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第6話:『栞(しおり)が解く、血の記憶』

「座って。あまり居心地は良くないでしょうけど」


栞は重厚な革表紙の本を数冊抱え、埃の積まった机に置きました。 凪は、暗い書庫の隅で鼻をヒクつかせています。彼にとって、ここにある「古い紙」の匂いは、どこか懐かしくも胸を掻きむしるようなざわつきを覚えるものでした。


湊の黄金の瞳は、書庫の一角、特定の棚だけが青白く発光しているのを捉えました。


「栞さん、あの棚にあるのは……?」 「よく見えるわね。……あれは、私の先祖が唯一『退治』ではなく『封印』で終わらせた件に関する資料よ」


栞が取り出したのは、ボロボロに朽ちかけた一冊の手記でした。そこには、卜部家の先祖が記した、正史には残されていない**「ある告白」**が綴られていました。


「……かのおなごは、海に沈みし後、鬼となりて還りぬ。されど、その目にあるは狂気のみにあらず。ただ一点、奪われし我が子を求むる悲しき執念なり。吉備の王子は、その執念を斬ること能わず、涙を以てこれを箱に閉じ込めたり……」


湊はその記述を読み、息が止まりそうになりました。


「我が子を、求める……?」


「そう。私の家系に伝わる裏の記録では、温羅うら――あなたの弟が宿している力の主は、ただの怪物じゃない。彼女は、産後すぐに赤ん坊と引き裂かれ、海へ突き落とされた母親だったのよ」


栞は眼鏡を直し、湊を真っ直ぐに見つめました。


「そして、その時に奪われた赤ん坊……。吉備の王子が、命を賭して守り抜き、密かに血を繋がせたその子供こそが、吉浦家の先祖。つまり、あなたたちの正体よ」


湊の頭の中に、あの小箱を開けた時に聞いた声がリフレインしました。 『助けて……その子を、助けて……』


あれは、呪いの言葉などではなかった。 数千年の時を超え、深海の底から、自分の子孫――自分の血を継ぐ子供たちが危機に瀕しているのを感じ取った、**「母親の悲鳴」**だったのだ。


「……じゃあ、凪のこの姿は……」 「温羅の魂が、今の時代に自分の子供あなたたちが殺されようとしているのを知って、守るために現れたんでしょうね。皮肉なものね、人間を守るための力が『鬼』として疎まれるなんて」


湊は、震える手で凪の黒い鱗に触れました。 凪は、湊がその事実を知ったことを悟ったのか、悲しげに瞳を伏せ、兄の手に自分の頬を寄せました。


「……正体がわかったところで、一つ悪い知らせがあるわ」


栞の声が急に冷たさを帯びました。


「私の家系……卜部家のような『四天王』の末裔たちは、今も組織として動いている。彼らは、この記録の半分しか信じていないわ。彼らにとって凪くんは、**『かつて英雄が仕留め損ねた、再誕した最悪の鬼』**でしかない」


栞が古い書物を指でなぞりながら、少し皮肉めいた笑みを浮かべました。


「ねえ、あなたたちは『浦島太郎』の本当の結末を知っている?」


湊は困惑して首を振りました。栞は続けます。


「海へ消えた青年、島子。彼が数百年後に帰ってきた時、家族も知人もいない絶望の中で開けたのが『玉手箱』。教科書では老いぼれて終わるけれど、裏の歴史は違うわ。……あれは、禁忌を破り、人ならざる『鬼』の力を再び解き放った瞬間の比喩なのよ」

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