第5話:『卜部の末裔と、古びた書影』
町外れの古書店「うらべ堂」の軒先で、湊は立ち往生していた。 真鍮の鍵が、この店の奥に向かって激しく熱を帯びたからだ。
「……君たち、何かお探し?」
店の奥から声をかけてきたのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性だった。卜部 栞。彼女は、かつて源頼光に従い数々の鬼を討った四天王の一人、**卜部季武**の末裔である。
だが、彼女自身は家系が持つ「鬼退治」の役目には全く関わっていない。それどころか、血なまぐさい伝承を嫌い、古い文献を読み解くことにのみ没頭する、少し風変わりな店主だった。
「いえ、その……少し、道に迷って」
湊が言い淀んだその時、突風が凪のフードを捲り上げた。 露わになった黒い角と、鋭い黄金の眼光。
「ひっ……!」 通りかかった買い物客の女性が短い悲鳴を上げ、持っていた袋を落とした。 「化け物……? 鬼よ! 誰か、警察を!」
瞬く間に静かな通りがざわつき始める。人々の視線が、刃物のような恐怖に変わって兄弟を突き刺す。凪は怯えたように身を低くし、喉の奥から「……ガ、ァ……」と威嚇の音が漏れ始めた。
「待って、凪! やめるんだ!」 湊が必死に凪を抑えようとするが、群衆の拒絶反応が凪の中の「異形」を刺激していく。
その時、栞が店から飛び出してきた。 彼女は驚くべき速さで凪と群衆の間に割り込むと、広げた腕で凪を隠すように立った。
「ちょっと、皆さん落ち着いて! これは私の店の……そう、舞台用の精巧な被り物です。撮影の準備をしていたの。ねえ、びっくりさせてごめんなさい!」
栞の堂々とした、それでいてどこか呆れたような口調に、群衆の足が止まった。 「被り物……? でも、さっき動いたような……」 「今時のSFX(特撮)を舐めないでくださいな。ほら、もうおしまい。お帰りなさい!」
栞は半ば強引に人々を追い払うと、青ざめている湊と、殺気を放つ凪を店の奥へと引きずり込んだ。
奥の書庫へ入ると、栞は大きな溜息をついて眼鏡を拭き直した。
「……さて。精巧な被り物、なんて嘘は、私の瞳には通用しないわよ」
栞は、湊のポケットから漏れ出ている黄金の光と、凪の体から漂う「海水の匂い」をじっと見つめた。 卜部の血を継ぐ彼女は、鬼退治の術こそ学んでいないが、家系に伝わる膨大な資料から、「視る」知識だけは人一倍持っていた。
「あなたたち……その姿。そしてその黄金の目。……ただの家出兄弟じゃないわね。その鍵、私の店の地下にある『禁書庫』の呼び鈴に反応してるみたいだけど」
湊は驚き、栞を見つめた。 「あんた、誰なんだ……」
「卜部栞。しがない古本屋よ。先祖が鬼殺しの英雄なんて、今の私には迷惑なだけの肩書きね」
栞は苦笑しながら、本棚の奥に隠された地下への扉を指差した。 鬼を討つべき血筋でありながら、鬼に居場所を与えた女性。 湊たちの「正体」を知るための第一歩は、皮肉にも、かつての宿敵の末裔の手によって開かれようとしていた。




