を、そしてあなた自身の目を、呼び覚ますためにね」


湊の黄金の瞳が、地下室の闇を鋭く射抜きます。 今、彼にはわかっていました。凪のこの姿は、母である温羅が数千年前に辿った**「絶望の果ての変貌」**の再演なのだと。


その時、地上の店舗から不気味なほどの静寂が伝わってきました。 栞が眼鏡のブリッジを押し上げ、表情を硬くします。


「……来たわね。浦島(島子)が帰ってきたことを嗅ぎつける、現代の『猟師』たちが」


店の階段を下りてくるのは、軍靴の音ではありませんでした。 カツン、カツンと、乾いた木履ぽっくりの音が、ゆっくりと地下へ近づいてきます。


「栞、無粋な真似はよせ。お前のような学者が、その『箱の残骸』を抱え込んでどうするつもりだ?」


現れたのは、和服の上に黒いトレンチコートを羽織った、痩せこけた男でした。その背には、古びた、しかし手入れの行き届いた**「弓」**が背負われています。


「……組織の連中ね」栞が忌々しそうに呟きました。「卜部家を継がなかった私を、まだ監視していたの?」


男は湊の黄金の瞳をじっと見つめ、口角を吊り上げました。 「吉浦湊。そして、その異形……吉浦凪か。禁忌を破り、竜宮の蓋を開けた大罪人。……お前たちの血は、ここで絶やさねばならん。数千年前の英雄たちがそうしたようにな」


男が弓を構えた瞬間、凪が低く唸り、湊の前に立ち塞がりました。 湊は「鉄の断片」を握りしめ、黄金の瞳を燃え上がらせます。


「竜宮の蓋を開けたのが罪だっていうなら……その続きは、俺たちが書き換えてやる」


栞は湊の背中を強く押し、書庫のさらに奥にある、壁に隠された非常口を指し示しました。


「行きなさい、湊くん! この男は『渡辺綱』の末裔の刺客。今のあなたたちじゃ、正面からは勝てない! ……吉備へ、海を目指すのよ!」


地下書庫の冷えた空気を、弦が鳴る鋭い音が切り裂きました。


「伏せて!」


栞の叫びと同時に、湊は凪の体を突き飛ばしました。直後、湊の耳元をかすめたのは、実体を持たない**「光の矢」**。それは湊が背にしていた本棚を貫通し、奥のコンクリート壁を粉砕しました。


「ちっ……卜部の小娘、余計な真似を」


渡辺綱の末裔を名乗る男――**綱元つなもと**が、冷徹に二の矢を番えます。


「湊くん、こっち! 凪くんを連れて!」


栞が書庫の最奥、重厚な書架を力任せに回すと、隠された古い石段が現れました。湊は凪の手を掴み、暗い階段へと飛び込みました。

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